「同じ部活の友だちが、健臣の事が気になっているらしいんだけど」
 学校終わりの帰り道、茜色に染まる街中で自転車を押しながら歩いていた香村は隣を歩く吉野六花(よしのりっか)の言葉に思わず立ち止まった。特に一緒に帰ろうと約束していたわけでは無く、たまたま道中一緒になっただけである。
「どんな子?」
 気になる、とはつまりそういうことだろうか。人並みに思春期真っただ中である香村は内心浮足立ちそうな気持ちを抑え込み努めてクールを装った。
「聞かない方が良いよ、きっぱり諦めるって言ってたから」
「えっ、何で?」
 装ったクールはすぐに剥がれ落ちた。幼稚園の頃からの付き合いである六花の前では香村は何も装えやしないのだ。
「なんでって……まあ、あれだけ毎日あなたに全力で愛情をアピールしている人がいれば告白する気も起きなくなるでしょう」
 ああ……と香村は理解してしまう。どう考えても二年生で同じクラスになってから毎日のように香村を賑やかに口説いてくる廣川の事だろう。
 口説かれているという自覚は、鈍いと言われがちな香村にもあった。だがいまいち彼が何を考えているのかわからないのだ。そもそも、同じクラスになるまで接点も無かったはずなのだから。
「残念ながら高校で彼女をつくるって目標は厳しそうだね」
 六花は形の良い唇を笑みの形に歪めて楽し気に笑う。
「……まだわからないだろ」
 悔し紛れの言葉も彼女には効かない様子で、黒く艶やかな髪を揺らしながらそれはそれは楽し気にひとしきり笑った後に声を潜めた。
「これは勘だけどね……健臣はあんまり彼を甘く見ない方が良いかもしれないよ。これはあなたに女の子を近づかせない戦略かもしれないから」
 どきりとするほど妖艶な忠告に、香村は一瞬言葉に詰まった後に深々とため息をついた。

 想像以上に、廣川は策士なのかもしれない。