「続き、来た? 来た?」
 恐る恐る部屋に戻ると、大好きな大学生のお兄ちゃんが帰省してきた柴犬、みたいな顔で甲斐に出迎えられた。
 どうやら好きな漫画の前に秒で機嫌が直ったらしい。あほの子で良かった。

 さっそく包装を解き、いつものようにクッションに背中を預けて読み始める。
 ページをめくるのは甲斐の役目だ。主導権は常に陽キャにある。そうしながら今日の甲斐は、なぜかやたらと肩をぶつけてきた。
 初めは気のせいかなと思った。ひとつのクッションをふたりで使っているのだから、偶然ぶつかることは今までにもあったし……などと考えている間に、また、甲斐の肩が俺の肩に触れる。ちょっと小突くように。
 もしかしてさっきの俺の偉そうな発言を根に持って?
 恐る恐る横顔を盗み見る。甲斐の視線は漫画に向けられたまま、特段俺に対する感情を読み取ることはできない。
 気のせいか……?
 再び頭を並べると、また甲斐が肩で肩を小突いてくる。頭上に漫画を広げたまま、表情も変わらないけど、これやっぱりわざとだろ。

 俺もぐいっと小突いてみた。
 甲斐も小突き返す。
 俺も負けじとぐいぐい押し返す。

 が、生まれながらにフィジカルの劣る俺が力押しで勝てるわけがない。ビーズクッションも高校生ふたりに連日乗っかられていい具合にへたっている。小競り合いののち、俺はあっさりその丸い山から床に転がり落ちた。
 漫画から目を逸らさないまま、甲斐が口の端を満足げな笑みの形に歪める。子供か。


 甲斐が帰ったその夜、いつものようにスマホで通販サイトをだらだら見ていた俺は天啓を受けた。

「もう一つ買えばいんじゃね? クッション」

 そうだ。ひとつしかないからいけないのだ。思い至ってみれば実に単純明快な解決策。なんで今まで気がつかなかったんだろう。
 幸い甲斐が山ほどの段ボールを片付けてくれたおかげで部屋は広々とし、今も床は広々とご存命だ。もうひとつふたつクッションが増えたところで邪魔にはならない。
 早速通販サイトの履歴を見て、クッションをポチる。三十分もするともう「発送しました」のメールが届いた。色違いのクッションが、明日には手に入る。
「これでもう明日からウザくないぞ、甲斐大河破れたり……!」
 俺はグソクに語りかけ、そのまま気分良く眠った。