**無職2日目(9月2日)**
「今日こそは頑張るぞ!」と心太朗は朝から意気込んでいた。しかし、体はすっかり眠気に支配されている。どうやら「やる気」と「体力」が完全にすれ違っているようだ。前日は、思ったように何も進まず自己嫌悪に陥ったが、今日は違うと誓っていた。だが、どうにもならない体の重さに、筋トレは早々に諦める。神社にだけは行ったものの、その後はダラダラ。今日もこのまま1日が終わるのか…と自分に問いかけるが、散髪の予約をしていたことを思い出す。
最近は仕事が忙しすぎて、髪が伸びていることにすら気づかない生活だった。退職して改めて自分の姿を見つめると、どうにも髪が邪念まみれのように思えてきた。髪を切って生まれ変わろう。まるで失恋した乙女のような発想だが、心太朗は何とか自分を鼓舞して散髪に向かう。髪を切れば、何かが変わるかもしれない。邪念だって床に落としてしまえば、スッキリするに違いない。
心太朗が通う散髪屋は、彼にとっての「安全地帯」だ。人見知りの彼にとって、一度決めた店を変えるのは至難の業。担当者も10歳ほど年下の、爽やかな青年。毎回彼を指名するのは、余計な会話をしなくても、なんとなく通じ合えるからだ。担当者は、心太朗がかつてイタリアンレストランで働いていたことも知っている。今日もいつものように、鏡越しに彼の髪を見ながら問いかけてくる。
「今日はお休みですか?」
「そうなんですよ」と心太朗は返答するが、心の中では「これから毎日休みなんです」と苦笑いしていた。無職になったことを正直に言う勇気はなかった。だが、言わなければいけない理由もない。黙っておく方が楽だ。
散髪が進むうちに、ボサボサだった髪がどんどん短くなっていく。邪念が床に散らばっていくのを見ながら、心太朗は密かに「さよなら、悪霊ども!」と心の中で別れを告げる。全てが終わり、サッパリした自分を鏡で確認すると、少しだけ前向きな気分になった。しかし、その瞬間、担当の青年が「ありがとうございました。お仕事頑張ってくださいね」と声をかけてくる。心太朗は「いや、無職なんだけどな…」と内心突っ込みを入れつつ、苦笑いして店を後にした。
帰り道、心太朗の気分は晴れやかだが、複雑な感情も心の奥にあった。髪を切ってスッキリしたものの、無職になった現実を隠したこと、これからどうすべきかという不安。だが、何かしなければいけない。そんな焦りが彼を図書館へと駆り立てた。
ビジネス書の棚で、心太朗は二冊の本を手に取った。
- **ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則**(ジェームズ・C・コリンズ著)
- **やりたいこと探し専門心理カウンセラーの 日本一やさしい天職の見つけ方**(中越裕史著)
まずは、中越裕史の本を読み始めた。天職探しなんて今さら感があるが、心太朗は妙な共感を覚える。著者の優しい語り口に、「何歳からでも遅くない」という言葉に励まされる。自分の年齢を考えながら、「そうか、大人の方がやりたいことがわからなくなるんだな…」と感じた。中越の言葉が、ほんの少し心太朗の心を軽くしてくれたのだ。
次に、彼は「ビジョナリー・カンパニー」に手を伸ばした。ヒューレット・パッカードの話に強く惹かれた心太朗。パソコンのロゴでおなじみの会社が、最初は何のアイデアもない状態で起業し、試行錯誤を繰り返して成功したという事実に驚く。やりたいことが見つからなくても、何か始めてみることが大事なのだと気づかされた。
帰宅すると、妻が彼のサッパリした髪を見て、無職とは思えないと笑顔で言った。心太朗は「無職感ってそんなに簡単に出るものじゃないよ」と心の中でツッコミを入れつつも、働いていた時の方が、むしろ無職のような姿だったんじゃないかと考える。毎日、13時間労働に追われ、人間関係に疲れ切っていたあの頃。それに比べれば、今はまだ自由の始まりだ。
だが、何か行動を起こさなければ。焦燥感が彼を突き動かした。「よし、Xをやろう」と心太朗は突然思い立った。なぜXかは自分でもよくわからない。だが、何かしなければという気持ちが彼を駆り立てたのだ。特に発信できる知識や技術はないし、すべてが中途半端。しかし、それなら逆に、この無職生活そのものを発信してしまえばいいんじゃないか?同じように悩んでいる人たちに、少しでも共感や勇気を与えられるかもしれない。
心太朗には、以前使っていた趣味の小説用のアカウントがあった。それを久しぶりに開き、フォロワーの少なさに改めて驚く。だが、何もしなければ始まらない。プロフィールを更新し、まずは最初のポストを打ち込んだ。
「無職2日目。毎日13時間労働と人間関係で心身を壊し退職。ようやく解放された。家に閉じこもっていると心が病みそうなので、毎日神社に行くようにしている。アラフォー無職の日常、復活していく様子を発信していこうと思います。辛い日々を送る人たちに少しでも救いになればと思い、頑張ります。」
ポスト後、当然のように「いいね」はつかなかった。そもそも見ている人がいるかどうかもわからない。しかし、それでも心太朗は一歩を踏み出したことに満足していた。たとえ誰も見ていなくても、重要なのは自分が何かを始めたという事実。自分自身に「いいね!」を押せば、それで十分だった。
こうして、心太朗の無職生活は静かに、しかし確実に動き始めた。まだ先行きは全く見えない。だが、この小さな一歩が、やがて彼をどこか新しい場所へと連れて行ってくれるかもしれないと、彼自身も少しだけ感じていた。
心太朗の無職生活、今日も続く。
「今日こそは頑張るぞ!」と心太朗は朝から意気込んでいた。しかし、体はすっかり眠気に支配されている。どうやら「やる気」と「体力」が完全にすれ違っているようだ。前日は、思ったように何も進まず自己嫌悪に陥ったが、今日は違うと誓っていた。だが、どうにもならない体の重さに、筋トレは早々に諦める。神社にだけは行ったものの、その後はダラダラ。今日もこのまま1日が終わるのか…と自分に問いかけるが、散髪の予約をしていたことを思い出す。
最近は仕事が忙しすぎて、髪が伸びていることにすら気づかない生活だった。退職して改めて自分の姿を見つめると、どうにも髪が邪念まみれのように思えてきた。髪を切って生まれ変わろう。まるで失恋した乙女のような発想だが、心太朗は何とか自分を鼓舞して散髪に向かう。髪を切れば、何かが変わるかもしれない。邪念だって床に落としてしまえば、スッキリするに違いない。
心太朗が通う散髪屋は、彼にとっての「安全地帯」だ。人見知りの彼にとって、一度決めた店を変えるのは至難の業。担当者も10歳ほど年下の、爽やかな青年。毎回彼を指名するのは、余計な会話をしなくても、なんとなく通じ合えるからだ。担当者は、心太朗がかつてイタリアンレストランで働いていたことも知っている。今日もいつものように、鏡越しに彼の髪を見ながら問いかけてくる。
「今日はお休みですか?」
「そうなんですよ」と心太朗は返答するが、心の中では「これから毎日休みなんです」と苦笑いしていた。無職になったことを正直に言う勇気はなかった。だが、言わなければいけない理由もない。黙っておく方が楽だ。
散髪が進むうちに、ボサボサだった髪がどんどん短くなっていく。邪念が床に散らばっていくのを見ながら、心太朗は密かに「さよなら、悪霊ども!」と心の中で別れを告げる。全てが終わり、サッパリした自分を鏡で確認すると、少しだけ前向きな気分になった。しかし、その瞬間、担当の青年が「ありがとうございました。お仕事頑張ってくださいね」と声をかけてくる。心太朗は「いや、無職なんだけどな…」と内心突っ込みを入れつつ、苦笑いして店を後にした。
帰り道、心太朗の気分は晴れやかだが、複雑な感情も心の奥にあった。髪を切ってスッキリしたものの、無職になった現実を隠したこと、これからどうすべきかという不安。だが、何かしなければいけない。そんな焦りが彼を図書館へと駆り立てた。
ビジネス書の棚で、心太朗は二冊の本を手に取った。
- **ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則**(ジェームズ・C・コリンズ著)
- **やりたいこと探し専門心理カウンセラーの 日本一やさしい天職の見つけ方**(中越裕史著)
まずは、中越裕史の本を読み始めた。天職探しなんて今さら感があるが、心太朗は妙な共感を覚える。著者の優しい語り口に、「何歳からでも遅くない」という言葉に励まされる。自分の年齢を考えながら、「そうか、大人の方がやりたいことがわからなくなるんだな…」と感じた。中越の言葉が、ほんの少し心太朗の心を軽くしてくれたのだ。
次に、彼は「ビジョナリー・カンパニー」に手を伸ばした。ヒューレット・パッカードの話に強く惹かれた心太朗。パソコンのロゴでおなじみの会社が、最初は何のアイデアもない状態で起業し、試行錯誤を繰り返して成功したという事実に驚く。やりたいことが見つからなくても、何か始めてみることが大事なのだと気づかされた。
帰宅すると、妻が彼のサッパリした髪を見て、無職とは思えないと笑顔で言った。心太朗は「無職感ってそんなに簡単に出るものじゃないよ」と心の中でツッコミを入れつつも、働いていた時の方が、むしろ無職のような姿だったんじゃないかと考える。毎日、13時間労働に追われ、人間関係に疲れ切っていたあの頃。それに比べれば、今はまだ自由の始まりだ。
だが、何か行動を起こさなければ。焦燥感が彼を突き動かした。「よし、Xをやろう」と心太朗は突然思い立った。なぜXかは自分でもよくわからない。だが、何かしなければという気持ちが彼を駆り立てたのだ。特に発信できる知識や技術はないし、すべてが中途半端。しかし、それなら逆に、この無職生活そのものを発信してしまえばいいんじゃないか?同じように悩んでいる人たちに、少しでも共感や勇気を与えられるかもしれない。
心太朗には、以前使っていた趣味の小説用のアカウントがあった。それを久しぶりに開き、フォロワーの少なさに改めて驚く。だが、何もしなければ始まらない。プロフィールを更新し、まずは最初のポストを打ち込んだ。
「無職2日目。毎日13時間労働と人間関係で心身を壊し退職。ようやく解放された。家に閉じこもっていると心が病みそうなので、毎日神社に行くようにしている。アラフォー無職の日常、復活していく様子を発信していこうと思います。辛い日々を送る人たちに少しでも救いになればと思い、頑張ります。」
ポスト後、当然のように「いいね」はつかなかった。そもそも見ている人がいるかどうかもわからない。しかし、それでも心太朗は一歩を踏み出したことに満足していた。たとえ誰も見ていなくても、重要なのは自分が何かを始めたという事実。自分自身に「いいね!」を押せば、それで十分だった。
こうして、心太朗の無職生活は静かに、しかし確実に動き始めた。まだ先行きは全く見えない。だが、この小さな一歩が、やがて彼をどこか新しい場所へと連れて行ってくれるかもしれないと、彼自身も少しだけ感じていた。
心太朗の無職生活、今日も続く。