「……怜香ちゃんって、まるで“死神”みたい」
 その言葉と共に、意識が覚醒する。
 視界には、恐怖に塗れた顔をしたクラスメイトと、悲しげな顔をした担任の教師が映った。
 ……ああ、そうか、とぼんやりとした頭で理解する。
 これは、あの日の記憶だ。
 ──初めて〝死神〟と呼ばれた日の、消せない記憶。

*      *       *

 小学四年生のことだった。
 その頃はまだ、私は見えない人間(普通の子)とも仲良くしていたし、今みたいに幽霊に積極的に関わっていたわけではなかった。
 それが変わったのは、ある二つの死がきっかけだった。
 その年の夏、学校で飼っていたうさぎが死んだ。
 私はちょうどその時飼育係で、一番最初にうさぎの死体を発見したのも私だった。
「先生、うさぎが死んでました」
 悲しむ様子もなくそう淡々と告げた私は、担任の教師だった彼女にはどう映っていたのだろうか。今となっては確認する術もないけれど、気味の悪い子供だと思われていたのではないだろうかと思う。
 でも、それは私にとってはごく普通のことだった。何十、何百、何千の死を、今までに見てきた私にとっては、飼っていたうさぎが死んだことも、当たり前のことにしか映らない。それにまだ、うさぎはうさぎ小屋にいたから。半透明の数字を背中に浮かべ、無邪気に私の足に擦り寄ってきた幽霊(うさぎ)がいたから、ショックなど受けなかったのだ。
 だが、そんな私の反応は、見えない(周り)から見れば異常だったのだ。
「なんで、怜香ちゃんは泣かないの? 悲しく、ないの……?」
 その時同じく飼育係だったクラスメイトの女の子が涙を浮かべながら問いかけた。少し非難するような、そんな目をしていた。彼女のその問いかけに、私は何も答えられなかった。

 ──決定的な出来事が起こったのは、その三日後だった。
 始業時間になっても担任の教師がやって来ないことに、ほんの少しざわめいていた教室は、代わりにやって来た教頭先生が告げた言葉に打ちのめされた。
 それは、担任の教師が、昨日の夜に交通事故に遭い、亡くなったという訃報だった。
 ざわめく教室、動揺し、信じられないと声を上げる生徒に、泣き出す生徒、ただ呆然と黙り込む生徒。最初は受け入れられなかったそれが段々と事実だとわかり、涙を流す生徒が増えていった。
 そんな中、私は平然としていた。動揺もせず、呆然とせず、涙も流さない。至っていつも通りの態度でそこに座っていた。
「……怜香ちゃん」
 隣の席の女の子が、私の名前を呼んだ。それは、三日前に私を咎めたあの飼育係の子だった。彼女を見ると、涙に濡れた顔で、彼女はこちらを睨んでいた。
「なんで怜香ちゃんは泣かないの?」
 三日前と同じ問いを、彼女は私に投げ掛けた。泣かない私を、有り得ないと咎めるように。
「なんでって、それは……」
 理由を言おうとして、だけど押し黙る。
 ──それは、そこにまだ先生がいるからだよ。
 それが、私が泣けない理由だった。まだそこにいるのに、悲しそうに、辛そうに、それでも泣きじゃくる生徒たちを心配げに見守る彼女がまだ存在しているのに、何を泣くことがあろうか。
 それに、人が死ぬことは、私にとってはただの日常だったから。毎日のように死んだ人間(幽霊)を見ているのに、誰かの死にいちいち感情的になんてなっていられない。
 ……そんなことを言っても、理解されないことはわかっていた。だって、担任の教師(先生)の姿は私にしか見えていないし、幽霊を日常的に見ている子なんているはずがない。結局、何を言ったところで理解してはもらえないのだ。
 黙ってしまい何も答えない私に、その子は非難と畏怖が混じった目で告げた。
「……怜香ちゃんって、まるで〝死神〟みたい。うさぎも、先生も死んじゃったのに、泣かないなんておかしいよ。……それに、怜香ちゃんって前に〝幽霊が見える〟とか言ってたんでしょ? そんなおかしいこと言ってる怜香ちゃんがいたから、うさぎも先生も死んじゃったんじゃないの?」
 それは、当て付けや皮肉も混じった発言だったのだろう。身近な人が亡くなったショックもあったのかもしれない。どう考えても道理の合わないその言葉に、しかし私は妙に納得してしまった。
 〝死〟を、〝死んだ人々〟を毎日のように目の当たりにする私を〝死神〟とは、言い得て妙だな、と。
「……何も、言い返さないの?」
 尚も黙り続けた私を、彼女が睨み付ける。あの時、あの瞬間、私のとった行動は全て彼女の癇に障ったのだろう。
「──最低だよ、怜香ちゃん」
 吐き捨てるように、彼女はそう言って去っていった。
 ──その日から、全てが崩れ出したのだ。