月日が経ち、夏が過ぎ、秋を跨ぎ、季節は冬。隊が帰ってきてくる様子は無い。
「澄桜……もう一年になってしまうぞ……」
 七日に一度ほど文が届き、遣いに返事を持たせる。ただ、その手紙の中に澄桜からのものは一つもなかった。
「姫様、姫様……!」
「どうした、薫子?」
 静かに雪が降り始め、寒さが目立つようになった頃。
「帝がいらっしゃ」
「朔ちゃぁん!!元気かなぁ?!」
 高潔で孤高、それが庶民が思う帝の姿だろうが、朔は全く理解できない。見ての通り、親バカじじいである。表向きには、朔は寵姫となっているが、基本的に子供は皆好きなようだ。だた、朔への愛が異常なだけで。
「父上。急に来ると心臓に悪いから、文の一つ欲しいと言ったばかりではないか。」
「父が愛する娘に会いに来るのに文がいるの?大好きな朔ちゃんに会いたいだけなのにぃ!」
「気色悪いぞ……」
 彼はいたって普通だ。これでも帝をするくらいには真面目な人だ。
「まぁ今日はこんな雑談しに来たんじゃないんだよね。」
「え、?」
 いつもなら茶と茶菓子を食べて、後宮や内廷、兄弟や母の話をする。帝こと清和(きよかず)は朔の横に座った。
「朔ちゃんに縁談が来たんだ。」
「妾に縁談?」
「うん。相手は雪平萩玄、誰か知ってるね?」
「……啓史(けいし)兄上の……お付き……」
 啓史東宮、それはこの国の次期王の名であり、朔の兄にあたる。
「私は賛成だよ。彼はとても優秀で忠実だ。きっと良い旦那になるだろう。」
「……考える時間は?」
「ゆっくりでいい。ただ、よく考えなさい。」
 こういう時ばかりは父親らしいのが清和だ。
「もしかして、意中の相手でもいるのかい?!」
「おらぬわ!……おらぬが……」
「澄桜くんのことかな?」
「分かっているなら聞くでない。」
 もし朔が萩玄と結婚すれば、澄桜とは会えなくなるだろう。兄弟仲はいいとは言えない。
「私は……どうすれば良い……?」
「朔ちゃんの好きなようにしていい。」
 清和が朔の頭を撫でる。静かな部屋に冷たい風が入る。一方、廊下はなんだか賑やかだ。
「父上!朔のところ行くなら私も連れてってくださいと何度言ったらいいのですか!」
「ひどぉい!私も朔ちゃんに会いたいのにぃ!!話したいこといっぱいあるのよ!」
「……父上だけ、ずるい。」
「って、お父様、お姉様になんて顔させてるのですか!せっかく可愛い顔がこんな悲しげに。最低です!」
 今のですっかり朔は呆れ顔だ。確かに朔は帝の寵姫だ。ただその朔への愛は、子供にも受け継がれた。
 帝の子は五人。東宮・啓史、姫宮・千咲(ちさき)、姫宮・朔、その下に御子・弥生(やよい)と姫宮・花耶(かや)
「皆、朔ちゃんが大好きなんだねぇ。」
「父上も言えぬだろう……」
 煩く騒ぐ皇族達の中、一人佇む男がいた。ふと目をやると、顔を合わせた途端嫌らしく笑った。
「……お前か。萩玄と言ったな。」
「お初にお目にかかります、萩玄と申します。朧姫様が私をご存じだったとは大変光栄です。」
「知るも何も縁談を寄越したのはそちらだろう?」
「左様でございます。」
 頭を垂れる萩玄に対して冷たく話す。
「直ぐに返事は出ぬ。しばし待て。」
「……それは何故でしょうか?」
「口答えする」
「澄桜のことが気になるのですか?」
 皇族の言葉を遮り話すとはいい度胸だ。ただ、的確な質問である。
「お前……」
「あいつなら止めたおいた方が良」
「お前に意見など聞いておらぬ!」
「あいつは雪平に見放された落ちこぼれなのですから。」
「黙れ!!!」
 朔の瞳には涙が浮かんでいた。
「さっさと去ぬか!!……二度と妾の前に姿を現すでない……!」
「……御意。」
 萩玄はそれ以上何も言わず去っていった。
「朔……すまない。萩玄にはよく言っておく。」
「……あぁ。」
 朔は気力なく布団に寝転んだ。埋もれるまで布団を掛けた。
「疲れた……もう帰ってくれ……」
 その時ばかりは皆を照らす朧月では無い。不香の花だ。
「朔ちゃん……分かったよ。ゆっくり休んで。また来るね。」
 清和はそっと朔の頭を撫で、静かに出ていった。