未空と、見送りに来た女将に礼を述べ、海斗たち三人は『つるや旅館』を後にした。
そして長い坂を降りたところで、三人も解散する。
「そんじゃまた明後日、学校でね」
「うん、ばいばい」
「二人とも気をつけてな」
雷華と翠を見送り、海斗は自宅を目指し歩き出す。
祖父母に縁のある旅館を、この目で見ることができた。
発表のための取材も無事に完了した。
何より、未空の本音を引き出し、思い込みを解くことができた。
嬉しそうな雷華たちの笑顔を思い出し、海斗は充足感に包まれる。
「残すは……鮫島の呪いだけだな」
そう。
残る問題は、雷華の『否定の呪い』だけだった。
イエスマンだった自分。
絵の上手さにしか己の存在価値を見出せずにいた翠。
二番目でいることに囚われていた未空。
これらは全て、行き過ぎた『思い込み』が原因だった。
しかし、雷華は違う。
彼女を縛っているのは、本物の『呪い』だ。
対話や本人の意思だけではどうにもならない。超常的な現象故、超常的な方法で対処しなければならないはずだ。
(しかし、例の神社の『呪い』に関する情報は相変わらず見つからないし……どうしたものか)
歩きながら、海斗が考えを巡らせていると……
ズボンのポケットで、スマホが振動した。
取り出し確認すると、画面にはメッセージ受信の通知。
送り主は、未空だった。
『ごめん。雷華と別れたら、もう一度うちに来てもらえるかな? 話したいことがある』
海斗は、足を止める。
未空の悩みは解決したかのように見えたが、まだ何か問題があったのだろうか。
しかも、雷華がいる場では言えない内容ということか?
海斗は『今から向かう』とすぐに返信をし、来た道を戻り始めた。
『つるや旅館』へ続く坂道を上ると、旅館の敷地に入る手前に、未空が立っていた。
「ごめんね。わざわざ戻って来てもらって」
申し訳なさそうに謝る未空。
その表情は、少し強張っているように見えた。
「大丈夫だ。それで、話っていうのは?」
「翠ちゃんも呼んでいるから、揃ってから話すね。今、頑張って上って来てくれているから」
そう言われ、海斗が坂を見下ろすと……一歩ずつ、懸命に坂を上ってくる翠の姿が見えた。
「ぜぇ……お、お待たせ」
やっとの思いで坂を上り切る翠。
未空は、ますます申し訳なさそうに表情を曇らせる。
「本当にごめん……商店街だと雷華や風子さんに見つかる可能性があるから、来てもらうしかなかったんだ」
「どうやら、鮫島には聞かれたくない話のようだな」
「そう……今から話すのは、雷華に纏わること。雷華の……呪いについての話だよ」
「まさか、呪いを解く方法が見つかったのか?」
「ううん。呪いの解き方はわからない。けど……雷華がどうして呪いにかかったのか、その真実を、二人に話そうと思って。これからは、本当のことを話すって決めたから」
「真実って……鮫島は神社にある石像を壊して、縁結びの神さまを怒らせたから呪いにかかったんだよな?」
海斗が聞き返すが、未空は首を横に振る。
そして、
「違うの。本当は、あの子に『異性を否定する呪い』をかけたのは………………私なの」
そう……思いもよらぬ言葉を、口にした。