久しぶり、に対して「そうか?」とマヒロさんの顔でせせら笑う。
「我はずっとタクミを見ていたぞ。いろんなところから」
そう続けたのは、アンゴルモアではなくて弐瓶教授だった。弐瓶教授は我とは言わない。――俺が弐瓶教授だと信じていた人は、人間ではなくなっていた、ってことか。一色京壱と再会したがっていたあの弐瓶教授は、どこにいなくなってしまったのだろう。あるいはもう、タイムマシンに乗って、会いに行ってしまっているのかな。それならそれでいいか。弐瓶教授がやりたかったことができてよかったね、って感じ。出発する前に俺へ一言ぐらいあってもいいじゃん? とは思う。薄情だからな。
「フランソワの協力もあって、オルタネーター計画は大胆かつ迅速に、ワールドワイドに展開できた。感謝するぞ!」
マヒロさんの姿で、七三メガネの肩をバシバシと叩く。五代さんは、フランソワさんを政府関係者としてだけではなくて『宇宙人』としても扱っていた。フランソワさん自身も、アンゴルモアを『知り合い』と言っていた。
「各地にオルタネーターを派遣し、人間の仕事に従事させる。すると、我にはその知識が集まってくるのだぞ! 我はつい先程までオーストラリアにいたのだが、フランソワに呼ばれて飛んできた!」
「……すごいな」
「我は地球上のありとあらゆる国に同時に存在する。全てのオルタネーターは、我自身だぞ!」
もうわけがわからない。スケールについていけないよ。まあ、最初に「人類の滅亡」を掲げていたし、裏では着々と進んでいましたよって話か。俺はこんなバケモノに関してろくに知りもせずに、恋人同士みたいなことをしていたの?
「ユニは、我に『人は人が死んだら悲しむもの』と教えてくれた。しかし、タクミは、自身の父親が死んでも悲しんではいなかっただろう? あれはなんだ?」
事故の段階で、すでに俺に関わっていたのね。……いやさ、真尋さんと偽って接近したところが物語のスタート地点なのかと思って。もっと前から、このアンゴルモアってやつは俺を見ていたらしい。
「俺は、父親のことが嫌いだったから」
父親は俺に何をしてくれた?
参宮隼人にとっての参宮拓三は、自分自身をよく見せるための道具だったろ。
「ふむ。ハヤトはハヤトなりに、タクミを愛していたのだが」
そんなはずはない。
「どっかから見ていただけのお前に、お前に何がわかるんだよ! あいつは!」
「あー、タクミ。わかったわかった。つらかったのはわかる。今のは我が悪かった」
父親は事故でいなくなってくれた。俺は道具である必要はなくなって、俺は俺の人生を歩めるはずだったのに。四方谷家で、孫として、祖母からの『真尋さんの思い出話』を聞き流していけば、そのうち、時間が全てを押し流してくれる。真尋さんとのことは、言わなければ一生バレないし。最後まで、祖母にはバレていなかった。それでよかったんじゃあないか?
俺は、俺を〝おにいちゃん〟として、唯一、俺の身の回りで、ただ一人だけ、俺の存在価値を認めてくれたひいちゃんのことを想いながら、残りの人生を、――四方谷拓三としてでも生きていけばよかっただろ。
どこで間違えた?
父親が悪い。全ての悲しみの発端は父親にある。もし父親が、母親の資産を掠め取っていなければ、俺は捨てられることもなかったんじゃあないか。子どもである俺に罪はないじゃん。本当に、どうして、俺を見捨てて、ご自身の生まれ故郷の香港まで帰ってしまったのかな。俺を連れて行ってくれたらよかったのに。
「救ってほしかった」
苦しくて仕方ないのを隠し通して平気な顔をしている俺を見て「参宮さんのおうちは父子家庭だけどうまく回っている」と勘違いしていた周りの大人たちが憎い。助けを求めても無意味だった。みんな、俺のことなんてどうでもいいんだ。わざわざ言ってこないだけで、みんな、俺を『生まれてこなければよかったのに』って思っているんだろ。
自分だけではどうにもならないから、誰かに。
誰かに救い出してほしかった。
ずっと、この先も、俺は父親のために生かされ続けるのは嫌だったし。父親は俺に「大学を卒業していいところに就職しろ」と、何度も繰り返していた。これまで俺を育ててきたぶんを回収しようって魂胆で育てていた。俺は、俺はそんなの嫌だ。嫌いな人間が死ぬまで、その嫌いな人間に搾取され続ける人生に、意味なんてないじゃん。
「我は、タクミが真尋を愛しているものだとばかり思っていた。人間の、愛し合う行為をしていたからな。だから、真尋の姿としてタクミの前に現れたのだぞ!」
「真尋さんは、違うよ」
義理の母親として、前触れもなく俺の目の前に現れた真尋さんは、俺を好きになってはくれなかった。俺は、母親なら、息子である俺を愛してくれるとばかり信じていたもんだから、おかしな話だと思っていたけれど、――実の母親のあの反応を思い出すと、どうやらそうでもないらしい。じゃあなんで産んだの、って突き詰めていくと『生まれてこなければよかったのに』になってしまう。
どうして俺は、ここにいるの?
「マヒロとしてタクミと関わっていくうちに、どれほど我がタクミを愛しても、タクミが我を愛してくれることはないのだと気付いてしまった。我は、タクミとの子を大事に育てたかったのだが……」
今は中身の入っていなさそうな下腹部をさすっている。
「俺が愛してくれないから、真尋さんの部屋で首を吊ったの?」
「そうだぞ! タクミは、我の死にも悲しんでくれなかったが」
俺が悪いってことにしたいの?
「マヒロとして、タクミと結ばれるのはやめにした。もとより我は、地球上の人類を滅亡させるべくしてここまで来たのだから、作戦を変更したのだぞ。タクミも『いいな、それ』と言ってくれていた」
そうだった。そんなやりとりがあった。まだ一年は経っていないのに、かなり昔のことのように思えてくる。それだけ、オルタネーターの登場により世の中は様変わりしてしまった。
「オルタネーターが怪物になって暴走するのは作戦のうちなの?」
「オルタネーターが正しい運用方法を学習し、人類が生み出した文明の利器は再利用しつつ、人間を滅ぼす。我らの移住後の生活を視野に入れたいい作戦だと思うぞ! なあフランソワ!」
所在なげにしていたフランソワさんは急に話を振られて「ああ、はい」と軽い肯定を返す。オルタネーター計画、五代さんの考えていた初期案のままだったら、ここまで世の中が混乱することもなかったろうに。とはいえ、五代さんは責められない。五代さんにも考えがあって、それこそ藁にもすがる思いで政府からの援助を受けたのだろう。人間のパーツを生み出す再生医療が、宇宙人にまるっと乗っ取られるとまでは予想できまい。
「そして、タクミが愛していたのは『ひいちゃん』であろう?」
俺はひいちゃんを愛していたの? ――俺がひいちゃんに向けていたものが、愛なの?
「……どうだろう」
ひいちゃんは義理の妹で、俺を〝おにいちゃん〟で居させてくれる存在。この世でただ一人だった。俺を救ってくれる。存在価値をくれるのは、ひいちゃんだけ。
「ならば、――こうすればどうだろうか?」
アンゴルモアが真尋さんの姿から、ひいちゃんの姿に変わった。紫色の髪はそのままに、身長が低くなって、顔つきも幼くなる。こうして変わっていくのを見ると、母親と娘で似ている。まじまじとホンモノたちを見比べたことはなかったけれど。
「おにいちゃん」
オリジナルのひいちゃんと、同じ声だったのかが思い出せない。近いような、遠いような。もう少し高かったような気もするし、これで合っているかもしれない。
変化する様子を見ていたのに、俺は、……いつまで経っても、ひいちゃんにとっての『おにいちゃん』でありたい。
あのときに囚われ続けている。父親が真尋さんとひいちゃんを連れてきたあの日は、俺の記憶にこびりついて剥がれない。俺はどうすればよかったんだろう。――どうしたら、真尋さんに好きになってもらえたの? 無理かな。なんか、根本的に怖がられてたっぽいし。
「ひいちゃん」
ひいちゃんはこの世にいない。いないって、わかっている。こいつはひいちゃんとは違う。アンゴルモアがその姿を変えただけ。オルタネーターと同じ。代替品。ロクちゃんと違って、タチが悪いのは、ひいちゃんとして振る舞おうとしているところ。もう俺は『おにいちゃん』でもなんでもない。この子は宇宙人。義理の妹じゃあない。わかっているよ。わかっているけれど、それでも。
手を伸ばそうとする。
ひいちゃんそのものじゃあない、ひいちゃんの姿をしたニセモノ。
――違う。
「お前はひいちゃんにはなれない」
真尋さんにもなれなかったように。
宇宙人は宇宙人であり、人間の真似はできても人間そのものにはなれない。マヒロさんのときに学習しなかったのかな。いずれ違和感が積み重なって、綻びになる。
「拓三」
俺と同じ、いや、俺が同じ、オレンジ色の瞳。
今度はひいちゃんからオレンジ色の瞳の女性に姿が変わっていた。
俺の母親。周美雨氏。生まれたばかりの俺を、父親に押し付けて、海を渡った人。
俺はこの人に捨てられた。
この人が俺を育ててくれていたら、こうはなっていない。きっと、別の人生があった。日本にいないかもしれない。
「やり直しましょう」
母親のことは、ほとんど何も知らない。経営者だってこと、Xanaduの応接間でのわずかなやりとり、ユニによる翻訳後の言葉。それぐらい。親子として、やり直す。俺の望んでいたものとしては、いちばん正しい形……なの?
「やり直す」
――手段はあるじゃあないか。そこに。
「ここからじゃあない、過去からやり直す」
俺は銀色の円盤に向かって駆けだしていた。
「ふむ」
フランソワさんが勝手に使うなとばかりに立ち塞がろうとするのを、アンゴルモアは制止した。ユニが以前、アンゴルモアのタイムマシンでどこかに行って戻ってきた後に、それとなく使い方を聞き出している。興味はあったからさ。実際に使うかどうかはともかくとして。
その円盤の外装に触れると、中に入り込めた。
行き先は、――あの事故の日? いや。真尋さんとひいちゃんと、初めて会った日? に行っても、変わらないだろ。真尋さんはどうせ、俺のことを好きになってはくれないのだから。
生まれてこなければよかったのなら、生まれる前に戻ってやる。
行こう、1999年7の月へ。
「我はずっとタクミを見ていたぞ。いろんなところから」
そう続けたのは、アンゴルモアではなくて弐瓶教授だった。弐瓶教授は我とは言わない。――俺が弐瓶教授だと信じていた人は、人間ではなくなっていた、ってことか。一色京壱と再会したがっていたあの弐瓶教授は、どこにいなくなってしまったのだろう。あるいはもう、タイムマシンに乗って、会いに行ってしまっているのかな。それならそれでいいか。弐瓶教授がやりたかったことができてよかったね、って感じ。出発する前に俺へ一言ぐらいあってもいいじゃん? とは思う。薄情だからな。
「フランソワの協力もあって、オルタネーター計画は大胆かつ迅速に、ワールドワイドに展開できた。感謝するぞ!」
マヒロさんの姿で、七三メガネの肩をバシバシと叩く。五代さんは、フランソワさんを政府関係者としてだけではなくて『宇宙人』としても扱っていた。フランソワさん自身も、アンゴルモアを『知り合い』と言っていた。
「各地にオルタネーターを派遣し、人間の仕事に従事させる。すると、我にはその知識が集まってくるのだぞ! 我はつい先程までオーストラリアにいたのだが、フランソワに呼ばれて飛んできた!」
「……すごいな」
「我は地球上のありとあらゆる国に同時に存在する。全てのオルタネーターは、我自身だぞ!」
もうわけがわからない。スケールについていけないよ。まあ、最初に「人類の滅亡」を掲げていたし、裏では着々と進んでいましたよって話か。俺はこんなバケモノに関してろくに知りもせずに、恋人同士みたいなことをしていたの?
「ユニは、我に『人は人が死んだら悲しむもの』と教えてくれた。しかし、タクミは、自身の父親が死んでも悲しんではいなかっただろう? あれはなんだ?」
事故の段階で、すでに俺に関わっていたのね。……いやさ、真尋さんと偽って接近したところが物語のスタート地点なのかと思って。もっと前から、このアンゴルモアってやつは俺を見ていたらしい。
「俺は、父親のことが嫌いだったから」
父親は俺に何をしてくれた?
参宮隼人にとっての参宮拓三は、自分自身をよく見せるための道具だったろ。
「ふむ。ハヤトはハヤトなりに、タクミを愛していたのだが」
そんなはずはない。
「どっかから見ていただけのお前に、お前に何がわかるんだよ! あいつは!」
「あー、タクミ。わかったわかった。つらかったのはわかる。今のは我が悪かった」
父親は事故でいなくなってくれた。俺は道具である必要はなくなって、俺は俺の人生を歩めるはずだったのに。四方谷家で、孫として、祖母からの『真尋さんの思い出話』を聞き流していけば、そのうち、時間が全てを押し流してくれる。真尋さんとのことは、言わなければ一生バレないし。最後まで、祖母にはバレていなかった。それでよかったんじゃあないか?
俺は、俺を〝おにいちゃん〟として、唯一、俺の身の回りで、ただ一人だけ、俺の存在価値を認めてくれたひいちゃんのことを想いながら、残りの人生を、――四方谷拓三としてでも生きていけばよかっただろ。
どこで間違えた?
父親が悪い。全ての悲しみの発端は父親にある。もし父親が、母親の資産を掠め取っていなければ、俺は捨てられることもなかったんじゃあないか。子どもである俺に罪はないじゃん。本当に、どうして、俺を見捨てて、ご自身の生まれ故郷の香港まで帰ってしまったのかな。俺を連れて行ってくれたらよかったのに。
「救ってほしかった」
苦しくて仕方ないのを隠し通して平気な顔をしている俺を見て「参宮さんのおうちは父子家庭だけどうまく回っている」と勘違いしていた周りの大人たちが憎い。助けを求めても無意味だった。みんな、俺のことなんてどうでもいいんだ。わざわざ言ってこないだけで、みんな、俺を『生まれてこなければよかったのに』って思っているんだろ。
自分だけではどうにもならないから、誰かに。
誰かに救い出してほしかった。
ずっと、この先も、俺は父親のために生かされ続けるのは嫌だったし。父親は俺に「大学を卒業していいところに就職しろ」と、何度も繰り返していた。これまで俺を育ててきたぶんを回収しようって魂胆で育てていた。俺は、俺はそんなの嫌だ。嫌いな人間が死ぬまで、その嫌いな人間に搾取され続ける人生に、意味なんてないじゃん。
「我は、タクミが真尋を愛しているものだとばかり思っていた。人間の、愛し合う行為をしていたからな。だから、真尋の姿としてタクミの前に現れたのだぞ!」
「真尋さんは、違うよ」
義理の母親として、前触れもなく俺の目の前に現れた真尋さんは、俺を好きになってはくれなかった。俺は、母親なら、息子である俺を愛してくれるとばかり信じていたもんだから、おかしな話だと思っていたけれど、――実の母親のあの反応を思い出すと、どうやらそうでもないらしい。じゃあなんで産んだの、って突き詰めていくと『生まれてこなければよかったのに』になってしまう。
どうして俺は、ここにいるの?
「マヒロとしてタクミと関わっていくうちに、どれほど我がタクミを愛しても、タクミが我を愛してくれることはないのだと気付いてしまった。我は、タクミとの子を大事に育てたかったのだが……」
今は中身の入っていなさそうな下腹部をさすっている。
「俺が愛してくれないから、真尋さんの部屋で首を吊ったの?」
「そうだぞ! タクミは、我の死にも悲しんでくれなかったが」
俺が悪いってことにしたいの?
「マヒロとして、タクミと結ばれるのはやめにした。もとより我は、地球上の人類を滅亡させるべくしてここまで来たのだから、作戦を変更したのだぞ。タクミも『いいな、それ』と言ってくれていた」
そうだった。そんなやりとりがあった。まだ一年は経っていないのに、かなり昔のことのように思えてくる。それだけ、オルタネーターの登場により世の中は様変わりしてしまった。
「オルタネーターが怪物になって暴走するのは作戦のうちなの?」
「オルタネーターが正しい運用方法を学習し、人類が生み出した文明の利器は再利用しつつ、人間を滅ぼす。我らの移住後の生活を視野に入れたいい作戦だと思うぞ! なあフランソワ!」
所在なげにしていたフランソワさんは急に話を振られて「ああ、はい」と軽い肯定を返す。オルタネーター計画、五代さんの考えていた初期案のままだったら、ここまで世の中が混乱することもなかったろうに。とはいえ、五代さんは責められない。五代さんにも考えがあって、それこそ藁にもすがる思いで政府からの援助を受けたのだろう。人間のパーツを生み出す再生医療が、宇宙人にまるっと乗っ取られるとまでは予想できまい。
「そして、タクミが愛していたのは『ひいちゃん』であろう?」
俺はひいちゃんを愛していたの? ――俺がひいちゃんに向けていたものが、愛なの?
「……どうだろう」
ひいちゃんは義理の妹で、俺を〝おにいちゃん〟で居させてくれる存在。この世でただ一人だった。俺を救ってくれる。存在価値をくれるのは、ひいちゃんだけ。
「ならば、――こうすればどうだろうか?」
アンゴルモアが真尋さんの姿から、ひいちゃんの姿に変わった。紫色の髪はそのままに、身長が低くなって、顔つきも幼くなる。こうして変わっていくのを見ると、母親と娘で似ている。まじまじとホンモノたちを見比べたことはなかったけれど。
「おにいちゃん」
オリジナルのひいちゃんと、同じ声だったのかが思い出せない。近いような、遠いような。もう少し高かったような気もするし、これで合っているかもしれない。
変化する様子を見ていたのに、俺は、……いつまで経っても、ひいちゃんにとっての『おにいちゃん』でありたい。
あのときに囚われ続けている。父親が真尋さんとひいちゃんを連れてきたあの日は、俺の記憶にこびりついて剥がれない。俺はどうすればよかったんだろう。――どうしたら、真尋さんに好きになってもらえたの? 無理かな。なんか、根本的に怖がられてたっぽいし。
「ひいちゃん」
ひいちゃんはこの世にいない。いないって、わかっている。こいつはひいちゃんとは違う。アンゴルモアがその姿を変えただけ。オルタネーターと同じ。代替品。ロクちゃんと違って、タチが悪いのは、ひいちゃんとして振る舞おうとしているところ。もう俺は『おにいちゃん』でもなんでもない。この子は宇宙人。義理の妹じゃあない。わかっているよ。わかっているけれど、それでも。
手を伸ばそうとする。
ひいちゃんそのものじゃあない、ひいちゃんの姿をしたニセモノ。
――違う。
「お前はひいちゃんにはなれない」
真尋さんにもなれなかったように。
宇宙人は宇宙人であり、人間の真似はできても人間そのものにはなれない。マヒロさんのときに学習しなかったのかな。いずれ違和感が積み重なって、綻びになる。
「拓三」
俺と同じ、いや、俺が同じ、オレンジ色の瞳。
今度はひいちゃんからオレンジ色の瞳の女性に姿が変わっていた。
俺の母親。周美雨氏。生まれたばかりの俺を、父親に押し付けて、海を渡った人。
俺はこの人に捨てられた。
この人が俺を育ててくれていたら、こうはなっていない。きっと、別の人生があった。日本にいないかもしれない。
「やり直しましょう」
母親のことは、ほとんど何も知らない。経営者だってこと、Xanaduの応接間でのわずかなやりとり、ユニによる翻訳後の言葉。それぐらい。親子として、やり直す。俺の望んでいたものとしては、いちばん正しい形……なの?
「やり直す」
――手段はあるじゃあないか。そこに。
「ここからじゃあない、過去からやり直す」
俺は銀色の円盤に向かって駆けだしていた。
「ふむ」
フランソワさんが勝手に使うなとばかりに立ち塞がろうとするのを、アンゴルモアは制止した。ユニが以前、アンゴルモアのタイムマシンでどこかに行って戻ってきた後に、それとなく使い方を聞き出している。興味はあったからさ。実際に使うかどうかはともかくとして。
その円盤の外装に触れると、中に入り込めた。
行き先は、――あの事故の日? いや。真尋さんとひいちゃんと、初めて会った日? に行っても、変わらないだろ。真尋さんはどうせ、俺のことを好きになってはくれないのだから。
生まれてこなければよかったのなら、生まれる前に戻ってやる。
行こう、1999年7の月へ。