その夜、朔は眠れずにいた。どこか胸がざわついて、落ち着かない。澄桜は何度も出兵しているため、こういうことには慣れてるはずなのに。
 少し風に当たることにした。春が近いもののまだまだ風が冷たい。空気が澄んでいて星がとても綺麗だった。幼い頃は澄桜とよく星を見たな、と。今頃どうしているか、と。そう考えていると、ふと澄桜のことばかりだと気づく。自分が澄桜にどれだけ依存していたのか、少々がっかりした。ただ、心地良いとも思った。
 朔は裸足で庭に出て踊りだした。なぜか踊っている時は何もかも忘れられる気がして楽だった。満月の下、月光に紛れる銀とも言える白い長髪を揺らした。病弱な朔が舞を習っているはずもなく、ただ生誕祭で踊っていたものを見様見真似でやっているだけだ。初めこそ不格好だったが、今ではそれなりの見ものにはなっている。澄桜が向かう北へ、力尽きるまで踊り続けた。
「姫様!姫様!何をなさってるのですか?!お体に障りますから早く上がってくださいな。」
「薫子……どうも上手く寝れなくて……」
 上がるなり薫子が足を濡れた布で拭いた。新しい寝巻きと温かい茶も持ってきて、肩に薄い布団も掛けてきた。
「薫子、妾は大丈夫だから」
「なりません!姫様が大丈夫でも、薫子が大丈夫じゃないのです。」
 そう言っているものの薫子は楽しそうに笑っていた。
「不思議だな。迷惑してないのか?」
「うふふ!薫子にとってはこのくらいの迷惑は嬉しいものです。私にとって姫様は主人であり、娘同然の方ですから。失言でしょうか?」
 娘同然、姫に対して失礼に値するだろうが、朔はそう思わない。
「いや、いい。」
「よかったです!少しお話しましょうか。眠くなりますから。」
「ありがとう、薫子。」
 茶を飲み切ると布団に入り、その横に薫子は座った。
「澄桜様が心配ですか?」
「そうかもしれない……澄桜のことばかり考えて、少し怖い……」
「怖いのですか……?」
「えぇ。もし帰ってこなかったらと思うと……怖いのだ。」
 薫子は優しく朔の頭を撫でた。
「大丈夫です。姫様の祈りがきっと澄桜様に届いているはずですから。」 
 薫子は自分の裁縫箱から赤い糸を取り出し、三寸ほどに切った。
「姫様?小指を出していただけますか?」
 朔の右小指に糸を巻いたのだ。
「これは……」
「この赤い糸の先が澄桜様の左小指に繋がっていると思ってください。少し安心しませんか?」
「糸の先が澄桜に……」
 もし繋がっていたら、どんなに安心するだろう。
「あぁ。なんだかすごく安心する。」
 朔は大きく欠伸した。
「眠れそうですか?」
「うん……眠く……なって……」
「明日は起こしませんから。好きなだけ眠ってくださいな。おやすみなさい、姫様。」
「おやすみ……薫子……」
 目を瞑ってすぐ、朔は夢の中に飛び込んだ。