あの文の返事が来てから、一月(ひとつき)。芽吹きが近く、昼が暖かくなってきた。
「姫様!姫様!」
「次はなんだ……?また父上でも」
「隊が帰還すると文が届きました!」

朧姫様
この度隊が帰還することが決定致しました。もうしばらくお待ちください。今しがたそちらに戻ります。
明日は晴れますでしょうか

 今文が届いたということは、もうあと一〇日程度で帰ってくるだろう。
「澄桜が……帰ってくるのか……」
 ふと文が湿り、字が滲んだ。
「姫様……!大丈夫ですか!?」
「あれ……妾……なんで……泣いて……」
 拭っても拭っても涙が止まる気配がない。
「なぜ止まらぬのだ……なぜ……なぜ……」
「姫様……」
 薫子は優しく朔を抱きしめた。

 それから一〇日と少しして隊がもう近くまで来ていると遣いが来た。
「あれは……」
 初めに来たのは遺体を運ぶ馬車。兵に出れば死者が出るのは日常茶飯事だ。まだ遺体が帰ってくるのは良い方だ。最悪、戦場に残される者もいる。
 その後ろは負傷者用の馬車。そして兵士達……
「澄桜が……いない……」
 それは薫子も気づいていた。思い立った朔は隊を追いかけるように走り出した。
「おいっ!」
「っ?!えっと……」
「……妾の名は朔、三葉の姓を持つ。朧姫とは妾である。」
「っ?!?大変な失礼お詫び申し上げます。」
 声をかけた兵士はすぐさま跪き頭を垂れた。
「ええい、そんなことどうでも良いのだ。澄桜は何処におる!」
「澄桜……分かりました。ご案内します。」

 連れてかれたのは屯所の倉庫。そこは遠征の度に負傷者でうまる。
「澄桜、」
「……んっ……は、る……よし……」
 長く艶やかだった桃色気味の茶髪は短く歪に切られていた。顔の右半分と体中に包帯が巻かれ、血で赤く滲んでいた。
「朧姫様が来てくださったぞ。」
「おぼ、ろ……ひめ、さ、ま……あぁ……み、える……まぼろ、しか……ゆ、めか……」
「澄桜……!妾はここにおるぞ!澄桜……澄桜……!!」
 朔はそっと澄桜の手を握った。藤から幹を濡らすように露が零れる。
「さ、く……さま……あぁ……いとお、しい…いと、おしい……ひめ、さ、ま……」
 手当に追われざわめく人混みで、ポツポツと木霊する桜の音。まるで、芽吹きを誘うような甘い声だった。
「あな、たに……なみだ、は……に、あいま、せん、よ……」
「では、泣かせるでない……!澄桜……澄桜……!」
「はい……澄桜……ですよ……」
 そうやってしばらく奇跡の再会を喜んでいた。