「我はタクミを愛しているぞ!」

 俺の願いを聞き入れたかのように、マヒロさんは俺を抱きしめてくれた。柔らかな手が俺の頭を撫でてくれる。かつての俺が求めていたもの。どれだけ欲しがろうとも、口に出すことすら憚られていたものを、マヒロさんは俺に与えてくれるのだと、期待してしまう。

 「タクミは努力家で、忍耐強く、周りからの信頼も厚くて、とっても賢くていい子なのだから、弐瓶教授も妙な噂を信じるのではなく、本人を見てほしいぞ」

 と言われた弐瓶教授は、こめかみに指を当ててむむむと唸った。マヒロさんがそう言ってくれたのだから、弐瓶教授としてはこれ以上俺を追及できやしないはずだ。唸ってから、マヒロさんが持ってきたドーナツを箱から一個取り出して、もぐもぐと食べ始める。俺たちはその様子を黙って見ていた。

 「愛の形は人それぞれだからねん。ドーナツに免じて、この件はここまでにしといてあげる」

 咀嚼し終えて、タンブラーの中身と共にドーナツ以外のエトセトラも飲み込んでくれたようで、そのタンブラーの飲み口から口を離した弐瓶教授はすっきりとした表情になる。愛の形は人それぞれ、か。

 弐瓶教授の愛する人は、過去にいるわけだけれど。

 「して、弐瓶教授。我にタイムマシンの研究を手伝わせてはいただけないか」
 「ぶへっ」

 マヒロさんが藪から棒に変なことを言い出した。弐瓶教授も変な声を出してしまっている。

 「取り引きしたい。我は弐瓶教授にタイムマシンに関する技術提供をする。弐瓶教授は我の人類滅亡計画に協力する。これでどうだろう」
 「人類滅亡計画ぅ?」
 「そうだぞ。この青き星は、いずれ我とタクミのものとなる」
 「ふ、ふーん?」

 弐瓶教授に引かれている。マヒロさんと俺とのふたりきりの世界。悪くはない気がした。マヒロさんは、俺を愛してくれているから。

 「弐瓶教授は、過去に飛び、一色京壱と結ばれるのが目標であろう?」
 「んまあ、そうだけどぉ……」

 死にたいなら死なせてやればいいのに。自ら命を絶つぐらいには思い悩んでいるのに、他人からああだこうだと励まされて中断するぐらいなら死のうとはしないだろ。なんていうか、独善的な気がする。俺はその一色京壱くんご本人にお会いしたことはないから、言いたい放題言ってしまっているけれどさ。弐瓶教授は目的が達成できて、幼馴染みも救えたと勘違いするんだろうけど、本人としては、どうなのだろう。俺と違うしわかんねぇな。

 「我はタイムマシンを持っている」
 「マジ?」

 マジかよ。一年ぐらい一緒に暮らしていたのに、知らないことばかりぽんぽん出てくる。タイムマシンを持っているなんて、言ってくれたら、……俺はどこに行ったかな。

 「ほんとにござるかぁ?」

 怪しまれている。そりゃそうだろ。弐瓶教授は教授になるまでタイムマシンの研究をしているのだしさ。急に現れた母親、しかも在校生の親が「タイムマシンを持っている」って言ってくるなんて、はいそうですかと鵜呑みするわけないじゃん。

 「うむ。信じられぬのも無理はない。ならば飛ぼう」

 マヒロさんが指をパッチンと鳴らすと、ローテーブルの上空に銀色の円盤が現れた。俺が両腕を広げたぐらいのサイズ。たまに発見される未確認飛行物体、そのものの形をしている。

 「マジ? ユニちゃんの夢、叶っちゃう?」

 大きな瞳を輝かせ、素が出ている弐瓶教授。

 神佑大学の教授としての弐瓶柚二ではなく、恋する乙女としてのユニちゃんに変わっていた。先ほどまでなんだか気難しい顔をしていたのとは別人かな。こちらのお顔のほうが可愛くていいと思う。ずっとこちらのユニちゃんでいてほしい。できれば俺に恋してくれない? ほんの少しでいいから、その好意を分けてほしいな。そうすれば、死んじゃったやつのことは忘れさせてやるよ。

 「今回はその、弐瓶教授の行きたい過去には行かないぞ」
 「なんで!」
 「まだ我の計画に賛同してくれるとは言っていないからな」

 マヒロさんは懐疑的なユニちゃんにマヒロさんの持つタイムマシンの実用性を訴えるためだけにタイムマシンを出現させたのであって、ユニちゃんの願いを叶えるために出したわけじゃあない。

 にしても、マヒロさんが弐瓶教授に協力してほしい理由ってなんだろ。俺とマヒロさんとのふたりきりになる前に、マヒロさん的にはやっておきたいことがあるということかな。

 「ほんとにほんとに過去に飛べるんなら、前向きに考えてもいいよーん」

 まあ、そうなりますよね。マヒロさんも深く頷いて、その円盤に手を伸ばした。緑色の光がマヒロさんの頭のてっぺんからつまさきまでを上下の運動で照らす。身体をスキャンしているような感じかな。

 「タクミはここで待っているといいぞ」