どれほどの災難がこの身に降り掛かろうとも、人間、生きている限りは明日が来るものだ。

 俺はXanaduで生活していくのに必要不可欠なアイテム、認証キーを取りに警備室へと向かう。弐瓶教授から「まだもらってないのん?」と突っ込まれるまで忘れていた。

 「こんにちはー」

 扉を開けた先には、四足歩行のロボットが所狭しと並べられている。こうして足を折りたたんで座っているのを見ると、動物の犬のようにも見えてきた。まさしく番犬ってことね。

 『コンバンハ』

 一台だけボディカラーが黒い警備ロボットが起動した。進行方向にカメラユニットがくっついていて、そのレンズに俺の姿が映り込む。

 「認証キーをもらいに来ました」
 『カシコマリマシタ。お名前は?』
 「参宮(さんぐう)拓三(たくみ)です」

 俺と向かい合っているモニター部分に、俺のフルネームが表示された。参宮が三宮、拓三の漢字が巧と間違えられている。音声入力の悪いところだ。これはどうやって修正すればいいんだろ。最後に直せるのかな。キーボードはないの?

 『生年月日は?』

 次の質問が飛んできてしまった。機械に人間の感情は推し量れないらしい。

 「一九九九年七月二十日」
 「へぇ……」

 機械音声ではない声が聞こえてきた。俺の答えに関心を寄せているような、そんな声だ。

 「誰かいるの?」

 俺は声を上げて、周囲を見渡す。見た感じ、白い警備ロボットしかいない。でも、さきほどの声は黒いロボットのものでもなければ白いロボットのものでもなかった。白いロボットの声は昨日Xanaduに到着した後に聞いているし。個体によって声が違うなんてことはないだろ。

 『イマセン。ト、答エロと言ワレテイマス』
 「ってことは誰かいるんじゃん。認証キーの登録方法を教えてほしいんだけどな」
 『ワタシの質問に答エテイクダケデ生成サレマス』
 「いいや、さっき、名前の漢字が間違っててさ。聞き取りじゃあなくて、キーボードで打ち込むとか紙に書くとかないの?」

 ややあって、モニターにが表示された。

 『スマートフォンのカメラで読み取ってください』

 俺は指示通りに自分のスマホを取り出して、二次元コードを読み取る。すると、認証キーの登録フォームに飛ばされた。最初からこれでいいじゃん。これを入力すればいいんでしょ?

 「あたしも認証キー、ほしい」

 先ほどの、機械音声ではない声と同じ声がした。俺はスマホから目を離して、その声の主を見る。――危うく、スマホを落としそうになった。

 「ひいちゃん……?」

 参宮(さんぐう)一二三(ひふみ)がいた。ここにいるはずがない。髪を、高いところでツインテールにしている。ひいちゃんは、三月九日に事故で亡くなった。けれども、今、俺の目の前にいる。こんな体操着みたいな服を持っていた記憶はない。だから、ひいちゃんではない。でも、背格好の酷似した、この子は一体。

 『オルタネーターには発行できません』
 「なんでだよぉ」
 『ソウイウ規則とナッテイマス』

 オルタネーター。……そうか。映像では、ウナギ屋で働く女性しか見られなかったけれど、こんな小さい子もいるのか。
 オルタネーター計画で、オルタネーターが人間の代わりの働き手として作り出しているものならば、労働力としての価値の低い子どもは作らないんじゃあないかな。同じ製造コストなら成人男性を量産したほうがいいだろ、ってド正論が頭をよぎるけれど、この子はどうやらオルタネーターらしい。

 「おにーさん、参宮拓三っていうの?」
 「ああ、うん」

 ひいちゃんの見た目で「おにーさん」と呼びかけられると、一瞬、脳がバグりそうになる。いや、この子はひいちゃんじゃあない。ひいちゃんは、もう、この世界にはいないじゃん。どれほど似ていても、この子はひいちゃんのニセモノで、ホンモノのひいちゃんじゃあない。つまり、俺の義理の妹じゃあない。オルタネーターだ。わかっている。

 「認証キーがないと、いろんなところに入れなくてさ。あたしは、オルタネーターとして、みんなの役に立ちたいんだ。ここのいろんな設備を使えるようになりたいし、もっとたくさん勉強したい」

 俺の知っているひいちゃんは五歳児で、オルタネーターじゃあないし、ここまで向上心があったかというと、……好奇心はあったと思うけれども、まあ、ひいちゃんとは違う。ただただ顔が、とても似ているだけの代替品(オルタネーター)。ニセモノは、似せものでしかない。ひいちゃんなら、将来的には真尋さんのような美女に成長していたんだろうな。そんな未来は来なかったけれど。

 「それなのに、こいつときたら『オルタネーターには発行できません』の一点張りなんだぜ。頭固いよなァ。ロボットだけに」
 『何度来テモ変ワリマセン。ソウイウ規則とナッテイマス。例外はアリマセン』
 「あたしは大天才なんだから例外だろうが」

 俺とひいちゃんとは、父親と真尋さんがどこかで出会っていなければ出会えなかった。俺は父親に束縛されていて、ひいちゃんは八束了と真尋さんとの子。そして、事故は八束了がバイクで突っ込んでこなかったなら発生しなかった。その事故の直前ぐらいに、真尋さんは行方不明になっていた。宇宙人は、マヒロさんとして俺に近付いてきた。

 弐瓶教授からしてみれば、マヒロさんのおかげでタイムマシンの大きな手がかりが掴めたわけだから、俺のアシストあってのこと。俺が神佑大学の情報工学部に入ることを決めたのはユニがいたからで、合格できたからこそ、みたいな。タイムマシンの進捗はどうなんだろ。あのマヒロさんもどきの宇宙人がいなくなって、今度はフランソワさんから聞いているんだろうな。

 マヒロさんが来なければ、俺はXanaduを訪れなかっただろう。学部も違うし。弐瓶教授は五代さんといとこで、認証キー関連で技術協力しているから、全く無関係ってわけじゃあなかったけれど、俺とXanaduとを、教授を利用して結びつけたのは宇宙人の策略あってのこと。マヒロさんは何故かあんな形で死んでしまったから、どうしてオルタネーター計画が必要だったのかは聞き出せない。

 ここに辿り着けなければ、俺は血のつながった母親と再会することもなかった。母親が、俺のXanadu到着の後で来日するのは偶然だったのかもしれないけれど、こうして考えてみると、なんだか全部、繋がっているような気がする。……いや、偶然か。偶然ってことにしておこう。

 ひいちゃんとそっくりのオルタネーターと出会えたのも、偶然。

 『ドウシテモとオッシャルノナラ、五代施設長に』
 「ああ……やっぱそうなる……」

 だとしたら、次こそはその手を離さないようにしないといけない。

 『参宮サン、ドウサレマシタ?』

 ニセモノだとしても、俺は。

 「ひいちゃんって呼んでもいい?」
 「誰だよそれ」
 「無理なら、せめて俺のことを『おにいちゃん』って呼べない?」
 「?」