正直言うと、そんなに学校が好きではない。
 でも、そのことは勉強をしない理由にはならない。
 学校に行けているのは、中学からの友達である松本理絵ちゃんが一緒だからだ。

 彼女とは二年になってクラスが分かれてしまった。
 クラスに友達がいないわけではない(幸い、同じクラスの女子には、無遠慮に「ぽちゃかよ」と呼ぶ人はいなかった)が、理絵ちゃんと話しているときがやっぱり一番楽しい。

 昼休み、全学年の人間が集う食堂で私と理絵ちゃんはお昼を食べる。
 食堂はザワザワしていて、みんな自分のお昼ご飯だけに夢中になっていた。

「昨日、バイト先に新人の大学生入ってきたよ。
 望月さんっていう」

 さっそく望月さんのことを彼女に報告する。
 彼女も同じアルバイト先で、同じキッチンを担当しているのだ。

「知ってる。
 山本さんがバイト先を紹介したらしいから」
「そうなんだ。
 神々しいイケメンだったわ」

 縁なし眼鏡をかけた、柔らかい雰囲気のインテリ風お兄さんといういで立ちの山本さんは、理絵ちゃんの彼氏だ。
 彼も同じバイト先でキッチンを担当している。
 今年に入ってから二人は付き合い始めた。

「大学でも女子からすごい人気だって聞いてる」
 彼女がお弁当の中からゆっくりと玉子焼きをつまみながらそう答える。

「性格も清く正しい感じだったよ」
 そう言いながら私は母特製のお弁当を食べた後、追加で購入したジャムパンの袋を素早く開ける。
 ふわりとコッペパンの香ばしい薫りが鼻腔をくすぐる。

「香世ちゃん、食べすぎ」
 細身の彼女にたしなめられるのはいつものことだ。
 彼女のお母さんはダイエットコーチをしている。
 きちんと栄養管理されたお弁当はいつも小さくて、なぜお腹がすかないのか到底理解できない。

「人生にデザートは必要でしょ」
 お咎めに構わずデザートを齧ろうとした瞬間、背後から聞き慣れた男子の声が降ってきた。

「ぽちゃかよはやっぱり、ぽちゃかよにふさわしいもんを食ってんだな」

「信洋」
 理絵ちゃんが名前を呼ぶ。
 彼女のひとつ年下の幼馴染で、彼女の隣の家に住んでいる井上信洋だ。
 野球部に所属する短髪野郎で、肌はいつも浅黒く日焼けしている。

「ちょっと、食欲を削ぐようなこと言わないで」
 信洋を軽く睨みつける。
「もっと言ってやっていいから」
 ひやりとした声色で、理絵ちゃんが加勢する。

 これには敵わない。
 私は黙って、封の開いたジャムパンを信洋に押しつけた。
「サンキュー」
 ニヤニヤしながら信洋が去っていく。
 あいつ、さては最初からジャムパン目当てだったか。
 ハゲタカみたいな奴め。

「運動部の人間は、たくさん食べていいの。
 香世ちゃんは、帰宅部でしょ」
「タイミングが悪すぎるわ」
 理絵ちゃんの正論には答えず、信洋の登場を恨んだ。百十円、返せ。

 食べることと寝ることがこの世で一番好きだし、もはや趣味と言ってもいい。
 だから、このぽっちゃり体型も個人的には甘受している。

 とは言っても、「ぽちゃかよ」と呼ばれることを受け入れているわけではないので、母に対する罪悪感からのダイエット以外にも過去にダイエットに挑戦したことは何度かあった。

 結果は、今も私に纏わりついている脂肪から明らかだろう。

 運動は苦手だからと食事制限をやってみたが、一番好きなものを制限するとストレスが猛烈にたまって大きな反動が出ることは、一度でもダイエットをしたことがある人になら分かってもらえると思う。

 それに、食事制限をしている最中、「なんで他人のあまかよのためにダイエットをしているんだろう」と考えてしまったが最後、目的を見失った私は続けられなくなってしまうのだ。

 午後の授業中、自分の二の腕をそっと掴んでみる。
 もち肌のすべすべしたお肉は、柔らかくてふわふわして触り心地がいい。

 私、自分の体型は嫌いじゃない。
 自己紹介が嫌いになるだけだ。


 帰宅すると、ダイニングテーブルにおやつが置いてあるか、冷蔵保存のおやつの場合は、その旨が書かれたメモが置いてある。
 今日は、とある有名店のこだわりドーナツだった。
 母はフルタイムで働いているが、私の登校後にちゃんとおやつを用意して家を出てくれる。

 小学生じゃないかと笑われてもいい。
 母も父も中肉中背の体型だが、ひとり娘には相当甘い。
「ジャムパンの恨み、ここに晴らします」
 誰もいない家で独り言ちて、チョコレートがけのドーナツを頬張った。
 チョコレートの甘くほろ苦い味とドーナツのしっとりした感触が口の中に広がる。

 ああ、幸せ。
 食べ物は私を嫌な気持ちにさせない、最高の存在だ。