翌日の昼休み。私は小久保一樹を屋上に呼び出した。
「何だよ、昨日の今日でこんなところに呼び出して。しかも、何でお前、立ち入り禁止の屋上に入れてんだ?」
疑問に満ちた顔で、小久保一樹は屋上に現れた。
「ま、細かい所は置いといて」
「置いとくなよ……」
 呆れたようにツッコミを入れる小久保一樹のことは無視し、私は切り出した。
「──今日は、あんたに頼みがあって呼び出したの」
早速本題に入ると、奴は驚いたように目を見張った。
「頼み?」
「そう。今日の放課後だけ、あんたの身体を貸して欲しい」
「──身体を、貸す?」
「……いや、そのまま言っちゃうの⁉ 訳わからなすぎて困ってるよ小久保君っ‼」
小久保一樹の怪訝な表情を見て、茜が流れるように突っ込んだ。
うるさいな。茜は細かいことを気にするんだから、と思ったが、目の前の小久保一樹が本当に訳がわからないという顔をしていたから、説明してやらないといけないらしい。面倒さに軽く舌打ちをする。
「ああもう、一から説明すればいいんでしょ! あのね、昨日あんたが怪我しそうになったのと、私が階段から落ちたのは、柿本信次っていう幽霊の仕業だったの。そんで、彼が成仏するためにもう一度バレーがしたいっていうから、あんたの身体を貸して欲しいってわけ。わかった?」
「いや、色々ぶっ飛びすぎて訳わかんねーけど、つまりはその人がバレーをするために部活の時間だけ俺の身体を借りたいってことか?」
「そーゆーこと」
意外と物分かりがいい小久保一樹に感心していると、柿本信次と茜があんぐりと口を開けていた。
「何で今の説明でわかるんだ?」
「……っていうかレイ、幽霊のこととかバラしちゃダメでしょっ⁉」
今にも掴みかからんとする(まあ実際は掴めないが)勢いの茜に、私はあっけらかんと答えた。
「いーの。こいつは私が見えること知ってるから」
「……へ?」
間抜けな声を上げた茜はさておき、小久保一樹の方に身体を向け直すと、奴は先ほどまで私が喋っていた空間をじっと見つめていた。
「怜香、そこに居るのか?」
「そ。元ここの学校のバレー部キャプテンで、バスの事故で死んだ柿本信次と、最近事故死した西村茜。茜のことは知ってるでしょ?」
「……ああ。西村さんも、まだここに居るのか……。二人とも、俺が何て言っていいのかわかんないけど……。到底二人の痛みや悔しさがわかるとは言えないけど、俺にできることがあれば何でも協力するよ」
何も見えていないはずの空中に視線を彷徨わせ、奴は真摯な言葉を口にした。
「そんな……こちらこそ、怪我をさせてしまったのにこんなことをお願いしてしまい、申し訳ない」
「そうだよ、そんなに畏まらなくても大丈夫だよ、小久保君!」
三者三様、言葉が通じないのにも関わらず話そうとするバカ共。
はぁ、と呆れて溜め息が出た。
「あんたら、言葉通じないのに話続行させようとするのやめて。通訳すんの面倒臭いから」
そう釘を刺してから、やっと三人はそのことに気付いたようだった。何と頭が悪い。
「で、身体貸してくれる?」
ギロリと目線を動かすと、「それはいいけど……」と、小久保一樹は何とも歯切れの悪い返事をした。
「それはいいなら、何が問題なのさ」
「あのな、俺は身体を貸そうにも貸し方がわからないんだよ」
お手上げ、と言うように両手を上げて見せた奴に、何だ、そんなことかと呟いた。
「それなら心配ない。カズ爺が上手いことやってくれるから。あんたはあんたとしての意識を持ったまま、柿本信次に身体を貸すことができる」
そう。カズ爺(守護霊)の特別な力で、霊を生者の肉体に取り込んで、一時的に同化させることができるそうだ。この時、一端身体の主導権は小久保一樹から柿本信次に引き渡される。聞くだけで面白そうだしやってみたいのだが、今回は私の身体じゃ意味がないので我慢しよう。
「じいちゃんが⁉ またじいちゃんに会ったのか⁉ どんな様子だった?」
カズ爺の名前を出した途端に、今まで冷静だった小久保一樹が興奮気味に詰め寄ってきた。祖父も立派な祖父バカだが、超お祖父ちゃんっ子だった孫も孫で立派な孫バカなのだから質が悪い。
「前と変わらず元気だよ。あんたの姿で若ぶってるくらいね。じゃ、そーゆーことだから、放課後はよろしくね」
放課後まで、茜と柿本信次には屋上で待っていてもらおう。
予鈴の鐘が鳴った。
「レイ、早く教室行かないと、授業に遅れちゃうよ!」
「別に、サボっちゃえばよくない?」
「「よくない!!」」
なぜか柿本信次にまで怒られる。口煩い奴が増えてしまったみたいだ。
「じゃ、また放課後にね」
仕方なく屋上から出ると、後ろから小久保一樹が追いかけてきた。
「……なあ、お前さ、幽霊に関わって階段から落ちかけたって言ったよな」
「言ったけど」
それが一体何だと言うのだ。
ジロリと隣に並んだ奴の顔を見上げると、小久保一樹の瞳は心配そうな色を宿していた。
「幽霊に関わるなとは言わない。でも、あんまり危険なことには首を突っ込むなよ」
「は、何であんたにそんなこと言われなきゃなんないのさ」
鼻で笑ったが、奴から心配の表情が消えることはなかった。
「……あんまり危なっかしいと、見てらんないからな」
じゃ、と先に教室へと歩いていく背中をぼんやりと見ながら、私は首を傾けた。
「……何が言いたかったんだ、あいつは」
「そんなもん、決まっておるじゃろ」
不意に後ろから声が聴こえた。振り向くと、そこには小久保一樹──と同じ顔をしたカズ爺が立っていた。
「カズ爺、居たんだ」
「居たんだ、とはなんじゃ。一樹の守護霊なんじゃから、居るに決まっておるだろう」
 まったく、失礼な奴じゃわい……とぼやくカズ爺に、「で、何が決まってるの」と問いかけると、カズ爺はやれやれと肩を竦めた。
「一樹は心配なんじゃよ。お前さんが無茶をして危険な目に遭わないかがな」
「あいつが、私を心配? ここ何年もまともに口利いてやらなかったのに?」
カズ爺はやれやれと言う風に肩を竦めた。
「一樹がそのくらいのことで嫌いになるわけがないと、お前さんもわかっておるだろ、怜香。それにしても、あいつとか呼びおって……昔みたいに、〝カズ〟とはもう呼ばんのか」
私はくるりとカズ爺に背中を向けた。
「呼ばないよ」
〝カズ〟。
奴のことをそう呼んでいたのは、もう遠い昔の話だ。
「あいつは、私と同じじゃないから。だから、私があいつと仲良くするメリットなんてない」
「──あの時、〝カズ〟 と呼んだ癖に?」
やはり、聴こえていたのか。
咄嗟に昔の渾名など呼ばなければよかった。そう後悔しても、手遅れだ。
私はカズ爺の追及には答えずに、教室へと歩き出す。
鳴き続ける蝉の声が、ただ耳に残っていた。