同窓会の当日は、ひどい雨だった。そのせいで、その時期にしては気温が低かった。
 部屋のカーテンを開けて外を見ると、景色の輪郭がぼやけて見えるほどの雨だった。
 せっかく、久し振りにみんなに会えるのに。会おうって、決心したのに。雨に邪魔されるなんて。
 私は肩をすくめて溜め息をついた。
 同窓会は十八時スタートだから、まだ時間はずいぶんある。
 時計を見ると、十時ちょうどを針が差していた。
 少し遅めの朝食を取ろうと思い、キッチンまで足を運ぶ。
 冷蔵庫を開けて、昨日、作った肉じゃがの余りを手に取った。
 私は料理があまり得意ではない。
 二十歳になるまでに、二人ほど異性と付き合った。
 そのどちらにも、手料理を振る舞わなかった。振られた理由は、そこにあったのかもしれない。
 テレビをつけると、したり顔の司会者が、満足げにある事件についてコメントをしていた。
 私はすぐにチャンネルを変えた。ちょうど、天気予報が流れていた。
 同窓会がある場所は、夕方頃まで雨の影響を受けるようだ。
 そこは、私が生まれ育った場所。中学生まで住んでいた場所。そして、里村君と出会った場所。
 五年振りに帰る。帰るという言葉が正確かどうかはわからないけれど。
 みんな、今、何しているんだろう。
 私は何もないあの場所が嫌で上京した。
 死ぬまであの土地で生きていくなんて考えられなかった。
 でも、上京しても何も変わらなかった。
 高校は陸上の特待生で、全寮制の学校に入学したけれど、しょせんは井の中の蛙だった。
 田舎で速いぐらいじゃ、都会に行けば、もっと速い人間はごまんといる。
 私の闘争心は、あっという間に都会のランナーに根こそぎ刈られてしまった。
 それから落ちていくのは早かった。特待生で入学している以上、部活は辞められない。
 仕方なく練習に参加していたけれど、一度消えた火は、二度と燃え上がる事はなく、誰からも声をかけられなくなった。
 次第に、部室への足は遠のいて、学校に通う事も少なくなっていった。
 何度も、担任の教師から呼び出されて諭された。でも、私の心には何も響かなかった。
 そんな時は決まって、里村君の歌声を思い出した。
 それだけで、心が晴れやかになる。温かくなる。
 両親との約束もあったので、高校は何とか卒業した。
 高校を卒業してから、アルバイトを転々とした。様々なアルバイトをした。
 コンビニの店員。カラオケの接客。焼肉屋のホールなど。どれも、接客ばかりだった。
 ある日、クレームを名指しで入れられた事がある。
 私は、そのお客さんの事をほとんど覚えていなかった。
 その人は、私のお釣りの渡し方が気に入らなかったそうだ。
 そのクレームを言われるまで、自分のお釣りの渡し方を、気に入らない人が現れるなんて思いもしなかった。
 その一件は、私にとって意外なほど、心に深い影響を及ぼした。
 それ以降、お客さんにお釣りを手渡す時に、激しく手が震えるようになってしまった。
 自分では気にしないようにしていたつもりだったけれど、心は正直だった。
 バイト先は、それを理由にして辞めてしまった。
 それからは、現在のバイト先に勤めるようになった。
 今のバイト先は、早朝の倉庫作業だ。
 もう、人と直接かかわる仕事は、あまりしたくはなかった。
 地元のみんなとも、もう関わるつもりはなかった。
 亜紀子以外とは。でも、里村君の事を思い出したら、何だか心が優しくなった。
 最近の私の心は、ざらざら、ぼこぼこしていた。荒れた肌のように。
 里村君は変わったかな。私はもう昔の私じゃない。
 今の私を見たら、里村君は驚くだろうか。呆れるだろうか。がっかりするだろうか。
 でも、会いたいな。久しぶりに。思い出の効力は凄い。
 彼はまだ歌い続けているかな。
 マスメディアで彼の姿は見かけないから、有名にはなっていないのだろう。
 彼にはそんな事は関係ないだろうけれど。
 今から地元に向かえば、ずいぶんと早く着くだろう。でも、今すぐ家を出たい気持ちになった。
 私は、急いで準備を始めた。
 亜紀子に電話もした。
 準備が終わり、窓の外を見ると、さきほどまでではないけれど、まだまだ雨脚は強かった。
 私はブルーの傘を手に持って家を出ようとした。でも、直前で、オレンジの傘に持ち替えて家を出発した。