「ママ! 今日はカボチャの煮物を作るぞ!」

 かれこれ一ヶ月経過した。四月の中頃から本格的に始まった大学生活にも慣れてきて、いくつかサークルにも誘われている。入らないけれど。マヒロさんは自分の顔ぐらいの大きなカボチャを冷蔵庫の野菜室から取り出して、瞳を爛々と輝かせながら祖母に話しかけている。祖父が単身赴任期間を終えて四方谷家に戻ってくるまでに〝ママの味〟をマスターするのが目標だと意気込んでいた。

 というか、マヒロさんは『人類を滅ぼす』と息巻いていたのにどういう風の吹き回しかと訊けば「地球上に我とタクミの二人きりになるのだから、タクミには健康に気遣って長生きしてもらわねばならない」とさも当然のように答えられた。マヒロさんがどういう手段を用いて人類を滅ぼすのか教えてもらっていないけれど、人間が食べられるものを残してくれる形になるのな。

 「タクミくんも手伝う?」

 所在無げにリビングから様子を窺っていたら祖母に気付かれてしまった。マヒロさんが家に上がり込んでから、以前よりも話しかけてくるようになった気がする。おそらくは元来の性格が出ているのだろう。書類上は俺の祖母だから祖母としていて、呼びかける時には「おばあさん」と呼んでいるけれど、外見の年齢からすると祖母というより母親と偽ったほうが話が通じやすい。まだ五十代後半だし。
 とはいえ、俺までもが祖母を「ママ」とは呼べないな。いくらなんでもそりゃないよ。

 「ケガでもしたら大変だから、出来上がりを待つのだぞ」

 包丁の切っ先を俺に向けながら、ふんふんと鼻を鳴らすマヒロさん。真尋さんは料理上手だったし、今から学ぼうとしているカボチャの煮物もたびたび食卓に上がっていたけれど、マヒロさんは「基礎から学び直したいぞ!」と祖母にベッタリだ。祖母も嬉しそうだからいいか。

 父親が真尋さんと再婚する前の参宮家では、父親の仕事場であるところのコンビニで廃棄になった弁当ばかり食べていた。たまに学校で弁当が必要になる時には、弁当箱にコンビニの惣菜を詰め直されたものを持っていく。俺の記憶にある限りで、手料理が出てきたことはなかった。レンジで温めるってのが『調理』に含まれるんなら、まあ、ほぼ毎日だったけれど。

 「手伝いたいところだけど、これから人に会う約束があって」
 「ふむ」
 「あら、お友達?」

 お友達なら『人に会う』とは言わないだろ。

 俺は今から神佑大学への入学の決め手となった弐瓶柚二教授に会ってくる。学内で遭遇しないなと思っていたら、別のキャンパスに研究室があるらしい。授業も三年生以降ではないと受けられないらしいし。

 ちなみに学生の間ではそのお名前よりも〝デカ乳〟だとか〝エロボディ〟だとかの身体的特徴のほうが有名で、それ目当てで履修を決める輩も多いらしい。ひどい話だよ。俺が言えたことではないけれど。

 彼女に愛の告白をした人数は両手では足りないぐらいで、ことごとく破れ去っているのだとか。

 まあ、調べられる範囲で過去を掘り返しまくった俺から言わせてもらえば「断られるに決まってんだろ」と笑い飛ばしたい。下心ありありで近づいてくるようなアホはその近づいてくる段階でバレバレで、お見通しなのだろうな。

 「我もついていくぞ!」

 マヒロさんは握っていた包丁をまな板の上に置いて、エプロンを取り外し始めた。カボチャの煮物を教わるのじゃあなかったの。祖母も困惑している。

 「そのお友達とやら、よもや女ではあるまいな?」

 だからお友達ではないって。女ってのは間違っていないけれど。はっきりと訂正しておいたほうがいいか。

 「弐瓶教授に会ってくる。前に話したことあるだろ」

 「タイムマシンの研究をしているのだったな? ならば、なおさら会わねばなるまいて」

 なんでそうなるのか。祖母は祖母で「あら、タイムマシン?」とそちらに興味を示している。

 「どこに母親同伴で教授に会うやつがいるんだよ……」

 「いいではないか。息子が将来お世話になる教授に、手土産を持ってご挨拶せねば」

 「将来ねぇ」

 そのまま大学院に進学して、弐瓶教授の下で研究するのも悪くはないかもしれない。俺にも戻りたい過去はあるし。

 あの事故が起こる前に行って、ひいちゃんを救いたい。

 「カボチャの煮物レッスンはまた後日として、ついていってもいいだろうか?」

 すっかり行く気満々のマヒロさんが、ようやく祖母にお伺いを立てる。勢いに押し負けた祖母は「そうね。カボチャは逃げないものね」と納得してくれた。