真夏の炎天下、畦道の両側に広がる田んぼの中で、稲穂がゆったりと揺れている。

 自転車のペダルを漕ぐたびに、車輪が小さな砂利や草を弾く。汗が滴り落ちてきて、Tシャツが肌に張りついていたが、俺は一直線に〝あいつ〟がいる場所へと向かっていた。

「おい、いるんだろ! 出てこいよ!」

 着いたのは、栗原のばあちゃんの家。自転車を停めて大声で叫ぶと、二階の窓から三嶋が顔を出した。

「え、清太、なんで……」

「なんでじゃねーよ。話があるから降りてこい!」

 三嶋琉生。栗原のばあちゃんの孫。三嶋の頭文字を取って、あだ名はみいちゃん。そんなの、ありかよ。

 俺が来た時点でなにかを察している三嶋は、罰が悪そうな顔をして外に出てきた。まじまじと顔を見ても、かつての〝みいちゃん〟とは重ならない。

「なんで、今まで黙ってたんだよ」

 女子だと思っていたみいちゃんは、男だった。性別を勘違いしていたことも恥ずかしいが、なにより全てを知っていて隠されていたことに腹が立っている。

「言うタイミングがなかったとは言わせねーからな」

 俺は、スマホに連絡をした。だけど、いまだに返事は来ていない。こんなにも近くいたのに、遠い場所にいると思い込んでいたなんて、バカみたいだ。

「……本当のことを言いたかったけど、言えなかった」

「だから、なんでだよ」

「だって清太は、女の子のほうがいいでしょ」

 三嶋はまた、あの時と同じ言葉を言った。

「俺が小六の夏以降に来なくなったのは、声変わりしたからだよ。声が低くなって、身長も怖いくらい伸びて、勝手に体もでかくなった。だから、もう会えないと思った。清太が仲良くしてくれたみいちゃんじゃなくなったから」

「じゃあ、なんで戻ってきたんだよ」

「今の俺のことを、知ってほしかった」

「あの夏が、忘れられなかったから?」

「清太のことが、忘れられなかったからだよ」

 ざわっと、俺たちの間に風が吹き抜ける。

 この町で育って、この町から出たこともない俺にとって、七年前に出会ったあの子は、あまりに衝撃的だった。

 一瞬で心を持っていかれた。きっと多分、初恋だった。

 最初から男だとわかっていたら、好きにならなかったのか。そんなことをいくら考えても、すぐに答えは出ない。

 でも、俺だって、一緒に過ごした夏が忘れられなかったんじゃない。

 あの頃に出会った三嶋のことが、忘れられなかった。

 女子とか男子とか、そんなことはどうでもよくて、お前と過ごした夏がまた来ればいいと思っていたんだ。

「わかった。じゃあ、運試ししようぜ。この前うちの駄菓子を買ってくれてたしな」

 突然、帰ってしまったお疲れ会。あの時、なんであんなに悲しそうな顔をしていたのか、ひとりで悶々と考えていた。

 俺が知らなかっただけで、気づいてなかっただけで、最初から三嶋は、俺のことだけを見ていてくれたのかもしれない。

「それって、清太に勝ったらなんでもくれるってこと?」

「うん」

「じゃんけんをしに行ってたのは、清太のことが欲しかったからだよ。それを知っても、勝負してくれるの?」

「うん」

「じゃあ、俺が勝ったら、清太のことをもらっていい?」

 またそんな目で見るなよ、バカ。

 この胸のざわつきがなんなのかわからなくても、俺は三嶋からの気持ちを遠ざけたくないと思った。

「言っとくけど、俺はじゃんけんで負けたことはないからな」

 どうせ勝つ。勝ってしまう。でも、やってみなきゃわからない。こいつとどんな関係になっていくのか、それもやってみなきゃわからないことだ。

「一発勝負で、あいこも負け。よし、やるぞ。じゃんけん――」

 青空が広がる夏の午後。じーわじーわと、蟬の声がけたたましく響いている。


 なにかが始まる、そんな予感がした。