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七月五日。
いつものように屋上に来ていた私は、フェンスに凭れていた。
白紙の紙を空に透かす。空白のままの黒枠の中身を見つめ、手の中の紙切れをぐしゃりと潰してしまいたくなる衝動に襲われた。
「──それ、進路希望調査票?」
目の前が遮られ、太陽が見えなくなる。茜が首を傾げて、掲げられた用紙を覗き込んでいた。
「……そーだけど」
短く答える。それ以外の返答を私は持っていない。言えるのは、何度考えてもこの用紙は空白のまま、埋まることがないということだけ。
「書かないの?」
「書かないっていうか、書けない。何がしたいか、なんて、私にはわからないから」
進学したいのか、就職したいのか、それ以外か。
そんなこと、私には思い付かない。どうしたいのか、なんてわからない。強いて言うならば、幽霊の未練を知りたい。私の生きる目的なんて、それくらいなのだ。
「そんなぁ……。レイは折角生きてるんだからさ、もっと夢見ようよ! やってみたいこととか、たくさん思い付くって!」
茜の無邪気なその言葉に、柄にもなく少し苛ついた。〝生きてるから〟って、誰もが夢を見れるわけじゃない。やってみたいことが簡単に思い付くわけでもない。
……私の気持ちを、理解できるわけじゃない。
ああ、そうだった。
茜は確かに幽霊が見える(私と同じだ)。だけど、全てが私と同じわけじゃない。茜はいつも、眩しい場所にいた。私とは違って、普通の人々(見えない奴ら)とも仲良くできていた。
ああ、どうして。
──私が生きていて、茜が死んでしまったのだろう。
グルグルと黒い感情が胸の中で渦巻いていた。茜の笑顔が、見ていられなくて顔を俯かせる。
「レイはもっと色んなことに積極的にならなきゃダメだよ。これから先、幽霊(私たち)とだけ会話して生きていけるわけじゃないんだしさ。生きている人とも話さなきゃ……」
茜の言葉が頭の中を回りだす。正論だからこそ耳障りなその声を、締め出したくなってしまう。
「レイ、聞いてる?」
「……さい」
ぼそり、と唇から言葉が漏れだした。
「え?」
「──煩いって言ってんの! 大体、死んじゃってこれからのことなんて何一つ考えなくてもいいあんたに、一体何がわかるって言うんだよ!」
感情のままそう叫んだ後、ハッとして顔を上げると、茜の傷付いた表情が視界に映った。
──ああ、やってしまった。
後悔に苛まれながら茜から目を逸らす。皮肉なくらい綺麗な青空に、舌打ちしそうになりながら呟いた。
「……今日は、一人にして」
一人に、なりたかった。これ以上、私が茜を傷付けないように。
「……うん、わかった」
茜の静かな声が聴こえた。
「──ごめんね、レイ」
続けて聴こえたその言葉に、目を見開いて思わず振り返ると、ほんの一瞬だけ茜の顔が目の端に入った。
──それは、泣き笑いのような、引き攣った笑顔。
息を呑む。自分のしでかしたことに吐き気がした。しかし、その顔をしっかりと見る間もなく茜は身体を翻した。
「あか──」
茜、そう言いかけて、だけど途中で口籠る。
『16』
今にも消えてしまいそうな華奢な背中に浮かんだその数字から、どうしても目が離せなかった。