「――ただいま……」

「絢乃、おかえりなさい。――あら、なんか顔赤いけど大丈夫? 熱でもあるの?」

 玄関でわたしを出迎えてくれた母は、わたしの顔が真っ赤になっていたことに目ざとく気づいた。

「あ、ううん。そういうんじゃないから大丈夫。ただ……」

「ただ?」

 わたしは貢にキスされたことを母に打ち明けようとして思いとどまった。母もわたしが彼に恋をしていることは知っていたけれど、果たして彼の方の気持ちまで知っていたかどうかは分からなかった。もし万が一、打ち明けたことで彼に不都合なことが起きてしまったら……?

「…………うん、まぁ。その……何でもない。桐島さんとみんなにはちゃんとチョコあげられたから。あ、これね、学校の後輩の子たちからもらったチョコ」

 ごまかすように、小さめの紙袋を母に差し出した。

「あら、いいの? ……これだけ?」

「ううん。もっとたくさんもらったけど、ここにあるのは手作りの分だけ。市販品は会社の給湯室に保管してもらうことにしたの」

「そうなのね。じゃあ、夕食後のデザートに史子さんと寺田と四人で頂きましょうか。絢乃、お腹空いてるでしょう? もう夕食にしてもらう? 今日はクリームシチューですって」

「うん……、そうしようかな。部屋で着替えてくるね」

 わたしは家に帰ってからずっと、母とも目を合わせられなかった。

「そういえば、昭和のロックバンドの曲によく似た状況の歌詞があったな……」

 里歩が好きな曲で、わたしもストリーミングで聴かせてもらったことがある。この時のわたしの状態は、あの歌詞と見事にシンクロしていた。


   * * * *


「――で? なんでアンタ、そこで告らなかったかな……。っと、おっしゃ、ストライク!」

 翌日の土曜日。わたしは午後から里歩に誘われて新宿のボウリング場にいた。彼女はここでも運動神経のよさを発揮(はっき)して、ストライクやスペアを量産していた。

「だって、気が動転しちゃったんだもん、それどころじゃ……、あー……」

 対いてわたしのヘタクソな投球は見事に溝へ吸い込まれていった。ピンが倒れたとしても、せいぜい端っこの二~三本くらい。そのせいでわたしのスコア表には、数字よりも「(ガター)」の文字の方が多かった。

「アンタってボウリングもダメダメなんだね」

「はいはい、どうせわたしは運動オンチですよー。ホント、里歩が羨ましい」