それから僕たちは、毎週日曜日にあの図書館で会うようになった。
家でも道でも教室でも、いつあの苦しさに襲われるかと怯えて生きていた白黒の世界に、ほんの少しずつ色が戻ってきた。
日曜日に玄関の扉を開けると、前まで恐怖の対象でしかなかった外の世界が、空が、少し明るく感じて、足が軽やかに動くようになった。
全く歩けなかった人混みも、まだ完全に克服したわけじゃないけど、帽子を被ったりヘッドホンを付けていれば少しずつ歩けるようになっていた。
「……想空さんのお陰だなぁ」
いつもの図書館だ。帰り際にそう呟くと、隣に座っていた想空さんが此方に顔を向けた。『何が?』と口が動く。
「外に出るのが楽しみになったり、少しずつ人がいるところも歩けるようになったりさ。想空さんと話すのが楽しいからだと思うんだ」
想空さんの目が大きく広がった。
少し照れたように頬を染め、可愛らしい笑みを零す。嗚呼、と思う。口に出しては言わないけど、いつか、いつの日か。想空さんの声を聴けたら本当に嬉しいなぁ、なんて。
「だからね、ありがとう。じゃあ、またね」
手を振って立ち上がる。と、ぱっと想空さんに手首を掴まれた。
俯いた想空さんの喉から、ひゅうひゅうと苦しげな吐息が洩れる。想空さんが喉を押さえて、微かに口を開けた。何かあったのだろうか?しゃがみ込んで彼女の肩をさすると、少しずつ呼吸が落ち着いてくる。
「み、らい、く 」
掠れた声が聞こえて、一瞬誰の声かと思う。
「わ、たし、も」
僕の目が大きく広がったのが分かった。
「わたし、も、ね、ありが、とう」
目に微かに涙を浮かべて、でもすごく嬉しそうに、彼女は笑った。
「……想空さん」
僕も笑った。笑ったつもりだった。上手に笑えたかどうかは、自信がない。
「綺麗な声だね」
そう言うと、想空さんがふいと顔を逸らした。照れているのだと分かって、また笑ってしまう。「照れてるの?」と問うと、「ちがう」とぶっきらぼうな返事が返ってきた。
「違う?まぁ良いや、偶には一緒に帰ろうよ」
「うん」と彼女が頷いたのが見えた。僕は笑った。彼女も嬉しそうに笑った。
「ねぇ、今度どこか行こうよ」
「どこ、に?」
振り返った想空さんに、そうだね、と少し考えて答える。
「想空さんが行きたいところなら、どこにでも」
想空さんに手を引かれて見上げた八月の空は、やけに清々しく透き通っていた。