日脚も短くなり、秋と呼ばれる季節、小珠と空狐の婚姻の儀が行われた。五節句のうち九という最も縁起の良い数字が重なるその日は、重陽の節句と呼ぶらしい。
 花嫁姿となり、空狐の隣を歩く。今朝から気狐が物凄く時間をかけて着飾らせてくれた。前後には妖狐の一族がずらりと並んでおり、長蛇の列ができている。町の中心部をぐるりと一周し、象徴の大木に二人で捧げ物をするまでが、この町の婚姻の儀式らしい。
 一般の妖怪たちも、この日ばかりは行列を見に外へ出ていた。その中には二口女もいて、海坊主の隣で微笑を浮かべながら小珠たちを見守ってくれていた。
 歩くと結構な距離なので、重たい色打掛《いろうちかけ》を身に纏ったままでは少し疲れた。屋敷に戻る頃、小珠はふう~と大きく息を吐く。その様子がおかしかったのか、銀狐に笑われた。

「なんや、色気ない花嫁さんやなあ」
「そんな……私、こんなにお化粧してても色気無いですか……?」

 悲しい気持ちになった。すると、銀狐がまたぷっと噴き出す。

「うそうそ。かわええよ」

 そう言って小珠の前髪を手でかき上げた銀狐は、小珠の額に口付けをした。

「ほんまに、奪ったってもええくらい別嬪さんやわ」

 ぽかんとすることしかできない小珠の横から、空狐が銀狐を蹴り飛ばした。

「僕の花嫁を僕の目の前で堂々と口説くとは、度胸がありますね」
「いたたた痛いって空狐はん。冗談やんかぁ~」
「貴方の場合完全に冗談とも思えないのが怖いんですよ」

 銀狐はけらけらと笑い、小珠たちを招くように宴の間の戸を開く。ここは最近修繕された間で、以前よりも広くなった。
 今夜は宴の間で祝宴が行われる。既に豪華な料理が準備されていた。部屋の奥には天狐が機嫌よく座っている。ここで空狐と酒を呑み合えば、正式に結婚が成立することになる。
 いよいよ本当に花嫁になってしまう、と緊張で頬を両手で押さえながら、小珠はふと気になったことを空狐に伝えた。

「あの、私、空狐さんに言われていないことがあります」
「言われていないこと?」
「好きだと……言ってもらえていません」
「…………」
「あっ、いや、だから言えということではなくてですね。恋というものが分からないまま、私のことが好きでもないうちに婚姻の儀式まで済ませてしまってよいものだったのだろうかと心配になって……」

 空狐が沈黙したので慌てて訂正する。
 勿論、これから空狐を振り向かせる努力はするつもりでいる。けれど、一族の繁栄に必要な妖力を持つからという理由だけで空狐とさっさと結婚してしまうのは卑怯ではないかと思った。小珠は嬉しいが、空狐はどうであるか分からないからだ。

「はっきり言わないと分かりませんか」

 空狐がずいっと真顔で顔を近付けてくる。近くで見るとその美形っぷりになお緊張した。

「僕が慎重になったのは、いくら決まった婚姻であるとはいえ、好きでもない女性と結婚することが嫌だったからです」
「な、なるほど……?」
「好きでなければこんな長い儀式に付き合っていません」
「……と言いますと?」
「……わざと言わせようとしてるでしょう。――好きですよ。小珠様。きっと僕の初恋です」

 黒五つ紋付羽織袴姿の、いつも以上に格好良い空狐に真っ直ぐな目で見つめられ、小珠はぐっと口籠る。とんでもない破壊力だ。長年好きだった人にこのように言ってもらえるとは、なんという幸せだろう。

「僕にばかり聞いてきますが、小珠様はどうなのですか」
「……それは、以前お伝えした通りで」
「はっきり言ってくださらなければ分かりません。この短い間に心変わりした可能性もありますし」

 分かっているくせに意地悪だ。

「……好きです。私も、空狐さんが初恋でした」

 照れつつもそう言うと、空狐は満足げに笑った。

「なら、貴女は今日から正式に僕の花嫁です」

 手を引かれ、座った場所は、多くの瑠狐花が飾られていた。

「やはり、この花は美しいですね」
「はい……咲いて良かったです」
「瑠狐花が咲いたおかげで、町は誇りと活気を取り戻しています。貴女のおかげですよ、小珠様」

 そう言ってもらえると、小珠も、小珠の中の玉藻前も、自分のしたことを誇れる気がした。小珠はえへへと得意げに笑う。

「来年は祭りができますね。幻影じゃない、本物の瑠狐花で!」

 沢山花びらを降らせよう。
 天国のキヨに見つけてもらえるくらい、沢山の花びらを。




 【完結】