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その後、私はクラスで無視されるようになった。今まで仲が良かった友達も、普通に話してくれていたクラスメイトも、私を存在しないかのように扱うようになった。そう、まるで幽霊のように。
原因は、飼育係の彼女だった。
「怜香ちゃんはうさぎと先生が死んだ時、泣きもしないで笑ってた最低な子なんだよ」とか、「怜香ちゃんは幽霊が見えるとか嘘をつく頭のおかしい子だから、話さない方がいいよ」だとか、あることないことを周りに吹き込んだらしい。
その子がなぜそんなことをしたのかは詳しくはわからない。だけど、彼女はきっと元々私のことがそんなに好きじゃなくて、それがあの日一気に大嫌いになってしまったのだろう。
彼女が可愛くて、男子からも女子からも人気がある子だったこともあってか、そのことはあっという間にクラスに広がって、私は孤立した。特に嫌がらせとかはされなかったから、そこまで酷いものではなかったのだと思う。
それでも、今まで普通に喋っていた子たちすら私を避け、誰からも見えない幽霊のように扱われたのは、正直少し堪えた。でも、言うほどは辛くなかったのだ。実の両親から〝頭のおかしな子〟だと思われたあの時よりは悲しくなかったし、顔を見れば嘘つきだと罵られたあの頃よりは辛くなかった。「幽霊って、こんな気持ちだったんだなあ」と、呑気にそんなことを思う余裕があるくらいには、私は平気だったのだ。
……だけど。
「なんで怜香のことを無視してるんだよ。おかしいだろ!」
ある日の放課後、忘れ物をして教室に戻ろうとした私は、その声を聞いて扉を開けようとした手を止めた。
聞こえたのは、よく知った少年の声だった。小学一年生の夏に出逢ってからずっと、唯一〝幽霊が見える〟と言った私を信じてくれる友達──カズの声。
「だって、あの子、頭がおかしいんだもん。うさぎが死んだ時も、先生が死んだ時も、ちっとも悲しそうにしなかった。人として最低な子を無視して何が悪いの?」
「怜香はおかしくなんかない! 大体、だからって怜香のことを無視していい理由にはならないだろ!」
もう一人の子は、恐らく飼育係のあの子だ。彼らがなぜこんな言い争いをしているかは容易に想像がついた。大方、最近少し様子が変だった私に気付いたカズが、その原因に辿り着いたのだろう。そして、私に対する行為を止めさせるためにあの子に直談判をしている、といったところか。
わざわざ関わらなくてもいい面倒事に首を挟むのは、実にカズらしい。あいつは真っ直ぐで、曲がったことが大嫌いで、何よりもお人好しな優しい奴だから。
「どうして⁉ おかしい子をおかしいって言って何が悪いの⁉ だってあの子、昔は〝幽霊が見える〟とか言ってたんだよ! そんな子、関わりたくないって思って当然でしょ⁉」
「それは──」
私が幽霊が見える、と周りに吹聴していた──そのつもりはなかったが結果としてそうなったのは事実だ。それをカズは〝信じる〟と言ってくれたけど、普通はそうでないことを理解する歳になった。だからこそ私はもう幽霊のことを所構わず言わなくなったし、カズもどう反論すればいいのかわからず言葉に詰まったのだろう。
その一瞬の隙を、その子は見逃さなかった。
「ほら、何も言い返せないでしょ。それとも何? 小久保君もあの子みたいに〝幽霊が見える〟とか言い出すわけ? このままあの子のこと庇い続けて、あの子の傍にいるっていうなら、小久保君も頭のおかしい奴だって言い触らすけど、それでもいいの?」
その言葉が聞こえた瞬間、扉にかけた手に力が入った。
〝カズはおかしくなんかない〟と、教室に飛び込んで叫びそうになった、その時。
「──いいよ、俺のことを〝おかしい〟って言っても」
聞こえてきたその言葉に、息を呑んだ。
「俺のことはどんな風に言っても構わない。おかしい奴扱いしたいなら好きにしろ。だけど……」
身体が、固まったように動かせない。そんなことを知ってか知らずか、カズは言葉を続けた。
「──その代わり、怜香を傷付けるのは止めろ。あいつを傷付けることは、俺が許さない」
その真剣な声に、カズが言い放ったその言葉に、私は耐えられなくなって身を翻した。走って、走って、走って、誰もいない河原まで辿り着いて、ようやくそこで足を止めた。そして、その場に座り込む。
──胸が、苦しかった。幽霊みたいに扱われたことより、無視されたことよりもずっと、胸が痛かった。
……私のせいで、カズがおかしい奴だと言われる。私を庇ったせいで、カズが酷い目に遭う。
そんなのは、嫌だった。今までの経験上、大抵のことは受け流せるけど、自分のせいでカズが傷付けられるのだけは、どうしても嫌だった。
どうすればいい。どうすれば、カズを守れるのだろう。
どうして、カズが傷付けられなければいけない? なんで、カズが理不尽を被らなければいけないんだ。
──私の、せい?
ハッとした。それと同時に、腑に落ちた。
そうだ。こんなことになったのは、全て私のせいだった。私が、幽霊が見えるとか言っていたせいで、先生やうさぎの死を悲しめなかったせいで、私が、私が、おかしな奴だったせいで、私が、普通じゃなかったせいで。
──幽霊が見える人間が、普通の人間と友達になったせいで。
最終的に思い至ったその結論から、私は一つのことを決めたのだ。
──もう二度と、幽霊の見えない人間とは友達にならない、と。
そして、私はカズを避けるようになった。話しかけられても答えなくなった。
──カズと、呼ばなくなった。
飼育係のあの子には、私の他の誰かをおかしいと言うなら、呪い殺してやると釘を刺した。〝私は死神だからね〟と嘯いて。
そうして私は独りになった。友達はいなくなった。誰とも話さなくなった。その代わり、幽霊に話しかけるようになった。それでどれだけ周りから畏怖されても、怖がられても、変人扱いされても、もう構わなかった。
「──あんたの未練は何だ」
いつの間にか、それを訊くことが、私の日常になっていた。