*      *       *

 七月八日。昼休み、教室で。
「──私と、デートしないか」
 直球でそう訊ねると、小久保一樹は唖然とした表情で目を見開いた。
「……は?」
 口をポカンと開けて、その直後我に返ったように真顔になる。
「悪い、よく聞こえなかったから、もう一度言ってくれないか」
「だから、私とデートしようって言ったんだよ」
 沈黙が訪れること、きっちり三秒。
「──はあ~っ⁉」
 腐れ縁の男は、大きな叫び声を上げたのだった。

*      *       *

 ──事の始まりは今朝まで遡る。
七月八日、午前七時四十五分。寝坊したせいで普段より数分遅くいつも通るあの公園前を横切った時だった。
「ねえ、あんた。何で幽霊なんか連れてんの」
 声が聞こえて振り向くと、病院服に身を包んだ少女が立っていた。年は私たちよりも二、三歳ほど下だろうか。セミロングの亜麻色の髪が肩口で揺れていた。歳の割に大人びた雰囲気で、整った顔立ちをしていた。茜が可愛い系の美少女だとしたら、彼女は綺麗系の美少女だろう。しかし、そんな見た目には少しそぐわない、勝ち気そうな瞳が自棄に印象的だった。
……出で立ち的には、恐らく幽霊だ。背中の数字はまだ確認できないけれど。
「自己紹介もしない奴に教える義理なんてないと思うけど?」
思わず喧嘩腰でそう言ってしまったのは、彼女がこちらを馬鹿にしているように思えたからだ。生意気な年下の子供(ガキ)に舐められるなんて、真っ平ごめんだ。
「まあまあ落ち着いて、レイ。何でそんな怒ってるの」
「だって、何かこの子生意気だったから」
「え? いつものレイも似たような感じだけど?」
「あんたは私に喧嘩売ってんのか」
 そんな言い合いをしていると、はあ、と呆れたような溜め息が聞こえた。
「あんたたち、あたしを無視して話すのやめてくれない?」
「あ、ごめんね……」
「ま、いいけど。あたしは倉橋(くらはし)由利香(ゆりか)。はい、これで名前教えたからいいでしょ?」
 何かイラッとしたけど、まあいいか、と受け流す。
「私は小松怜香」
「私は西村茜だよ~。それで、レイが私と一緒にいるのは、私たちが大親友だからでーす!」
 ニコニコと言う茜に顔を顰めて見せた。
「はあ? 違う。茜が勝手に着いてきてるだけ」
「ええ~っ⁉ 酷い、何てこと言うのレイ。私とレイは一番の親友でしょ~‼」
「……まあ、何となくわかったからいいや。ちょっと頼みがあるんだけど、聞いてくれる?」
「何で私が頼みを聞かなきゃいけないんだよ」
「……へえ、いいの?」
 強気で返すと、倉橋由利香は唇の端を吊り上げた。
「あんたが言うこと聞いてくれないなら、あんたとあんたの近くにいる人間、全員呪ってやるわよ」
「……性格悪いな、こいつ」
 正直自分より性格の悪い幽霊(人間)が存在しているとは思っていなかった。まあ、ただの脅しの可能性の方が高いけど、何だかこの子はやる時は本気でやってきそうな気がする。
「……わかったよ。でもその代わり、あんたの未練を教えて」
「未練? 随分と変わったことを聞くのね。まあいいわ。でも、教えるのは頼みを聞いてもらった後よ」
 ちゃっかりしてんな、と思いつつも、まあ、それでもいいかと了承する。
「それで、頼みって?」
「それはまだ教えない。ねえ、一緒に学校行ってもいい? あたし、高校ってどんな所なのか見てみたいのよ。何せ、中二で死んじゃったからね。まあ、受験勉強に悩まされなかったのは幸いだったけど」
 肝心の頼みについてはお預けを食らい、その上着いてくる気らしい。ま、もう既に一人着いてきてる奴がいるから、一人も二人も変わらないか。
「わかった。じゃ、ちょっと急ぐよ」
 忘れていたが、遅刻しかけていたんだった。足を早める私と、それに着いてくる幽霊(少女)が二人。
 横目でちらりと見た倉橋由利香の背中には、『44』の数字が浮かび上がっていた。

*      *       *

 その後、何とか遅刻せずに学校に辿り着いた。
 吹き出る汗にうんざりしながら教室に入ると、さっさと席に着く。
「はよ、怜香。遅かったな。寝坊したのか?」
 早速話しかけてくるバカが一人。言わずもがな、前の席の男である。早く席替えしたい、と思わず心の中でぼやく。
「……相変わらず無視、か。まあいいよ、俺は勝手に話しかけるからさ」
 その声に、少しだけ寂しそうな色が滲んでいたように思えたのは、気のせいだろうか。
 まあ、それもどうでもいいことだ。この前は仕方なくこいつに関わったが、それは単なる不可抗力であり、そもそも私はこいつとは二度と関わらないと決めていたのだから。
「──見つけた」
 後ろから着いてきた倉橋由利香が、何事かを呟いた気がした。
(……?)
「何か言った?」と尋ねる前にずいと顔を近付けられ、思わず仰け反った。
「何か、言いたいことでも?」
 周りに聞かれないように小声で訊くと、倉橋由利香はにんまりと唇を吊り上げた。目もギラギラと光っていて、不気味と言わざるをえないような、そんな笑顔だった。
 ……なんだか、録でもないことを言われる気がする。
「頼みたいこと、今言おうと思って」
 湧き出る嫌な予感に顔を引き攣らせながらも、取り敢えず頼みとやらを聞くことにする。
「そんで、頼みって?」
 傍に来た茜も、興味津々の顔付きで倉橋由利香の言葉を待つ。
「──デートがしたい」
「……え?」
 言われたその言葉に、耳がおかしくなったのかと思って聞き返す。
「だーかーらあっ!」
 倉橋由利香はもどかしそうにそう叫ぶと、ビシッとある一点を指差した。
「デートしたいって言ったの! この人と‼」
 彼女が指差していたのは、私の目の前に座る男。
「……は」
「──ええええええーーっ⁉」
 目を見開いて絶句してしまった私の代わりに、茜の叫び声が響き渡った。