* * *
──人には見えないもの、俗に言う〝幽霊〟とやらが、幼い頃から私には見えた。
最初にそれに気付いたのは、小学生になる前。祖母の葬式でのことだった。
しんみりとしながらも厳粛な空気を醸し出す式場で、家族、親戚、さらには参列者までもが涙を流す中、私はそんな彼らが不思議で堪らなかった。
「ねえお母さん、どうしてみんな泣いてるの?」
くいっと母の喪服の袖を引っ張り、小さな声でそう尋ねた私に、母は怪訝そうな顔をした。
「おばあちゃんが死んじゃったのよ。もう逢えないの。悲しいでしょう?」
私と同じく小声でそう言って、母はほろりと零れた涙を人差し指で拭った。
「まだ小さいから、死んじゃったってことがよくわからないのかしらね。まあ、仕方ないわよね」
そうぼそりと呟いた母に、違うよ、と私は首を横に振った。
「だって、おばあちゃんなら、そこにいるでしょ?」
遺影の目の前、棺の方を指差して、私はそう言った。
──途端、空気が凍り付いた。
「は……? 何言ってるの、怜香。質の悪い冗談を言うのはやめてちょうだい。嘘なんてついちゃダメなの、わかるでしょ⁉」
小声で、という配慮はその時既に母の中から消え失せ、お経が唱えられ続けている厳粛な雰囲気をヒステリックな声がぶち壊した。
「嘘なんか吐いてないもん!」
何事かとざわめきだした参列者に構うことなく私は叫んでいた。
「だって、おばあちゃんはそこにいるもん! 何でみんなおばあちゃんを無視してるの⁉ おばあちゃんが可哀想だよ‼」
母はおかしなことを叫び出した娘に顔を青くした。
「なんてこと言うの、あんたって子は! 信じられないわ! そんな非常識な嘘吐くなんて‼」
「だって、おばあちゃんは死んでなんかないじゃんか!」
母の嘘吐き呼ばわりに耐え切れなくなった私は、とてとてと祖母の方に駆けた。思わぬハプニングに、お経を読む声すら止まっていた。
「ね、おばあちゃん。おばあちゃん、ここにいるもんね。死んでなんかいないもんね?」
縋るように祖母に話しかけた。だってそこには、少しだけ寂しそうな顔をした祖母が確かにいたのだ。確かに私には、祖母の姿が見えていたのだ。
「おや、レイちゃんにはおばあちゃんが見えているのかい? それはそれは、不思議なこともあるもんだ。もしかしたら、死んじまったおじいちゃんの力を継いだのかもしれないねえ」
祖母は柔らかく微笑んで、だけど少しだけ心配そうに私を見つめた。
「レイちゃん。その力はあなたを〝普通〟じゃなくするかもしれない。でも、その力を、自分を、嫌ってはいけないよ。生きるのが難しくても、おばあちゃんはレイちゃんにレイちゃんの生き方を諦めないでほしいんだ」
祖母の話は難しくて、何を言おうとしたのか理解できなかった。首を傾げた私を微笑ましそうに見つめてから、祖母は「じゃあね」と手を振った。
首を傾げたままで手を振り返した私にそっと微笑むと、祖母はくるりと後ろを向いた。その背中には、『47』という半透明の数字が浮かび上がっていた。
「──あなた、お待たせしました。今、いきますからね」
そう呟くと、祖母は白く光り出した。眩しくも優しいその光に圧倒され、私は一瞬だけ目を瞑った。そして、目を開くと、
「……え、おばあ、ちゃん?」
──そこにはもう、祖母の姿はなかった。
残ったのは、僅かな光の残滓と、私に向けられる畏怖の視線だけだった。
その日が、私が初めて〝幽霊〟を目にした日だった。
* * *
私にとって、幽霊とそうでない〝普通〟の人間とを見分けるのは、至難の業だった。
私には幽霊も人間もほとんど変わりがないように見えてしまう。普通に声も聞こえる。生きている人間と何ら変わりがなかったのだ。
そんな人間と幽霊を見分ける唯一の違いは、背中に浮かび上がる半透明の数字だ。
幽霊の背中に浮かび上がる半透明の数字、それは、四十九日のカウントダウン。
死んでから四十九日を過ぎる、つまりカウントダウンが『0』を越えると、半透明だった数字は真っ赤な色に変わり、四十九日を過ぎた分の日数を表示するようになる。そうなってしまうと、もう自分から成仏することはできない。
そうして、タイムリミットを過ぎた霊は遅かれ早かれ悪霊化し、生きている人間に危害を加えるようになるのだと、昔誰かに教えてもらった。
そんな霊を、〝日常〟として目にしてきた私は、当然のごとく周りに気味悪がられた。
〝嘘吐き〟
〝化け物〟
恐怖に染まった目でそんな言葉を投げかけられたことも、一度や二度ではなかった。
でも、私は気にしていない。自分が〝普通じゃない〟ことは、誰よりも自分が自覚している。それに、別に自分が〝普通〟になれなくたってよかった。
なぜなら、私は生きている人間に興味がなかったからだ。生きている人間にどう思われようが関係ない。私が興味を持つのは、死んでいる人間だけだ。
だからこそ、幽霊がいれば大抵の場合は話しかけに行くし、それを誰に見られても構わないからこそ、私は余計生きている人間に不気味がられた。
〝死神〟
それが、私が気味悪がられた末につけられた渾名だった。
しかし、残念ながら私にそんな力はない。私にできるのは、ただ、〝見ること〟、それだけなのだ。
そんな私に唯一出来た友達とも言える人物──それが、七日前に事故死した、隣のクラスの〝西村茜〟だった。