地元に一校しかないうちの高校は、全校生徒の数も少なく、学年のクラスも三組までしかない。

 小学校からの旧友もいれば、隣町から通っている人もいる。わりとアットホームな雰囲気で、男女ともに仲がいいクラスメイトたちがどっと騒がしくなったのは、眠たい国語の授業が終わった二時間目の休み時間だった。

「なあ、また三嶋琉生が上級生に呼び出されたってよ!」

「え、どこどこっ!?」

「体育館裏が濃厚とみた!」

「見に行くべ!」

 色恋話が大好物なみんなが、ぞろぞろと廊下に飛び出していく。十五人ほどの生徒が一気に消えた教室は、がらんとしていた。

「あー……あちぃ」

 人の告白現場に興味がない俺は、気休めにYシャツの襟を動かして風を作った。

 天井に取り付けられた扇風機が懸命に首を振っているが、教室の温度は蒸し風呂に近い。きっと、他の学校ではエアコンが当たり前についていて、快適に授業を受けたりしてるんだろう。

 東京は、どうだろうか。また、彼女のことを思い出す。

 みいちゃんは、俺の中で小六の夏の面影で止まっている。

 色素が薄い髪と、ラムネ瓶のビー玉よりもまん丸だった瞳。おそらく、いや、確実に男子が放っておかない美少女になっているに違いない。

 ……彼氏いんのかな。いるだろうな。でも、いないかも。

 暑さで回らない頭を必死で働かせながら、スマホを開いた。久しぶりに連絡しようと思ったところで、ガタッとドアのほうから物音がした。

「ハア……ハア……」

 息を切らせて立っていたのは、みんながこぞって様子を見に行ったはずの三嶋琉生だった。

「お前、今告白され――」

「ちょっと、かくまって」

「え、は?」

 こっちの返事も待たずに、三嶋は一組の教室に入ってきた。そのまま俺の机の後ろに回り込んだ瞬間、バタバタと廊下から足音がした。

「三嶋くーん、どこぉー?」

 三嶋の名前を呼びながら辺りを見渡しているのは、一学年上の女子生徒。男子の間では美人と評判の先輩でもあった。

「お前のこと捜してるっぽいけど?」

「しっ、本当に見つかりたくないから」

 でかい体を必死に丸めて、三嶋は身を隠している。状況からして、あの女子に呼び出されていたけれど、逃げてきたっていう感じで大体合っていると思う。

 女子生徒の足音が遠ざかると、三嶋はほっと息をついて胸を撫で下ろしていた。

「なんで隠れるんだよ?」

「付き合ってくれって、しつこいんだよ」

「あんな美人に告白されて嬉しくねーの?」

「嬉しくない」

 きっと告白なんて、こいつにとってはされ慣れすぎているんだろう。贅沢なやつめ。

「なんで昨日、うちの店に来たんだよ?」

 三嶋は、地元の人間じゃない。誰とも仲良くしてないから個人情報は謎に包まれているが、他県出身だという噂がある。

 わざわざこんな田舎まで通っているとは考えにくいけれど、ある意味この町から浮いている存在であることは確かだ。

「行ったらダメなの?」

「や、ダメってわけじゃないけど、まあ、意外っていうか、なんていうか」

 近くで見ると、よりいっそう実感する顔の良さ。三嶋がどこにいても目立つのは、カッコいいを通り越して綺麗すぎるからだと思う。そりゃ、女子たちが目をつけるわけだし、狙うなと言うほうが難しい。

「駄菓子が欲しいなら今度金持ってこいよ。普通はなにか買った人がじゃんけんできるんだからな」

「え、そうなの。ごめん……。今日はなにか買う」

「今日も来んの?」

「今日も清太くんは店にいる?」

「ちょっ、清太くんってなんだよ。普通に清太でいいわ」

「丹羽じゃなくて?」

「みんな清太って呼ぶから」

「わかった。じゃあ、そう呼ぶ」

 そのうちにクラスメイトたちが教室に戻ってきて、三嶋も自分のクラスに帰っていった。