とある日、友人の優雨とアルバイトのシフトが同じだった。
でも、いつもは完璧スーパーアルバイターのあいつが、今日だけでミスを連発している。
おかしい。
絶対に何かあった。
「宏樹、フルーツパフェからチーズケーキに変更よろしく」
「はいよー」
あいつが訂正後のオーダーを入れるのは何回目だろう。
キッチン担当のオレでさえ、過去を振り返ってもここまでミスを連発する人を見たことがない。
新人一日目だってもっとちゃんとやってるぞ。
というより、過去にこいつ目当ての客がこの店で事件を起こして警察沙汰になったときでさえ、その後も一切ミスをしていなかったのに。
一体、やつにどんなことがあったというのか。
シフトが終わった後も、更衣室で優雨がものすごい勢いでため息をつき、うなだれている。
その様子を見て、あまりにもこいつが不憫に思えてきたので、ひとまず話を聞いてやることにした。
「優雨、これから飲みに行こうぜ」
「いいよ、行こうか」
居酒屋で手始めに生ビールを頼み、切り出す。
「で、何があった?
お前らしくないじゃん、ミス連発って」
優雨がオレをチラリと見る。
相変わらず大きくて潤んだ瞳の吸引力がすげーなと感心する。
本人から聞いたことはないが、女だけじゃなくて、男からの誘いもひっきりなしにあるんだろうな。
「宏樹にだけ話すから、誰にも言うなよ?」
「うん、大丈夫」
嘘くさい笑顔を返した。
「こないだ見ちゃったんだよね。
浴衣姿の雨宮さんが、花火大会の日に男の子と手を繋いで歩いてるとこ」
急によく知っている名前が出てきて、飲んでいたビールを吹きそうになった。
色んな意味で驚きを隠せない。
「え、何、それだけ?」
「うん、まぁ大体は」
「お前、雨宮のことが好きだったの?」
「それが分かんねーんだわ……」
優雨は頭をかきむしって、また大きなため息をついている。
話がいまいち見えないので、先を促す。
「雨宮さんは『友達です』って言ってた」
「なるほど」
「でも俺には分かった。
あの男の子は、雨宮さんのことめちゃくちゃ好きだと思う。
そういう雰囲気出てたし。
彼が立ち去るときに会釈されたけど、そのときの目が……!」
「どうだったの?」
「挑むような目つきだった」
そこまで言うと、優雨はジョッキに残っていたビールを一気に飲み干した。
何これ、ちょっとおもしろいじゃん。
こいつとは大学入学のころから一緒にいるので、かれこれ1年半以上の付き合いだが、こいつのこんなコイバナを聞いたのは初めてだ。
オレは楽しくなってきて、もっと酒を飲ませようと画策する。
次の酒も速やかに頼んでやった。
「それで?
結局お前は何に悩んでんのさ」
「なんで俺はこんなに動揺しているのか、ショックを受けているのか分からない」
やばい、こいつアホなのか?
楽しくなりすぎたオレは、顔のニヤけが止まらない。
優雨は勝手に語りはじめた。
「俺、今までの恋愛は女の子から言われて付き合ってばっかりだった。
雨宮さんも、俺のこと好きなのかなってちょっと思ったりもしてたけど」
「ほう? イケメンモテ男のプライドが許さないわけだ」
オレがすっかりおちょくっているだけということにこいつはまだ気づいていない。
「そういうわけじゃないけど!」
ガチャンと強くジョッキを机に置く。
「じゃあさ、ちょっと考えてみ?
もし雨宮がその男の子と付き合ったらどう思うわけ?」
優雨はアルコールが入ってすこし赤らんだ頬に両手を当てて考える。
そのしぐさすら女みたいに可愛く見えてくるのがイケメンの怖いところだ。
「なんで俺じゃないんだよ、って思う」
「あははは!」
思わず吹き出してしまった。
「なんだよ」
イケメンがむっとする。
「気づいてないの?
それ、雨宮のことが好きってことじゃん。
独占欲は恋のはじまりって言うだろ?」
「なにその恋愛語録みたいな言葉」
生まれて初めて聞いたかのような顔をする。
「他にないだろ、理由なんて」
優雨は顔を赤くする。
これはアルコールが原因じゃない。
「俺から人を好きになるの初めてかもしれない……」
「まじかよ。
ぽちゃかよが初恋って」
だめだ、笑いが止まらない。
「ぽちゃかよって言うなよ!
雨宮さん嫌がってただろ!
やっぱりお前に言うんじゃなかった」
やつが拗ねる。
「ごめんって」
イケメンが機嫌を悪くしてこれ以上喋ってもらえないのは困るので、口先だけは謝る。
「あのさ、雨宮さんは、とっても綺麗な音でピアノを弾くんだ。
ピアノを愛してるんだと思う。
すごく上手だった。
心が洗われるみたいでじんわり沁みた」
うっとりした表情で雨宮のことを語り出すこいつのことがおかしくてたまらない。
「はいはい、ギャップ萌えってやつかね。
話を戻すけど、冷静になって考えてみると、雨宮は『友達だ』って言ってたんだよな?」
「うん」
「でも、手は繋いでた」
「そう……」
「だとすると、その男の子は雨宮に告白していないってことになるんじゃね?
もし既に告白してその男の子が振られてたら、『友達』とは説明しても手は繋がないだろ?」
はー、オレって推理冴え過ぎ。
「お前の今やるべきことは、その男の子より前に雨宮に告白すること。
多分だけど、手を繋ぐことを雨宮が拒んでないってことは、その男の子が押したら雨宮は陥落するってことだろうし」
「それは困る!」
優雨は二杯目のビールを飲み干し、再びジョッキグラスを机にバン!と音を立てて置いた。
「ほら、じゃあ望月君、告白するプランを一緒に考えよ?
男子高校生には出せない大人の魅力で雨宮を落とさなきゃ」
「大人の魅力……親父の財力を使うっ!
車と時計を借りる!」
「そうそう、その調子。
あとは、女子がキュンとするファッションポイントも押さえようぜ」
今日はオレ得の夜だな。
ぞくぞくする楽しさが込み上げる。
いい感じに酔っぱらってきたやつを目の前に、次は日本酒を飲ませようと考えていた。
でも、いつもは完璧スーパーアルバイターのあいつが、今日だけでミスを連発している。
おかしい。
絶対に何かあった。
「宏樹、フルーツパフェからチーズケーキに変更よろしく」
「はいよー」
あいつが訂正後のオーダーを入れるのは何回目だろう。
キッチン担当のオレでさえ、過去を振り返ってもここまでミスを連発する人を見たことがない。
新人一日目だってもっとちゃんとやってるぞ。
というより、過去にこいつ目当ての客がこの店で事件を起こして警察沙汰になったときでさえ、その後も一切ミスをしていなかったのに。
一体、やつにどんなことがあったというのか。
シフトが終わった後も、更衣室で優雨がものすごい勢いでため息をつき、うなだれている。
その様子を見て、あまりにもこいつが不憫に思えてきたので、ひとまず話を聞いてやることにした。
「優雨、これから飲みに行こうぜ」
「いいよ、行こうか」
居酒屋で手始めに生ビールを頼み、切り出す。
「で、何があった?
お前らしくないじゃん、ミス連発って」
優雨がオレをチラリと見る。
相変わらず大きくて潤んだ瞳の吸引力がすげーなと感心する。
本人から聞いたことはないが、女だけじゃなくて、男からの誘いもひっきりなしにあるんだろうな。
「宏樹にだけ話すから、誰にも言うなよ?」
「うん、大丈夫」
嘘くさい笑顔を返した。
「こないだ見ちゃったんだよね。
浴衣姿の雨宮さんが、花火大会の日に男の子と手を繋いで歩いてるとこ」
急によく知っている名前が出てきて、飲んでいたビールを吹きそうになった。
色んな意味で驚きを隠せない。
「え、何、それだけ?」
「うん、まぁ大体は」
「お前、雨宮のことが好きだったの?」
「それが分かんねーんだわ……」
優雨は頭をかきむしって、また大きなため息をついている。
話がいまいち見えないので、先を促す。
「雨宮さんは『友達です』って言ってた」
「なるほど」
「でも俺には分かった。
あの男の子は、雨宮さんのことめちゃくちゃ好きだと思う。
そういう雰囲気出てたし。
彼が立ち去るときに会釈されたけど、そのときの目が……!」
「どうだったの?」
「挑むような目つきだった」
そこまで言うと、優雨はジョッキに残っていたビールを一気に飲み干した。
何これ、ちょっとおもしろいじゃん。
こいつとは大学入学のころから一緒にいるので、かれこれ1年半以上の付き合いだが、こいつのこんなコイバナを聞いたのは初めてだ。
オレは楽しくなってきて、もっと酒を飲ませようと画策する。
次の酒も速やかに頼んでやった。
「それで?
結局お前は何に悩んでんのさ」
「なんで俺はこんなに動揺しているのか、ショックを受けているのか分からない」
やばい、こいつアホなのか?
楽しくなりすぎたオレは、顔のニヤけが止まらない。
優雨は勝手に語りはじめた。
「俺、今までの恋愛は女の子から言われて付き合ってばっかりだった。
雨宮さんも、俺のこと好きなのかなってちょっと思ったりもしてたけど」
「ほう? イケメンモテ男のプライドが許さないわけだ」
オレがすっかりおちょくっているだけということにこいつはまだ気づいていない。
「そういうわけじゃないけど!」
ガチャンと強くジョッキを机に置く。
「じゃあさ、ちょっと考えてみ?
もし雨宮がその男の子と付き合ったらどう思うわけ?」
優雨はアルコールが入ってすこし赤らんだ頬に両手を当てて考える。
そのしぐさすら女みたいに可愛く見えてくるのがイケメンの怖いところだ。
「なんで俺じゃないんだよ、って思う」
「あははは!」
思わず吹き出してしまった。
「なんだよ」
イケメンがむっとする。
「気づいてないの?
それ、雨宮のことが好きってことじゃん。
独占欲は恋のはじまりって言うだろ?」
「なにその恋愛語録みたいな言葉」
生まれて初めて聞いたかのような顔をする。
「他にないだろ、理由なんて」
優雨は顔を赤くする。
これはアルコールが原因じゃない。
「俺から人を好きになるの初めてかもしれない……」
「まじかよ。
ぽちゃかよが初恋って」
だめだ、笑いが止まらない。
「ぽちゃかよって言うなよ!
雨宮さん嫌がってただろ!
やっぱりお前に言うんじゃなかった」
やつが拗ねる。
「ごめんって」
イケメンが機嫌を悪くしてこれ以上喋ってもらえないのは困るので、口先だけは謝る。
「あのさ、雨宮さんは、とっても綺麗な音でピアノを弾くんだ。
ピアノを愛してるんだと思う。
すごく上手だった。
心が洗われるみたいでじんわり沁みた」
うっとりした表情で雨宮のことを語り出すこいつのことがおかしくてたまらない。
「はいはい、ギャップ萌えってやつかね。
話を戻すけど、冷静になって考えてみると、雨宮は『友達だ』って言ってたんだよな?」
「うん」
「でも、手は繋いでた」
「そう……」
「だとすると、その男の子は雨宮に告白していないってことになるんじゃね?
もし既に告白してその男の子が振られてたら、『友達』とは説明しても手は繋がないだろ?」
はー、オレって推理冴え過ぎ。
「お前の今やるべきことは、その男の子より前に雨宮に告白すること。
多分だけど、手を繋ぐことを雨宮が拒んでないってことは、その男の子が押したら雨宮は陥落するってことだろうし」
「それは困る!」
優雨は二杯目のビールを飲み干し、再びジョッキグラスを机にバン!と音を立てて置いた。
「ほら、じゃあ望月君、告白するプランを一緒に考えよ?
男子高校生には出せない大人の魅力で雨宮を落とさなきゃ」
「大人の魅力……親父の財力を使うっ!
車と時計を借りる!」
「そうそう、その調子。
あとは、女子がキュンとするファッションポイントも押さえようぜ」
今日はオレ得の夜だな。
ぞくぞくする楽しさが込み上げる。
いい感じに酔っぱらってきたやつを目の前に、次は日本酒を飲ませようと考えていた。