無職のススメ、元社畜の挑戦日記


**無職42日目(10月12日)

心太朗が住む街には、毎年秋に松岡神社で大きな祭りがやってくる。神輿が2日間もかけてこの辺りの街から集まってきて、地域住民総出で大盛り上がり。しかも学校まで休みになるぐらいだ。まるで「祭りは義務です」と言わんばかりの本気っぷり。

しかし、心太朗にはその祭り魂が1ミリも響かない。人混みが苦手だし、楽しんでいる人たちを見ると、まるで自分が場違いなエキストラのように感じてしまうのだ。いつもなら「無理無理」と逃げるところだが、今年は違った。なぜなら、妻の澄麗が行きたがっているのだ。「神輿見たい!お祭りの雰囲気が最高!」と目をキラキラさせて言うもんだから、心太朗も渋々承諾。だが澄麗は妊婦。人混みは危険だから、滞在時間は「小一時間だけ」という条件付きで参加することに。

澄麗が神輿やお祭りの雰囲気に興味津々なのに対し、心太朗の関心事はもっぱら「屋台の飯」だ。だが、ポテトとかフランクフルトなんて今さら感がすごい。「もっと珍しいもんないの?」という気持ちで歩いていると、意外にも屋台が進化していた。祭りなんて久しぶりだから、昔の定番がどうなったかなんて知らないが、チーズハットグなんてものが売っていた。「え、デカッ!」と思いつつも一口かじる。ほかにもタン塩や「はしまき」なんていう、聞いたこともないものまで並んでいる。「え、これ今の祭りの標準装備なの?」とカルチャーショックを受ける心太朗。まさかお祭りに来てグルメ探訪気分になるとは。

そんな感じで食べ歩きをしていると、澄麗が「神輿見たい!」と再び盛り上がる。「あぁ、来たよ、神輿ターン」と内心ため息をつく心太朗だが、付き合わざるを得ない。でも、境内に向かう道はすごい人混み。「妊婦を人混みに連れて行くわけにはいかん!」と、無理やり澄麗を引っ張って脇道に避難させた。坂道で立つのが大変だったが、あの密集よりははるかにマシだ。「これで安全確保だな」と思いつつ、遠くから神輿を見る。澄麗はスマホを手に、興奮して動画を撮っているが、心太朗は内心「いや、こんなの興奮する?」と思いながらつき合う。

ちなみに、心太朗が住んでいる家は元々祖父母の家だった。幼い頃は祖父に手を引かれて、この同じ祭りに何度も連れて行ってもらった。あの頃はお祭りが大好きで、夜遊びできるってだけで大興奮。「ポテト買って!」「フランクフルトも!」とワガママ放題だったが、祖父は何でも買ってくれた。今思えば「あれは財布の限界を超えていたのでは?」と不安になるぐらい。でも、その時は全く気にせず、毎年お祭りを楽しんでいた。

しかし、大人になるにつれて気づいた。ポテトやフランクフルトなんて、いつだって買えるじゃないかと。そして、祭りに行く度に人混みが鬱陶しくなり、楽しんでる人を見ると「え?なんでそんな楽しそうなの?」と、心が置いてけぼりを食らうようになった。昔の写真を見返すと、法被を着て母に担がれ、神輿に嬉しそうに乗っている自分の姿がある。…いや、今では神輿なんて乗りたいどころか、一目見ただけでお腹いっぱい。

帰り道、澄麗が「ベビーカステラ食べたい」と言い出す。「おいおい、最後は定番かよ!」とツッコミたくなりつつも、買って一緒に食べた。

そして、ふと心太朗は思う。もし自分に子供ができたら、あの頃みたいに手を握って、3人で祭りに来ることがあるのかもしれない。もしかすると、その時に、失われた「祭りのワクワク」を我が子が再び教えてくれるんじゃないか、とちょっとだけ期待している自分がいた。「ま、今は一ミリも興味はないけど、、」と苦笑いしながら。






**無職43日目(10月13日)

眠れない夜が続いていた。心太朗は、昨夜のお祭りの騒がしさが身体に残っているのかもしれないと思ったが、実際はそれ以前から調子が崩れていた。無職生活に入って以来、睡眠のリズムが乱れ、夜に眠れない日々が続いていた。まあ、無職って言っても「自由な時間」なんて素敵な響きはどこへやら。実際は、夜が遅くなると朝がつらくなり、朝が遅れれば、その一日は「負けた」気分で始まる。まるで、毎朝「今日も負け」と宣言しているようなものだ。

「今日もダメだったな…」心太朗は独り言を呟く。やるべきことが一つもできていない。Xも日記も書けず、チョコザップでの運動も、神社へのお参りも、全てが後回しになってしまった。まあ、神様も「この人はもういらない」と思っているかもしれない。何も成し遂げられない日が続くと、心も次第に重く沈んでいく。

最近、自分の体調の波を感じ取ることができるようになった。2、3日調子が良い日が続いたかと思うと、その後は2、3日間不調が訪れる。この周期が繰り返される。

「もう少し不調の期間を減らしたいな」と心太朗は思う。そこで、対策を考えることにした。

「まずは、朝6時に起きることだ」と彼は決意した。朝が遅れれば、その日は全てがうまくいかない。しかし、睡眠不足で起きたら、何もできなくなる。「今日こそは!」と意気込んでも、ベッドの誘惑には勝てない。体はまるで重たい鉛のようだった。

そこで、心太朗は「いつ寝てもいい」というルールを作ることにした。こまめに仮眠を取りながら、合計で8時間の睡眠を確保する作戦だ。これなら、夜に無理に眠ろうとするプレッシャーから解放される。

これまで心太朗は、22時から6時まで眠る予定で生活していた。しかし、実際には22時に眠れることはほとんどなく、逆に「早く寝なきゃ!」という焦りが夜遅くまで眠れなくさせていた。最悪の場合、朝まで一睡もできないこともあった。「寝られない無職」という新しい職業が生まれつつあった。

「もう、決まった時間に寝るのはやめよう。仮眠を中心にしよう」

心太朗はそう決心し、次の4つのルールを自分に課すことにした

1. 必ず朝6時に起き、9時までは起き続ける。
2. 仮眠は一度に1時間までとする。
3. 仮眠から目が覚めたら、必ず作業に戻る。
4. 睡眠の合計は1日8時間までに抑える。

1. 朝6時に起きて9時までは起き続ける

心太朗は、毎朝6時に必ず起きることにした。これが大切なスタートだ。朝に早く起きることで、一日を有意義に過ごせるようにしたいからだ。ただし、眠いときに無理に起きるのは辛いので、起きたらカーテンを開けて日光を浴びることにした。これで体が目覚めやすくなる。

2. 仮眠は1時間まで

心太朗は仮眠を取ることにしたが、一度に寝るのは1時間までに制限する。長く寝すぎると、逆にだるくなってしまうからだ。1時間の仮眠は、リフレッシュの時間であり、起きたら気分をスッキリさせて作業に戻ることができる。

3. 仮眠から目が覚めたら作業に戻る

仮眠から目が覚めたら、必ず何か作業をすることにした。これにより、仮眠を取ることが無駄な時間にならないようにする。日記を書いたり、SNSに投稿したりして、次の行動にすぐに移るように心がける。

4. 睡眠の合計は1日8時間まで

心太朗は、仮眠の合計時間を1日8時間に抑えることにした。これによって、寝すぎるのを防ぎつつ、しっかり睡眠を確保できるようにした。昼間の仮眠を記録して、夜の睡眠時間も管理することで、バランスの取れた生活を目指している。

この新しいルールで、心太朗は眠れない夜から解放され、少しずつ自分のリズムを取り戻せるかもしれない。しかし、ルールを守れなかったらどうする?そこから生まれるのは無職の無限ループだ。

この作戦を澄麗に言うと、「大丈夫、完璧じゃなくても少しずつ進んでいけばいいんじゃない?私も応援してるから、もし何か手伝えることがあったら言ってね。」澄麗は優しい目で見つめながら言った。
彼女の優しさが心太朗をわずかに勇気づけた。

果たしてこの作戦が成功するかは神のみぞ知る。彼は、少なくともプランを立てたことでほんの少し心が軽くなった気がした。「これで、明日こそは勝ちたい!」と願う心太朗であった。






**無職44日目(10月14日)**

心太朗の睡眠改善大作戦は初日から大成功を収めた。少なくとも彼自身はそう思っている。何が成功かと言えば、まず夜の睡眠がとにかくうまくいかないということが彼の悩みの一つだった。ベッドに入ると、決まって目が冴えてしまう。逆に、ソファに横になると「ああ、このまま動きたくない」と思ってしまうのだ。なぜこんな違いが出るのかは彼にも謎だが、今回はその特性を活かして、ソファで寝ることに決めた。

これが驚くほど効果的だった。澄麗が「おやすみ」と言ってベッドに向かうのを横目に、心太朗はソファに体を横たえ、軽くラジオを流していた。気づけば朝、そして彼は7時間も寝ていたのだ。彼は思わず「自分、天才か?」と自画自賛した。朝起きたのは7時半で、予定より1時間半ほど遅れたが、それでも彼の中では許容範囲内。ギリギリ取り返せるという感覚だ。

朝のルーティンが始まる。まずはジャーナリングを行う。最近、彼はチョコザップに通っていることもあり、朝一番にプロテインを摂取することが習慣になっていた。牛乳で溶かしたココア味のプロテインが、朝の味という感じで心地よい。これを飲むと腹が軽く膨れ、朝食を取らなくても満足できるのだ。その後、ジャーナリングが終わるとすぐに日記を書き始める。今の心太朗にとって、これがメインのタスクだ。

その日、心太朗は澄麗と一緒に父親の誕生日プレゼントを買いに出かけることにした。彼の父は今年69歳になる。若い頃、父は肺気腫を患い、タバコをやめていた。元々、彼の父は肺が弱かったらしく、コロナウイルスが流行し始めた時期に、父は肺炎で死にかけたことがあった。時期が時期だけに、周囲にはコロナの影響だと誤解されることもあったが、実際はただの風邪をこじらせての肺炎だった。

その時、彼の父は人工呼吸器をつけなければ呼吸できないほどの状態に陥り、集中治療室に入るほどの危機的状況にあった。医者からは「生きるか死ぬかは彼の生命力次第」と言われるほどだったが、奇跡的に父の生命力が勝り、なんとか助かったのだ。心太朗にとって、その出来事は父との関係を変えるきっかけになったかもしれない。

それまで、心太朗の父は、音楽活動をしていた彼に対して厳しい言葉を投げかけていた。「夢ばかり見るな」と言われ、心太朗も内心「俺の歌なんて一度も聴いたことがないくせに」と反発していた。しかし、肺炎で父が危機的状況に陥った際、あちこちの病院を駆けずり回った。その姿を母から聞いていたのか、それ以来、父は心太朗に対して以前のような厳しい言葉をかけることがなくなった。もしかすると、父にとって心太朗は命の恩人だったのかもしれない。

その父への誕生日プレゼントを選びに行く中で、心太朗は迷わず酒を選んだ。父はタバコをやめたが、今でも大の酒好きだった。彼が喜ぶプレゼントと言えば、酒で間違いないと心太朗は考えていた。彼は「かのか」という安い酒を2リットルのペットボトルで2本買うことにした。父が求めているのは量であって、質ではないことを知っていたからだ。しかし、澄麗は気を使い、少し上等なワインを選んでいた。

心太朗は、父に長生きして欲しいと願う一方で、父には好きなことをして生きて欲しいという考えも持っていた。祖父も酒やタバコを楽しみながら82歳まで生き、最後は老衰で亡くなった。心太朗は、祖父のように好きなことをして生きる方が後悔がないのではないかと考えていた。逆に、祖母は酒やタバコを取り上げられ、最終的には歩けなくなり、辛い晩年を送っていたように見えた。

心太朗は結局のところ、どんな選択が正しいかはわからないと思っていた。だからこそ、父が生きている間は、彼が好きな酒を飲ませてあげたいと考えていたし、自分自身も好きなことをして生きたいと思っていた。

父への誕生日プレゼントを選びながら、心太朗は「かのか」2リットル2本を手に取り、父のためにこれを買おうと決めた。澄麗は「ちょっといいワイン」を選んでいたが、それもまた良い選択だと心太朗は思っていた。どちらにせよ、父が喜んでくれることを楽しみにしていた。

心太朗は、長生きも大事だが、それ以上に父には幸せに生きて欲しいと思っていた。それは父に限らず、心太朗自身を含め、彼が関わるすべての人に対して抱く思いだった。

**無職45日目(10月15日)**

心太朗は朝から妙に胸がざわついていた。今日のミッションは年金の切り替え手続き。退職してしばらく経つが、手続きはまだ残っている。これを終わらせない限り、完全に「無職ライフ」には突入できないというわけだ。だが、市役所は苦手だ。なんというか、無機質な空間、無表情な職員、そして「あなた何しに来たの?」と言いたげな空気。どうも責められている気分になる。もちろん、職員が責めているわけじゃない。でも、自分がそう思っちゃうから仕方ない。

「市役所…うん、好きじゃない。」心太朗はそんなことを考えながら、ゆっくり靴を履く。

玄関で見送ってくれる澄麗が心太朗に優しい笑顔を向けた。「無事に終わったら、どこかでご飯食べようね。今日は疲れないようにね。」その笑顔に、心太朗は少しだけ気が楽になった。まあ、どうにかなるだろう。いや、どうにかならなきゃ困るんだが。

自転車にまたがり市役所へ向かう。風が少し冷たく、季節が変わってきたのを感じる。道中、心太朗は退職した現実に直面する。「いや、退職って言い方だとカッコいいけど、要するに無職だよな…」自己ツッコミが止まらない。今の彼は無職。仕事がない、収入がない、そして今日の手続きが終わらない限り、将来の年金すら危うい。これが現実だ。

市役所に到着。自動ドアが開く音に、心太朗は一瞬足を止めた。「ここに入るのか…ここは戦場だ…」と心の中で覚悟を決める。が、実際のところ、戦う相手もいないし、ただの手続きだ。溜息をつきつつ、彼はドアをくぐった。

年金課は意外と人が少なくて、心太朗はすぐに番号札を取り、順番を待った。番号が呼ばれ、席に座ると、60歳くらいの男性職員が対応してくれることになった。優しそうな顔立ちで、一見頼りになりそうだったが、心太朗は油断しない。「どんな罠が仕掛けられてるか分からんからな…手続きの沼ってのは甘く見ちゃいけないんだ。」

「本日はどのようなご用件でしょうか?」職員が静かに尋ねる。

「えーっと、退職しまして、それで、年金の…切り替えですかね?」心太朗は自分でも曖昧な言い回しをしてしまった。何度も言うが「無職です」と言うのが本当に嫌なのだ。でも、職員は動じることなく淡々と対応する。「いや、むしろ動じてほしいよ!少しくらい「お疲れさまでした」とか「大変でしたね」とか言ってくれないかな?」。心太朗は心の中で訴える。

「では、身分証明書だけを見せていただけますか?」と職員。

「え?あれ、身分証だけでいいんですか?」心太朗は驚いた。彼は念入りに調べ、退職証明書やら年金手帳やらマイナンバーカードや印鑑まで持ってきていた。「そりゃあ、全部必要だろう」と思ってたのに、まさかの免許証ひとつで済むとは。あれこれ準備した自分の努力は一体…?

「はい、身分証だけで手続きできます。」職員は笑顔で答える。

「減額や免除とかはされますか?」と職員に問われたが、心太朗は少しでも社会貢献をしておきたかったので、しばらくは貯金で過ごせるので減額や免除はしなかった。

心太朗は何とも言えない表情で免許証を渡した。手続きは15分足らずで終了。あれ?こんなに簡単なの?準備にかけた時間のほうが長いんじゃないか?「これはどっかに隠しルールがあるに違いない…絶対、後で追加書類が必要になるパターンだ…」心太朗は疑心暗鬼に陥りつつも、一応手続きは完了した。

市役所を出た瞬間、大きな溜息が出た。「なんだよ、こんな簡単なのか…でもまあ、これで終わったならよしとするか。」振り返ってみれば、もっと簡単に済ませられたことを大げさに考えすぎた自分が少し恥ずかしい。

外で待っていた澄麗が、少し心配そうな顔をして心太朗に近づいた。「どうだった?」

「え、あっけなく終わったよ。準備した書類とかほぼ無駄だったし、身分証だけで済んだ。俺の準備時間返してほしいくらいだよ。」と心太朗は少し照れ笑いをしながら答えた。

「よかったじゃん。これから赤ちゃんが産まれたら、もっといろんな手続きが増えるよ。心太朗が市役所担当ね!」澄麗は冗談半分で言ったが、その言葉には現実が含まれている。

「マジかよ…市役所のベテランにならなきゃいけないのか…」心太朗はうなだれる。これから先、どんどん増える手続きの数々が彼の脳内にフラッシュバックする。「やっぱり役所は苦手だ…」と心の中でつぶやいた。

「とりあえず今日は頑張ったから、うどん食べに行こう。近くにおいしいうどん屋さんがあるんだって!」澄麗は心太朗の手を取り、笑顔で彼を引っ張った。

うどん屋へ向かう道すがら、心太朗は「これからもっと大変になるのか…」と考えつつも、今日はとりあえず一つのミッションをクリアしたことで少しだけ達成感を感じていた。役所は苦手だし、手続きは面倒だけど、なんだかんだで乗り越えた自分に少しだけ誇りを感じていた。心太朗は澄麗に聞かれないように、こっそり微笑んだ。

**無職46日目(10月16日)**


心太朗はずっとブログを書きたいと思っていた。なぜなら、彼には独自の解決法があったからだ。悩みを解決するためのアイデアがあれば、同じように悩んでいる誰かの助けになるかもしれない、そう思ったのだ。

たとえば、眠れない日々が続いていたとき、心太朗はベッドを捨ててソファで寝ることにした。すると、なんと!ぐっすり眠れた。一般的な対策としては、「お風呂は90分前に入れ」とか「食事は寝る2時間前にしろ」とか、「スマホを寝る前にいじっちゃダメ」とか、そういうのは誰でも知ってる。でも心太朗は、それを試しても全く効果がなかった。そこで、彼は「自分だけの寝場所」を見つけることにした。ソファ、万歳!

さらに、彼は35歳で就職したのだが、なんと昇給率は10%前後を四年連続で叩き出すという、まるでセールスの神のような数字を残していた。その秘訣は何か?実は、仕事ができない彼は、雑用を積極的に引き受けることで、「あ、この人頼みやすいな」と思わせる技を身につけていたのだ。そう、雑用キングの誕生!メインの業務じゃないところで力を入れ、自分の希少価値を作り上げ、最年少で店長まで登り詰めたのだ。これが彼の攻略法だった。

でも、ここで彼にとって大きな問題が発生。無職だったのだ。今の自分が無職で、どうやって人を説得するんだ?「実績がない」と思うと、自信がまるでチーズのように溶けてしまう。専門家でもない彼が、どうやって説得力を持たせるのか?それは、無理だろう。

日々、彼は悩んだ。実績がなくても説得力を持てる方法はないかと。実績のある人に話を聞いてもらうのも考えたが、周りにはそんな人がいない。いたとしても、その人たちにメリットがないから、心太朗は心の中で「ひとりぼっち」と泣いていた。

そこで彼はある日、閃いた。「実績のある人を作ればいいじゃん!」しかし、実績のあるフリをして情報発信するのは、完全にアウトだよね。嘘はつきたくない、心太朗の良心が叫ぶ。

ならば、読者が「これ、嘘だな」と分かるようにすればいいのでは?嘘の実績と理解してもらえれば、参考にするかしないかは読者次第。つまり、フィクションの物語にしちゃえばいいのだ!

そこで、彼は「カイケツAI」という物語を書き始めることにした。主人公がAIに悩みを解決してもらうというストーリーなら、専門家じゃなくてもエンターテイメントとして情報を発信できる。心太朗自身の苦労を笑いに変えて、フィクションとして伝えられるのだから、まさに一石二鳥!

第一話の設定は、32歳のフリーターが自信を持てずに、チャラ男AIに相談するというもの。自己肯定感を持たない、つまり「調子の悪い自分を基準にしちゃえ!」という心太朗流のアドバイス。調子が上がれば、ほんの小さなことでも幸せを感じられるという、一見「だいじょうぶ?」と思うような発想。

もちろん、これが全ての人に効くかは分からない。でもフィクションだから、読者に委ねることができる。心太朗は、面白いストーリーと魅力的なキャラクターを作り上げ、そこに自分のメッセージをこっそり忍ばせることにした。

心太朗がアイデアを話すと、澄麗は笑顔で頷きながら言った。「それ、面白そうじゃない!自分の経験を活かせるし、フィクションなら自由に表現できるよ。きっと、他の人にも響くはず!」彼女の励ましの言葉に、心太朗は少し自信を取り戻した。

振り返ると、彼はかつてやっていたバンドでも同じことをしていた。歌も楽器も下手で、ビジュアルも残念だったけど、曲作りには真剣だったのだ。ストーリーのある曲に少しのメッセージを添え、観客に伝えようと奮闘していた。

多くの人に届く歌ではなかったけど、たまに泣きながら共感してくれるお客さんもいた。そのお客さんたちがバンドを始めたり、家族と仲良くなったり、好きなことを始めたりするきっかけを与えたことは、心太朗にとって嬉しかった。

自分の思いやメッセージを伝える方法を見つけた心太朗は、少し未来に希望を抱くが、自分の基準を一度下げて、自らを戒めて再び文字を綴り始めたのだ。

「さて、どんな失敗を描こうか?笑いに変えられるエピソードは…あ、またやっちまった!」と彼は笑いながら考えるのだった。

**無職47日目(10月17日)**

昨夜、心太朗は結局4時まで起きてしまった。いや、正確に言うと「寝たくなかった」。何かしらの作業を終わらせないと、寝られないような気がしてしまうのだ。自分では勝手に「寝れない病」と呼んでいるが、もちろん、そんな病気は存在しない。不眠症だ。

仕事を辞めてから、自分のペースを少しずつ掴めるようになってきたと思っていた心太朗。だいたい3日間はそれなりに頑張れる。頑張ると言っても、朝早く起きてジムに行ったり(ただし、気軽なチョコザップだけど)、小説を書いたり、図書館で少し勉強したりと、他人から見れば大したことないかもしれない。でも、心太朗にとってはそれなりにエネルギーを使うことなのだ。

ただ、3日目の夜が問題だ。いつも、その日の夜になると変なテンションになる。確かに「眠い」と感じるが、「寝たくない」気持ちが強くなる。「これも終わらせて、あれもやってしまおう」と思いながら夜が更けていく。気づけば夜更かしをして、次の日は完全に崩れる。まるで心身が電池切れになったかのように。

この「3日目のハイテンション」について、心太朗はもう諦めている節があった。せっかくエネルギーが溢れているのだから、やれることはやってしまおうという考えだ。ただ、問題はその後のダウン期。このダウンが長引くと、せっかく頑張っても結局前に進まない。できる限り、1日で復活したいと思っているが、2日かかってしまうこともしばしばだ。3歩進んで下がるのを許されるのは2歩までだ。


ふと心太朗は思う。「仕事をしていた頃の自分って、本当によくやっていたな」。13時間も働いて、帰ってからも仕事の電話が鳴り、休みの日でも気が休まらなかった。それが今や、3日でバテる自分と同じ人間とは思えない。

崩れてしまった日は仕方ない。心太朗はこの日、復活を早めるためにスマホをいじらないことにした。いわゆる「デジタルデトックス」である。小説を書く日は、日記だけなら1時間ほどだが、「カイケツAI」の構想を描き始めると、ほぼ一日中スマホに向かってしまう。それが良いか悪いかは分からないが、彼はその集中力を少し誇らしく思っていた。仕事で鍛えられた集中力がまだ生きている証だ。

とはいえ、この日はデジタルデトックスだ。リズムを崩したまま過ごしてしまうと、さらに寝られない日々に突入する危険がある。ここで踏みとどまらなければならない。「リズムを戻すことより、これ以上崩さないことが大事だ」と心太朗は自分に言い聞かせた。

スマホを封印したのはいいが、いざデジタルデトックスを始めてみると、やることがない。そこで、ふと思い出した。「そういえば、墓参りに行ってないな」。心太朗はマメに墓参りをする方だが、7月からの厳しい日々と、9月の新しい生活を整えることに追われ、気がつけば3ヶ月以上も足を運んでいなかった。

澄麗もその日、家を出ていなかったので外出したい気分だった。2人でお墓参りに行くことにした。大酒飲みだった祖父には酒、お茶好きだった祖母にはお茶、そして2人にはまんじゅうを買い、お花も用意した。

お墓に着くと、しばらく誰も来ていなかったようで、心太朗と澄麗は丁寧に墓を拭いた。澄麗は大きなお腹を抱えながらも手伝ってくれた。線香に火をつけて手を合わせ、次は子供が生まれたらまた来ると約束した。

心太朗の祖父は昔気質な人だったらしい。心太朗が生まれた時、彼の父が長男で男一人だったこともあり、直系の孫としてとても可愛がられたという。今ではそんな考え方も少なくなってきたが、次に生まれるのは男の子だ。祖父が喜んでいるだろうな、と心太朗は思った。

お墓参りを終えた後、心太朗と澄麗は近くの公園を散歩した。特に予定も入れず、ただゆったりと時間を過ごす。「墓参りは何かのついでにしてはいけない」と聞いたことがあったから、今日はそれだけに集中するつもりだった。

澄麗のお腹を撫でながら、心太朗は新たに命を繋いでいこうと、静かに決意を新たにした。

**無職48日目(10月18日)**

心太朗は、朝の光がカーテンの隙間から漏れ込むのを感じながら、なんとか目を覚ました。寝れている、いや、寝れてはいるが身体は重く、頭はボーッとしている。「あれ、まだ二日酔いじゃないよね?」心太朗は自分に問いかけたが、酒は一切飲んでいないことに気づく。

「天気も良くないし、これって絶対天気のせいだ」と心太朗は自分に言い聞かせた。気分がすぐれないのは、決して自分のせいではない。彼の心の中に潜む「怠け者の自分」が、さも当然のように囁く。「そうだそうだ、俺は悪くない!むしろ、天気が悪いせいでアスファルトも心も湿気ているんだ」と、勝手に天気を責めてみる。

「何かをやろうとしても動けない」と、彼は自らの怠惰をさらに強調する。そんな心太朗を見て、妻の澄麗は優しい声で「ゆっくり休めばいいよ」と言った。彼は思わず、「ここで責められたら心が折れるから、もっと甘やかしてくれ!」と内心叫んだ。澄麗のその言葉が、時には彼にとっての最大の救いだった。

しかし「前日休んだから、これ以上休むのは申し訳ない」と心太朗は悩む。「でも、休むのも仕事だし、自己管理だし、何より自分を大切にすることが社会貢献だし…」と、いつの間にか複雑な理屈をこねている。無理やり体を起こそうとするが、何もやる気がしない。

そんな時、彼は「シャワーを浴びる」という名の強制的な自己洗浄を思いつく。動きたくない体を無理やりシャワー室へと導く。「何もやりたくないのに、どうしてシャワーなんか浴びるんだろう?」心太朗は自分に問いかけるが、たどり着いてしまうと全身を洗える快感にしばしうっとりする。シャンプー、トリートメント、洗顔、体を洗う……気分が晴れない日は敢えて30分以上かけて、まるでリゾート地のスパにいるかのような贅沢な時間を楽しんでいる。

「寝ている時間が一番リラックスしているが、寝れない時はシャワーを浴びているときが一番リラックスできるかもしれない」と心太朗は考えながら、シャワーの水に打たれる。何かしら哲学的な気分に浸りつつ、シャワーから出る水が落ちてくる音に合わせて「これが俺の人生のサウンドトラックだ!」と、勝手に自己陶酔する。

そして心太朗は、今日の行動を考え始める。「動くべきか、動かぬべきか。なぜ動かないといけないのか?動かないと未来が変わらないと思っているから?」と、どこかの哲学者のように悩んでみたり。

「本当にそうだろうか?」と自問自答しながら、過去の栄光に浸る。いろいろ考えてうまくいったことはあっただろうか?彼は一般の人と比べて10年以上遅れて就職したが、追いつき追い越すために頑張ってきた。結果、確かにかなりのスピードで昇進し、昇給した。でも、幸せだったか?

「毎日13時間働いて、寝不足でイライラして、家族との時間もなく、澄麗にまで強く当たっていた。自分の頑張りが、まるでジェットコースターのように疲れさせただけだった」と心太朗は自虐的に笑った。

「頑張った結果がそれだなんて、まさにブラックジョークだな」と、彼は自分の人生にツッコミを入れる。「一生懸命頑張っても、結局うまくいってないじゃん。むしろ、そこまで自分を追い詰めていない時の方が幸せだったのかも」と、心太朗は過去を思い出す。

バンド時代、駆け出しの頃はライブにもほとんどお客さんがいなくて赤字が続いた。お金が全然なかったが、周りの人が服をくれる不思議な現象が起きていた。「衣装を買うお金もなくて、全身貰い物で固めていた時期もあった。その時の服装は、逆にファッション雑誌に載ってもおかしくなかったかもしれない」と心太朗は笑う。

「どんなにお金がなくても、裸で過ごすこともなかった。なんとかなっていたのだ」と、過去の自分に少し感謝する。その当時、バンド活動が楽しくて仕方なかった。何も分からなかったから、とにかくライブをしまくっていた。そんな姿を見て、周りが応援してくれたり、会場を無料で貸してくれたり、ついには憧れの銀杏BOYZやサンボマスターが出ていたイベントに出演することまでこぎつけた。

ここまできて、もっとやらなきゃ、もっと皆んなにウケる曲を作らなきゃ、このパターンで作ればうまくいくとか、力が入り始めてしまったと、彼は反省する。そこからバンドはどんどん停滞していき、解散した。これが「力を入れる」という呪いなのかと、心太朗は思い出した。

「もっと力を抜いて、未来はなんとかなるからテキトーに迎えればいい」と、彼は結論づける。「今、とにかくシンプルに生きればいい。寝たい時は寝ればいい、食べたい時に食べればいい、元気な時は動けばいい」と、心太朗は自分に言い聞かせる。それができる今は、心太朗にとってありがたいことであり、彼はそれに感謝する。「テキトーに生きるために、辛い時は「とりあえず」という言葉を使おう」

心太朗は「とりあえず」寝ようと決めた。寝れなかったら起きればいいし、寝たことを後悔したらその後頑張ればいいと、心太朗は気楽に考える。「とにかく今は「とりあえず」休もう。身体と心がそう言っているような気がするから」

シャワーを浴びて、すっきりした心太朗は澄麗に休むことを伝えた。優しい言葉が返ってくる。「今は休むことが一番の仕事だよ。お願い、ゆっくり心と体を労わって!」と彼女は微笑んだ。

そんな心太朗は、ゆっくりとした時間の中で、次なる一歩を踏み出す準備を始めた。人生は時々コメディで、時々ドラマだ。結局、彼は「今はテキトーに生きる。それが、人生の一番の攻略法だ!」と、心の中で大きく決意するのだった。

**無職49日目(10月19日)**

心太朗は、隣の県に車の点検に行くことになった澄麗を見送った。彼女は「点検のついでに実家にも寄ってくるから、今日は一人でいていいよ」と言ってくれた。その言葉には、心太朗の最近の精神的な疲れを見越した優しさが隠れていた。彼女は本当に優しい。時には、「その優しさ、どこで売ってるの?」と問いただしたくなるほどだ。

澄麗が出発した後、心太朗は一瞬孤独に襲われ、未来に対する不安が彼の心を包み込む。「これが、社会から追放された男の孤独か」と、自虐的に思う。だが、前日の心に決めた「とりあえず」精神を思い出し、少しずつ行動を起こすことにした。心も体も、なんとか回復しつつあるのだ。何もしないよりはマシだ。

「とりあえず」神社に行ってみる。神社には、独特の雰囲気があって、何かしら気持ちが落ち着く。祈りを捧げるついでに、心太朗は「とりあえず」お賽銭を投げ入れる。気持ちだけは、いつも金持ちだ。

次に、「とりあえず」チョコザップに行く。運動ができる場所として重宝しているが、運動自体は得意ではない。器具に向かって「俺は今日こそは頑張る!」と自分に言い聞かせ、苦手な運動を始める。心太朗の調子も上がってきたが、彼の運動センスは上昇しないまま。ウエイトを上げようとした瞬間、器具の位置がズレてしまい、「おっと、ここでもグダグダか」とツッコミを入れる。

帰宅後、心太朗は澄麗の優しさを思い出す。彼女はいつも「家事は私の仕事だから、気にしないで」と言うが、今の自分が無職ということを考えると、少しばかり罪悪感が湧いてくる。ただ一つ、彼女が嫌いな家事がトイレ掃除だということは知っている。ならば、少しでも彼女の負担を減らそうと、心太朗は決意した。「トイレをピカピカにして、澄麗を驚かせてやる!」

普段からトイレ掃除は少しずつやっていたので、そこまで時間はかからないと思っていた。しかし、そんな心太朗の考えは甘かった。掃除用具を持ち出して、意気揚々とトイレに向かうが、結局、トイレは彼にとっての試練だった。掃除をするにつれ、「これが本当にピカピカになるのか?」という疑念が湧いてくる。

掃除が終わり、次はベランダの掃除をすることにした。外に出てみると、床はなんだか汚れている。ゴシゴシとタオルで磨くが、これが意外と難しい。磨いたところを歩くと余計汚れるから、奥から少しずつ進めていくことが求められる。まるで人生そのものだ。「うわぁ、これが現実の厳しさか」と心の中でツッコミを入れながら、2時間ほど掃除に没頭する。

最後に洗面器に水を汲んで流すと、「これで澄麗も喜んでくれるだろうか?」と期待に胸を膨らませる。だが、普段の澄麗の頑張りと比べると、自分の努力はチリにもならない。心太朗の心の中で、優しさの天使と悪魔が言い争っている。「お前の頑張り、全然見合わねーだろ」「いやいや、こういう小さなことが大事なんだ!」

その後、心太朗は休憩を挟みつつ、手をつけていなかった2日分の日記小説を書くことにした。これで、なんとか追いつく! 心太朗の心も体も、少しずつ復活してきたのだ。今日一日を通じて、彼は自分なりに動けたことに満足感を覚える。さあ、澄麗の帰りを待つぞ。

心太朗は、ふと考えを巡らせる。自分の人生は本当にグダグダかもしれない。X(旧Twitter)のフォロワーさんたちも、休職や退職を経験している人が多い。そんな彼らも、自分のことをそう思っているかもしれない。だが、心太朗は自分の試行錯誤を振り返る。「毎日、少しでも幸せに生きようと頑張っているじゃないか」と、自分を励ます。苦労しながらも小さな方法を見つけて、それをシェアしていこうと思った。

「何があっても、心太朗は心太朗だ!」「自虐が多いのも、俺の個性だ!」と、自分にツッコミを入れつつ、彼は澄麗の帰りを心待ちにするのであった。

**無職50日目(10月20日)**

心太朗は、何かずっと忘れ物をしているような、モヤっとした感じがあった。そんな違和感を抱えたまま、今日もその「何か」を見て見ぬ振りをする。

いつものように、朝はゆっくり起きる。これが心太朗の日課であり、もう早起きなんて無縁だ。寝起きで目が冴えるまで、無心にジャーナリングを始める。心の中で浮かぶ言葉を、さながら酔っぱらいが愚痴るように書き殴るのだ。

だいたいテレビを流しながらジャーナリングする。仕事をしていた頃は、テレビなんて見る余裕すらなかった。しかし、今は完全に「テレビにしがみついてる」生活だ。テレビを観るようになって驚いたのは、性被害のニュースがあまりにも多いこと。「こんな事件ばっかりだな…」と呟くと、画面の中のキャスターが冷たく「ずっとこんな事件ばかりですよ」と言っているように感じる。

そして、ニュースの内容が虐待やら闇バイトやら、暗い話ばかり。「もうさ、力の弱い者ばっか狙う卑怯者が多すぎない?」と心太朗はひとりごとを続ける。ニュースを見ていると、だんだん気分が悪くなってきた。こんな世の中でジャーナリングなんてできるか!と思い、YouTubeに逃げることにした。

なぜか奥田民生の歌が無性に聴きたくなって、彼の弾き語りライブを見つける。ゆるりと力を抜いて歌う姿が心太朗の心に響く。「いいなぁ…俺もこんなふうにゆるりと生きたい」と願望を抱くも、自分の現状を振り返り「無理か、、、」とツッコミを入れる。


その流れで、今度は峯田和伸の弾き語りに移行。これがまた沁みる。彼の歌声とギターの和音が、まるで心太朗の悩みをそっと包み込んでくれるようだ。


ギターが弾きたくなって、久しぶりに押し入れからアコースティックギターを取り出す。5年ぶりに弾いてみるが、当然、下手くそになっている。「あれ?こんなに下手だったっけ?」と自分の腕に驚きつつも、ジャラジャラと音を鳴らし始める。

しばらくして、澄麗が「一曲歌ってよ」とリクエストしてくる。そういえば、澄麗は心太朗の歌を一度も聴いたことがない。「いやいや、もう下手すぎるから無理でしょ」と断ろうとするが、彼女がなぜかカメラを構えてスタンバイしている。え、まさかのスタンディングオベーション準備?

仕方なく、心太朗は久しぶりにライブ感を取り戻し、自作の曲「黒猫」を歌い始める。

歌い始めた瞬間、今の自分の状況と重なって「いや、これ今の俺じゃん!」と心の中で思わず笑ってしまう。

黒猫

平日昼間の公園で 
ぼんやり独りで飯を食う
三十路を過ぎてるフリーター
傍から眺めりゃ不審者で  

3時を過ぎたら猫が来る
毛並みの綺麗な黒猫さ
バイトでくすねた餌をやる
コイツは本当に可愛いな

まるで愛されてるような気がしてさ
愛されてるような気がしてさ
愛しているような気がしてさ
愛せているような気がしてさ

38度の炎天下
マイナス1度の氷点下
春夏秋冬 超えてきた
コイツは独りで生き抜いた

君は生きているだけでたくましい
君は生きているだけでたくましい
君は生きているだけでたくましい
君は生きているだけでたくましい

たとえ泥水すすって凌いでも
誰かのスネをかじってでも
生きていることがたくましい
君が生きている 僕は嬉しい

3時を過ぎたら猫が来る
毛並みの綺麗な黒猫さ
バイトでくすねた餌をやる
コイツはやっぱりに可愛いな

歌い終わると、澄麗が大げさな拍手を送り、まさかのひとりスタンディングオベーション。演歌歌手のステージを観に来たおばあちゃん並みの盛り上がり方である。「いやいや、そんなに褒めるほどでもないって!」と照れくさく笑うが、彼女の反応に少し心が温かくなる。

「最高! もう、すっごく良かったよ! やっぱり才能あるじゃん! 私、今鳥肌立っちゃった!」と、満面の笑みで言ってくる。

心太朗は顔を赤らめていたが、まんざらでもない。澄麗は続ける。

「本当に! 黒猫の歌詞、泣きそうになったよ。愛されてるような気がしてって部分、めっちゃ切なくて好き!」澄麗はさらに続けた。

「ねえ、これ絶対もっと歌った方がいいよ! どっかのライブバーとかでさ、また歌ってみたら? 子供が生まれたら、ぜひ私たちの前でライブやって! そしたら、子供にも自慢できるじゃん!」

「またライブ、やってもいいかもな…」とふと思う。どこでもいい、家でもいいし、公園でもいい、小さなライブバーでもいい。お客さんは澄麗一人でも、数人でも。そんなゆるいライブを、またやりたい気持ちが少し湧いてきた。

その時、心太朗はふと思った。「生まれてくる子供にも、いつか俺の歌を聴かせてあげたいな」と。こうして、小さな夢がまた一つ、心太朗の中に増えたのであった。