事件から大分時間が経って、普段使わない通学路から帰りながら、ようやく理絵ちゃんに事件の一部始終を伝えることができた。
直後は事件のショックでうまく整理がつかず、家族以外に話せずにいた。
望月さんの事情を知らない家族にもすべてを説明できなかった。
理絵ちゃんは私の様子を見て無理に聞いてくることはなかったので、本当にありがたかった。
彼女はテレビで事件を知ったらしい。
見慣れた店の外観が画面に映ったとき、座っていたソファーから立ち上がってしまったと言っていた。
「香世ちゃん、話してくれてありがとう。
大変だったね。
ただ、そのときの望月さんの言動が気になるな」
「そうなんだよね」
ずっとそれを考えていた。
一体、彼は何を考えていたのだろう。
あのとき、彼には私たちとは違うものが見えていた。
あの女性の中に何を見ていたのだろうか。
「何だか、望月さんの中にとてつもない闇が潜んでいる気がするの。
望月さんの外見と性格が完璧なだけにね」
「闇?」
望月さんにおよそ似つかわしくない言葉を発した理絵ちゃんに違和感を覚えたけれど、何となく言いたいことは分かる。
「完璧すぎるものや姿に、人は不安を覚えるっていうでしょ?」
「そんなもんかなぁ」
確かに一般論としては理解できるし、あのときの望月さんの様子が変だったのは気にかかる。
そして彼に対して感じる恐怖感のようなものが、私の中に存在しているのも間違いない。
しかし、私が感じている怖さというのは、闇とはちょっと違う気がした。
もっと何というか、強がりのようなものに似ているというか。
「で? いつからなの?」
理絵ちゃんが問うてくる。
「何が」
「望月さんが好きなんでしょ?
いつから?」
「は?」
「隠しても無駄だから」
「いやいやいや、あの」
不意を突かれて的確な答えを返せず、口ごもる。
手汗が急に噴き出してくる。
彼女の目を見ることができず、視線が斜め上を向く。
我ながらごまかしたりその場をやり過ごすのが本当に下手くそだ。
「ほら、早く白状して」
理絵ちゃんは答えを分かっているはずなのに、あえて微笑みながら追い詰めてくる。
「一カ月くらい前ですかね」
素直に打ち明けた。
エスパーに隠し通せるわけがない。
「何がきっかけだったの?」
はい、あの日抱きしめられたことです、とはどうしても言いたくなかった。
あの出来事は、私と望月さんだけの秘密にしておきたい。
と、私が考えていることすら、きっと理絵ちゃんには伝わってしまっているのだろう。
「分かりませんが、いつの間にかって感じです」
「ふうん、そう」
彼女は納得したようなしていないような反応だったが、そのことに気づかないふりをした。
「それで、いつ告白するの?」
当たり前のことをたずねるかのような彼女に、私は青ざめる。
「しないよ。
するわけないじゃん。
相手、望月さんだよ。
高嶺の花だよ。
好きって分かった瞬間から失恋確定じゃん」
どうせ小さな片想いで終わりを迎えるだけのつまらない結末。
彼女に今まで伝えなかった理由があったとすれば、どのみち失恋することが目に見えていたからかもしれない。
「香世ちゃんは、失恋っていう結果ばかり気にしてるんだね」
冷水を浴びせられた気がして、ぞくっと鳥肌が立った。
「どうして人を好きになれた幸せを楽しまないの?
人を好きになるって簡単なことじゃないんだよ。
もし自分が何もしないうちに、誰かが望月さんと付き合ってしまっても何とも思わないの?
結局、香世ちゃんはそこまで好きじゃないってことでしょ。
それなのに振られると考えていじけてるなんて、恋に恋しているだけじゃん。
本当に好きじゃなかったってこと。
自分が傷つくことから逃げているんだよ」
「そんなことない!」
私は叫んで思わずその場にしゃがみ込んだ。
立っていられないくらい感情が高ぶっていた。
言い返したいことは山ほどあったけど、涙があふれただけだった。
丸めた背中に乗っているリュックが重くて、肩紐が脂肪に食い込んでくる。
ギリギリと痛い。
人を好きになるのが怖かった。
どうせ振られて片想いで終わるから。
誰も私のことなんて好きになることはない。
その思いをひとりで肯定するかのように、私は食べた。
とてもたくさん。
食べ物以外の気持ちや想いも全部飲み込んだ。
振られて傷つくのはもっと怖かった。
立ち直れる自信がなかった。
ただでさえ、あまかよとの比較を自分自身が一番やめられず、それを気にしながらいっぱいいっぱいの毎日を過ごしていたのだ。
そんな余裕はなかった。
だから、恋に恋してそれで満足だった。
それ以上は深入りしたくなかったし、できなかった。
でも、理絵ちゃんに言われて気づいた。
今回はこれまでとは違う。
どうしてか望月さんに関して表面的なところでとどまれなくなっている。
彼のことを考えてばかりいる自分に戸惑ってしまう。
誰にでも優しい彼に、ひとりで絶望的な気持ちになる。
もっと彼のことを知りたかったし、私のことも知ってほしかった。
好きになってほしかった。
そのための努力が必要なら、したいと思った。
これまで味わったことのない感情に振り回されてはいるけど、嫌ではない。
さらに深く何かに入り込んでしまってもいい。
ああ、そうだったのか。
望月さん。
私、あなたのことがものすごく好き。大好き。
あなたに今すぐにでも会いたい。
いつかあなたに私の気持ちを伝えたい。
怖がりで隠れてばかりだった自分の本心をようやく見つけられた。
私は涙に濡れた顔を上げ、ずっと身体をさすってくれていた理絵ちゃんに向かって微笑んだ。
直後は事件のショックでうまく整理がつかず、家族以外に話せずにいた。
望月さんの事情を知らない家族にもすべてを説明できなかった。
理絵ちゃんは私の様子を見て無理に聞いてくることはなかったので、本当にありがたかった。
彼女はテレビで事件を知ったらしい。
見慣れた店の外観が画面に映ったとき、座っていたソファーから立ち上がってしまったと言っていた。
「香世ちゃん、話してくれてありがとう。
大変だったね。
ただ、そのときの望月さんの言動が気になるな」
「そうなんだよね」
ずっとそれを考えていた。
一体、彼は何を考えていたのだろう。
あのとき、彼には私たちとは違うものが見えていた。
あの女性の中に何を見ていたのだろうか。
「何だか、望月さんの中にとてつもない闇が潜んでいる気がするの。
望月さんの外見と性格が完璧なだけにね」
「闇?」
望月さんにおよそ似つかわしくない言葉を発した理絵ちゃんに違和感を覚えたけれど、何となく言いたいことは分かる。
「完璧すぎるものや姿に、人は不安を覚えるっていうでしょ?」
「そんなもんかなぁ」
確かに一般論としては理解できるし、あのときの望月さんの様子が変だったのは気にかかる。
そして彼に対して感じる恐怖感のようなものが、私の中に存在しているのも間違いない。
しかし、私が感じている怖さというのは、闇とはちょっと違う気がした。
もっと何というか、強がりのようなものに似ているというか。
「で? いつからなの?」
理絵ちゃんが問うてくる。
「何が」
「望月さんが好きなんでしょ?
いつから?」
「は?」
「隠しても無駄だから」
「いやいやいや、あの」
不意を突かれて的確な答えを返せず、口ごもる。
手汗が急に噴き出してくる。
彼女の目を見ることができず、視線が斜め上を向く。
我ながらごまかしたりその場をやり過ごすのが本当に下手くそだ。
「ほら、早く白状して」
理絵ちゃんは答えを分かっているはずなのに、あえて微笑みながら追い詰めてくる。
「一カ月くらい前ですかね」
素直に打ち明けた。
エスパーに隠し通せるわけがない。
「何がきっかけだったの?」
はい、あの日抱きしめられたことです、とはどうしても言いたくなかった。
あの出来事は、私と望月さんだけの秘密にしておきたい。
と、私が考えていることすら、きっと理絵ちゃんには伝わってしまっているのだろう。
「分かりませんが、いつの間にかって感じです」
「ふうん、そう」
彼女は納得したようなしていないような反応だったが、そのことに気づかないふりをした。
「それで、いつ告白するの?」
当たり前のことをたずねるかのような彼女に、私は青ざめる。
「しないよ。
するわけないじゃん。
相手、望月さんだよ。
高嶺の花だよ。
好きって分かった瞬間から失恋確定じゃん」
どうせ小さな片想いで終わりを迎えるだけのつまらない結末。
彼女に今まで伝えなかった理由があったとすれば、どのみち失恋することが目に見えていたからかもしれない。
「香世ちゃんは、失恋っていう結果ばかり気にしてるんだね」
冷水を浴びせられた気がして、ぞくっと鳥肌が立った。
「どうして人を好きになれた幸せを楽しまないの?
人を好きになるって簡単なことじゃないんだよ。
もし自分が何もしないうちに、誰かが望月さんと付き合ってしまっても何とも思わないの?
結局、香世ちゃんはそこまで好きじゃないってことでしょ。
それなのに振られると考えていじけてるなんて、恋に恋しているだけじゃん。
本当に好きじゃなかったってこと。
自分が傷つくことから逃げているんだよ」
「そんなことない!」
私は叫んで思わずその場にしゃがみ込んだ。
立っていられないくらい感情が高ぶっていた。
言い返したいことは山ほどあったけど、涙があふれただけだった。
丸めた背中に乗っているリュックが重くて、肩紐が脂肪に食い込んでくる。
ギリギリと痛い。
人を好きになるのが怖かった。
どうせ振られて片想いで終わるから。
誰も私のことなんて好きになることはない。
その思いをひとりで肯定するかのように、私は食べた。
とてもたくさん。
食べ物以外の気持ちや想いも全部飲み込んだ。
振られて傷つくのはもっと怖かった。
立ち直れる自信がなかった。
ただでさえ、あまかよとの比較を自分自身が一番やめられず、それを気にしながらいっぱいいっぱいの毎日を過ごしていたのだ。
そんな余裕はなかった。
だから、恋に恋してそれで満足だった。
それ以上は深入りしたくなかったし、できなかった。
でも、理絵ちゃんに言われて気づいた。
今回はこれまでとは違う。
どうしてか望月さんに関して表面的なところでとどまれなくなっている。
彼のことを考えてばかりいる自分に戸惑ってしまう。
誰にでも優しい彼に、ひとりで絶望的な気持ちになる。
もっと彼のことを知りたかったし、私のことも知ってほしかった。
好きになってほしかった。
そのための努力が必要なら、したいと思った。
これまで味わったことのない感情に振り回されてはいるけど、嫌ではない。
さらに深く何かに入り込んでしまってもいい。
ああ、そうだったのか。
望月さん。
私、あなたのことがものすごく好き。大好き。
あなたに今すぐにでも会いたい。
いつかあなたに私の気持ちを伝えたい。
怖がりで隠れてばかりだった自分の本心をようやく見つけられた。
私は涙に濡れた顔を上げ、ずっと身体をさすってくれていた理絵ちゃんに向かって微笑んだ。