澄桜の出立の朝、彼から(ふみ)が来ていた。

無事に戻ると約束いたします。
戻ったらまたお話しましょうね。
月が綺麗ですね 澄桜

 いつもと同じ、達筆な字に短い文章、そして「月が綺麗ですね」。
「妾を月にでも喩えているのか?いつもいつも同じことを。流石に飽きたぞ……」
「まぁ、姫様ったら。まさか捨てるのですか?」
「そんなことするものか。澄桜からの手紙はとってある。たまに読み返すと面白いものだ。」
 朔はふと微笑んだ。それはそれは柔らかい花のように。
 塀の外から馬の歩く音、金属同期がぶつかる音が聞こえる。兵士が出立したのだ。朔はサッと何かを紙に包み、外に出た。
「澄桜、!」
「、朔様……?」
「澄桜!そろそろ……ってあれ、?澄桜?」
 澄桜は朔の姿を兵士達にバラさまいと、木の影へ連れ込んだ。
「澄桜……?」
「無防備が過ぎますよ。それに、あまりに騒ぐとお体に障りますから。……文は届きましたか?」
 澄桜は朔の乱れた髪を耳にかけた。
「あぁ。すまない、書く時間がなくて、これを。」
 包をとると、そこには薄紫の玉がついた耳飾りが入っていた。
「これは……朔様のお誕生日に帝から頂いたものなのでは?こんな高い物、頂けません。まして、帝からの贈り物など。」
「使う機会がないのだ。箱に仕舞ったままではそれも可哀想だ。持っていってくれ?」
「朔様……ありがとうございます。では、私からは、これを。」
 澄桜は挿していた(かんざし)を朔の髪に挿す。
「では、またいつか。」
「気をつけて、無事に帰ってこい。」
「はい。」
 澄桜はふっと笑うと駆け足で行ってしまった。

「戻った。」
「まぁ、姫様!外出するなら言ってくださいな。薫子もう驚いて驚いて。」
「すまぬ。澄桜に会ってきた。」
 薫子は朔の髪の簪を見るなり、一層目を大きくさせた。
「これは!」
「ん?あぁ、簪か?澄桜が去り際挿してった。」
「澄桜様が……うふふ!」
「な、何を笑って……?」
 何となく淡い気持ちがくすぐったくてつい笑ってしまう。
「なんでもありません。ささ、朝餉がまだでしょう?」
 若い頃恋愛より朔を優先した薫子にとって、朔の気持ちが自分の気持ちのように感じてしまう。もっと見ていたいので、黙っていることにした。