「さ、朔様……お体に障りますから」
「もう昔ほど弱くない。好きでやってるんだ。黙っておれ。」
 あれから朔は毎日のように澄桜の見舞いに行っては看病した。徐々に回復を見せる澄桜の姿にとても安心していた。
「もう少し良くなったら髪を綺麗にしよう。」
「朔様、」
「なんだ?」
「……もう来てはいけません。姫様には素敵な殿方がいるではありませんか?」
 朔の手が一瞬止まった。澄桜は俯いて目をつぶった。
「あやつとの縁談は白紙にした。」
「え、……?」
「元々受けるつもりはなかった。何だ?もしかして受けるとでも思っていたのか?」
 涙で潤む桜色の瞳を朔に向ける。
「な、何故泣いてるのだ……!」
「その……いや……何でもありません……」
 朔は澄桜の涙を拭った。
「妾は分かっておるからな?あの文は澄桜なのだろう?」
「っ?!な、なんのことでしょう……戦地では忙しかったので文など」
「ではあの字は何だ?結びも、到底庶民がするとは思えぬ。薫子も言っていたぞ。『教養のある方がする』とな。兵士は庶民が多い。お前のような上流貴族はほぼいないだろう。」
「う、……」
 朔は虚弱な体質故に、書物を好み博識だ。離宮にある物は疎か内廷にある物も読み漁らんばかりに読む。
「内廷、というより千咲姉様が持っていたんだ。澄桜がよく結びで使う言葉は『隠語』というらしいじゃないか。」
「そこまで知ってるのですね……」
「千咲姉様が持っている書物だ。庶民は到底持っておらぬだろうな。まして字が読めない人もいるのに。」
「朔様は本当に博識ですね。……そうです、あの文は全て私です。」
 あの違和はあっていた。
「朔様、そこまで知っていて言葉の意味を知らない、なんてことありませんよね?」
「そ、それは……///」
 頬を紅色に染めて恥ずかしそうに袖で顔を隠した。
「今日は月が綺麗ですね。」
「まだ昼だ。何を言っておる。……分かっておろうに///」
「つれませんね……私は朔様の言葉として聞きたいのです。」
 澄桜は朔に顔を近づける。矢が右目に当たり失明してしまって眼帯をつけている。
「……死んでも、いいわ……///」
「嬉しいです、朔様。私を選んでくださって。」
「そんなに畏まるな……妾は昔のように話したい。」
 顔が近いことをいいことに朔は澄桜の額に口付けした。
「な、……///」
「早う治せ。それでまた離宮に来い……///」
「っ……///あぁ、分かった。」
 軽い言葉が一つ聞こえる。ふと嬉しかった朔は笑みを零した。