海斗たち四人は特急列車に乗り込み、隣県にある座橋市を目指した。

 朝食として購入した駅弁を楽しみつつ談笑していたら、あっという間に目的の駅に着いた。
 ここからは、呪いを解く儀式に必要なものを調達していく。

「まずは塩を買って、お饅頭作りができるお店に向かう。お昼ご飯を食べたら、川に綺麗な水を汲みに行って、夕方には宿にチェックイン。今日の流れはこんな感じだよ」

 スマホに書き込んだスケジュールを確認しながら、未空が言う。

「今夜は温泉でしっかり身を清めて……明日、いよいよ『深水山(みすみさん)』に登る。一泊二日しかないから、寄り道しないで行こうね」

 雷華と翠が「はーい」と答える。
 こういう場面において、未空のリーダーシップは本当にありがたかった。

「それじゃあ、早速塩を買いに行こう。この先に商店街があるから、そこで買えるはずだよ」

 未空を先頭に、一行は儀式の準備へと歩き出した。



 未空の時間管理のお陰で、旅は予定通りに進んだ。
 商店街にある大きな食料品店で近海から採れた塩を購入し、そのまま近くの和菓子屋で酒饅頭の手作り体験に臨む。未空が事前に予約をしていたため、案内もスムーズだった。

 用意された饅頭の生地を捏ね、一人三個ずつに切り分けてから、餡を包む。
 熱々の生地に苦戦しながら、雷華は一つだけ、お供え物用に塩を混ぜたものを作った。

 しかし、発酵させる行程で、どれが塩入りの饅頭かわからなくなってしまった。
 おろおろと慌てふためく雷華。何しろ、塩の入っていない残り二個をおやつに食べようとしていたのだ。誤って塩入り饅頭を食べてしまっては、塩っぱいだけでなくお供え物を失うことになる。
 該当のブツがわからない以上、彼女が作った三個はすべてお供え物にするより他なかった。

「あはは。これじゃあ神さま相手にロシアンルーレットしかけてるみたいだね」
「ぶふっ」
「翠っ、笑うな! うわーん! おまんじゅう食べたかったのにぃ!」
「そう気を落とすな、鮫島。俺が作ったので良ければ全部やるから」
「いらないわよ! あんたが作ったのなんか……っ」

 と、否定で返す雷華だったが、蒸し上がった海斗作の饅頭を目にし、絶句する。

 艶々と光り輝く、玉のような饅頭……
 みな同じ生地から作ったはずなのに、海斗のものは表面が異様になめらかで、まるで熟練の職人が作ったような、見事な仕上がりだった。

「素人でこんだけ上手に作る子は初めて見たよ。和菓子作りの経験でもあるのかい?」

 作り方を指導した店員が感心して言うが、海斗は「いえ、たまたまです」と謙遜する。
 謎の器用さを発揮する海斗に、雷華はわなわなと震えるが、

「仕方ない。鮫島がいらないと言うなら、俺一人で食べるとするか」

 と、美味しそうな自作饅頭を見せつけるように言うので……雷華は堪らなくなり、

「だ、だめぇっ! いらなくない! 一個でいいからちょうだいよぉ!」

 泣きそうな顔で、必死に否定した。



 饅頭作りを無事に終え、昼食を済ませると、四人は再び電車に乗り込んだ。
 今夜泊まる宿を目指しつつ、近くを流れる川で儀式に使う水を採取する予定だったのだが、

「見て見て。ここから二駅先に滝があるんだって。せっかくだし、滝の水を採りに行かない?」

 雷華がスマホから得た情報を元に、そう提案した。
 未空はその画面を暫し確認し……

「……うん。駅からも遠くないみたいだし、いいんじゃない? 行ってみようか」

 と、雷華の提案にゴーサインを出した。


 ……が、結果的にはこの判断が、雷華本人に災いを齎らすこととなった。

 辿り着いた滝は、スマホの画像から想像していたものの何倍も迫力があり、落水の勢いが猛烈だった。
 持参した水筒に水を汲もうとすると、飛沫がバチバチと全身に降り掛かる。

「ぎゃーっ! 無理! 溺れる!」

 地上にいながら溺れるという雷華の表現は、言い得て妙だった。
 視界いっぱいに広がる飛沫の中、雷華は果敢に水を汲もうと奮闘する。
 やがて、

「──どう?! 結構汲めたと思うけど!」

 びしょ濡れになった雷華が水筒を手に戻って来た。
 翠が受け取り、水筒を振ってみるが……

「……ぜんぜん入ってないよ。これじゃ足りない」
「そんなぁ! 仕方ない、もう一度……!」

 と、再び飛沫の中へ戻ろうとするので、

「待て」

 海斗が、すかさず止める。
 そして、着ているパーカーを脱ぎ、翠の手から水筒を奪うと、

「……俺が行く。鮫島は……ここでじっとしていろ」

 濡れたブラウスが張り付き、下着が透けている雷華にパーカーを羽織らせながら言った。