「…………んぅ……」
「朔?」
「懐かしい夢を見た……」
「何の夢?」
「澄桜と幼い頃に月見をした時の。あの時も朧月だったのだな。」
 月日は流れ、婚礼から一〇年。澄桜は退役し、今は当主学を学びつつ、兵士の新人教育をしている。朔は持ち前の知識を生かし、時々皇族の子供達の女房をしていた。
「その話、聞かせていただけませんか?お母様!」
一桜(いお)か。寝る時にでも話してやろう。」
「嬉しい!ありがとうございます!」
 二人には一桜という名の息子が生まれていた。齢九、知的で活発な子だ。
「一桜!一桜!」
「あっ!菖蒲(あやめ)様!どうなさったのですか?」
「もちろん一桜に逢いに来たのよ!うふふっ!」
 菖蒲姫、啓史東宮の一人娘だ。齢一二、一桜を気に入っているようで、暇あればよく来ている。
「菖蒲姫、ご機嫌よう。またお兄様の目を盗んで来たのか?」
「ご機嫌よう、朧姫様。ごめんなさい。どうしても一桜に逢いたかったの。」
「別に怒ってなどおらぬ。寧ろ愚息と遊んでくれてありがとう。一桜も貴女が来るのを楽しみにしている。今度、そちらにも赴こう。」
「わぁ!嬉しいです、朧姫様!」
 少々転婆がすぎるところがあるが、朔は多めに見ていた。
「あの二人、どう思う?」
「どうも何も、いい未来しか見えぬ。」
「だね。」

 桜の木の下、無邪気に遊ぶ子供達を見つめる夫婦。この時代珍しい恋愛結婚は、今後御伽噺として語り継がれることになる。

 これは孤独を強いられる姫と孤独を嫌う兵士の愛し愛される物語。

 もう一〇年経って二人が婚礼をあげるのは、また別の話である。