夜、月は傾き更けていくのに、何もせずただ横になっていた。夕餉を抜いてしまったが、空腹のくの字もない。
「澄桜……澄桜……」
 澄桜に会いたい。あの優しい笑顔をまた向けてほしい。大きな手で髪を結ってほしい。
「……澄桜…………妾は……そなたに……会いたいぞ……」
 無事に帰ってきてほしい。
 不意に起き上がって、机に向かった。手紙を書きたくなったのだ。しばらくあの兵士からは来ていないが、何となくそう思ったのだ。朔の手紙を澄桜が読んでいる、なんて確証はないが、澄桜に宛てて書いた。

澄桜
次、春が来たらお前が兵に出て一年になる。食事は取っているか?寝れているか?怪我していないか?妾は心配だ。どうか無事に帰ってきてくれ。妾はお前を待っている。
追伸
妾に縁談が来た。相手はお前の兄、萩玄だ。
今年は寒いな 朔

 朝には遣いを出し、一二日か一三日で返事が来た。

朧姫様へ
澄桜様は負傷者の手当でお忙しいようですが、食事や睡眠が我らと取られているので問題ないそうです。澄桜様自身、擦り傷程度の怪我で澄んでおります故、ご安心ください。
朧姫様のご縁談の話をさせていただきました。大変ご乱心されていらっしゃいましたが、朧姫様のご意思に沿うとのことでした。
姫様もお体にお気をつけてお過ごしください。
寒いですね

 相変わらず名無しの兵士からの文だった。だが、手紙の内容から澄桜の無事が確認できただけ、安堵した。
「薫子、澄桜は無事だそうだ。」
「良かったですね、姫様。」
「あぁ、良かった……」
 朔は柔く包む陽だまりのような、はたまた儚く注ぐ月光のような笑みを浮かべた。