――わたしが公表した篠沢商事のハラスメント問題は、しばらくの間世の中の注目を集めた。当日には株価も下がり、SNSでも騒然となっていたけれど、公表に踏み切ったわたしの(いさぎよ)さが評価されてすぐに落ち着いた。


 その後は株価も安定して新年度を迎え、新入社員の挨拶もひととおり終えた四月三日。わたしの誕生日は平日、水曜日だった。

「――桐島さん、今日は夕飯どうしようか?」

 夕方六時ごろ、一日の仕事を終えてOAチェアーの大きな背もたれに体を預けて伸びをしながら、わたしは貢に訊ねた。

 父の代まで行われていた「会長のお誕生日を祝う会」はわたしの代で廃止することが決まっていたけれど、社員のみなさんからは「会長、お誕生日おめでとうございます」というお祝いの言葉をもらえたし、貢なんかは朝一番に「おめでとう」を言ってくれた。
 でも、彼からのプレゼントはまだもらえていなかったし、誕生日くらいはどこか特別感のあるお店で食事をして、二人でお祝いしたいなぁと思っていた。

「それでしたら、僕の方で決めて、すでに予約してある店があるのでそこでディナーにしませんか? 僕からのお祝いということで」

「……えっ? それって支払いも貴方がしてくれるってこと?」

 本当にいいのかな……とわたしは胸が痛んだ。「ディナー」という言葉を使ったということは、それなりに高級なお店のような気がしたのだ。

「もちろんです。たまにはいいでしょう? 僕に花を持たせると思って」

 彼は笑顔で頷いた。もちろん彼にも沽券(こけん)というものはあるだろうし、「彼女にカッコいいところを見せたい」という男性ならではの気持ちもあっただろう。そこは素直に甘えるのが〝できた彼女〟というものなんだろうなとわたしは考えた。

「うん、そうだね。ありがと。……じゃあ、お言葉に甘えて」

「ああ、そうだ。ちゃんとプレゼントも用意してありますからね。その時にお渡しします。楽しみにしていて下さい」

「やったぁ♪」

 明らかな恋人同士の甘いやり取りをしながらも、わたしは小さな不安に駆られていた。それは、わたしと貢の関係――恋愛関係にあるということが、すでに周りから知られていたということだ。

「――話変わるけど。わたしたちの関係って、社内のどれくらいの人たちにバレてるの?」

「はい? ……ええと、少なくとも秘書室のみなさんと、社長はお気づきになっているかと」

「やっぱり……」

 想定の範囲内だったとはいえ、そんなに知られていたのか、とわたしは愕然となった。

「ああ、ですが小川先輩はだいぶ前からご存じですよ」

「えっ、なんで!?」