*    *     *

 ──茜と出逢ったのは、今から一年と少し前。
 高校一年の、春のことだった。
 その頃、私はクラスメイトから無視をされていた。同じ中学で私の噂を知っていたクラスカースト上位の女子が、その噂を言いふらしてこう言ったらしい。「あの子は幽霊が見えるとか言ってるヤバい子だから、話しかけちゃダメだよ」と。それは強固な暗黙のルールとなり、それを破ればその女子に何をされるかわかったもんじゃなかったから、クラスメイトたちはそれを必死に守っていた。まあ、ただ単に幽霊が見える、なんていうイタい奴とは関わり合いになりたくなかった子たちもいるのだろう。
正直、普通の(見えない人)には何の興味もなかったし、煩わしいことに付き合わされないから、私としてはありがたいことだったのだが。暗黙のルールを作ってくれた彼女にひそかに感謝しながら、私は誰とも喋らず、誰にも話しかけられないという快適な空間の中で一年を過ごした。……過ごす、はずだった。
……だがしかし、そんな私の悠々自適なぼっちライフは、残念ながら長くは続かなかった。
なぜかって? それは勇敢にも、いや、むしろ無謀にもと言った方がいいのかもしれない。無謀にもクラスの女王様が作った暗黙の了解をガン無視し、私のお一人様高校生ライフをぶち壊しに来たバカがいたからだ。
──それが、西村茜だった。



「初めまして! 知ってるかもしれないけど、私、同じクラスの西村茜。小松怜香ちゃん、だよね。突然だけど、私とお友達になりませんかっ⁉」
「……………………は?」
 当人の申告通り突然すぎるその提案に、私は面食らった。しかし気を取り直す。
「西村茜、だっけ。あんたのことは知らないし、興味もない。どうせあんたも私の噂知ってるんでしょ? それで友達になりたいとか、物珍しいから? 怖いもの見たさ? それとも一人ぼっちの子への同情とか優等生アピールなわけ? どれでもいいけど、私はあんたのそんな暇潰しや自己満足に付き合わされるのなんてごめんだね。だから、あんたと友達になる気なんて一ミリも──」
 捲し立てるようにそう言って、一ミリもない、と断言しようとしたところで、不意に大きな声に遮られた。
「違うよ! 物珍しさでも、同情なんかでもない。私は君と友達になりたい、ただそれだけだよ」
「……そんなの、信じるわけないでしょ」
 私は彼女から視線を落とし、先程まで開いていた本のページを視界に映した。例の如くただのカモフラージュで、内容なんか大して頭に入ってはいなかったけれど、目の前の彼女の戯言よりかはマシだろうと思ったのだ。
 物珍しさでも同情でもなく、〝幽霊が見える〟なんていう人間と仲良くなりたいと思う人間なんて存在するものか。百歩譲って本当に心から私と友達になりたいと思っているんだとしても、私は絶対に友達にはならない。──普通の人間(見えない人)とはもう二度と関わらないと、ずっと昔に決めているから。
 だから、この西村茜とかいう子とも、私は関わらない。もう二度と言葉を交わすこともないだろう。その時は、そう思っていたのだ。
 ……でも。
「──体育館の裏、校門前、屋上のフェンスの向こう」
 そう、小声で囁かれた場所に、私は目を見開いた。
 だって、その場所は。
「君も、そこにいる幽霊のこと、見えてるんでしょ?」
 ──私がこの学校で、毎日幽霊を見ている場所だったから。
「……なんで、それを」
 知っているの。
 口の中で呟いた言葉を読み取ったかのように、西村茜は笑った。
「──私も、幽霊が見えるの」
 その告白は、私が彼女ともう一度言葉を交わそうと思うくらいに、衝撃的で興味を惹かれる事実だった。