翌日の放課後。
「よ」
 玄関を開けると、そこに甲斐大河の姿があった。
「な、なんで……」
「送り先住所ここだっただろ?」
 けろっと応じる甲斐に俺は青ざめる。あの短い間に覚えたのか。ちなみにオートロックのロビーは「前の人にくっついてスッと入った」らしい。
 オッケーグーグル、犯罪者予備軍がここに。
 俺は宅配ボックスから回収してあった荷物を無言で突き出した。
 甲斐は意外そうな顔をする。
「開けてねーの」
「人のもの勝手に開けるわけないだろ!」
 俺が言い捨てると、甲斐は目をぱちくりしたあと「ふーん」となぜだか愉快そうに口の端を歪めた。
「金おまえのアカから出てるけど」
「……!」
 そうだった。この場合、開けても良かったのかもしれない。っていうかこれ、新手のカツアゲじゃないか??
 俺が自分の不覚に気を取られていると、甲斐は「おじゃましまーす」と勝手に家に上がり込んできた。
「すっげー綺麗なうちだな。モデルルームかよ」
 などと言いながら、部屋の中を見渡している。カツアゲ犯を家に上げてしまったとあわあわしている俺を尻目に、甲斐はとうとう俺の部屋のドアを開けた。
「うわ」
 瞬間、声を上げて固まる。

 リビングは俺が学校に行っている間に家事代行サービスが入っているけれど、俺の部屋までは入らない。さすがにそれは全力で抵抗した。
 というわけで、何でも通販で買う俺の部屋には、段ボールが山と積まれたままになっている。いっそ山脈を築いている。
 中には届いたまま開けていないものもある。別にいいのだ。どうせやってくる友だちもいない。
「おまえこれなんとかしろよ。座るとこもないじゃん」
「ご、ごめ」
 カツアゲされてるのに謝ってしまった。
 さすがに情けなさ過ぎないか、俺。セルフ戒めしていると、甲斐はおもむろに段ボールを殴りつけた。
「ヒィ……ッ!」
 暴力? カツアゲのみならずいわれなき暴力?
 なんでこんな奴の前で自慢話なんかしちゃったんだ俺のばかばか――

 震え上がる俺をよそに、甲斐はぼこっと殴ってできた隙間から手を入れて、段ボールを開きにした。
 ぴらぴらしたところを中に折り込んでできるだけ小さくすると、部屋の隅にどんどん積み重ねていく。

「……手ぎわいー」
「春休み、スーパーでバイトしたから。よっと」
 積み重ねた段ボールを圧縮する意味もあるのだろう。その上に腰掛けると、俺のアカウントで勝手にポチったものの包みを開け始めた。出てきたのは――
「えっちな漫画……」
 ある意味想定内すぎて一ミリの驚きもない。
 もちろん、俺のアカウントは成人指定商品は買えない設定になっているけれど、指定なしでえっちな商品なんて、この世にあふれてる。実際この漫画も、コンビニでも買える雑誌に掲載されてるもののようだった。
「これ読みたかったんだけど、うちチビが何人もいるからさ。置いとけないだろ?」
「いやうちならいいのかよ!?」
 思わず突っ込んでしまう。しかも人のアカウントでポチってるんだが!?
「善悪の基準全然わかんねーよ……」
 戸惑い混乱する俺に、甲斐はまた目を瞬いた。
「おまえ突っ込みとかできんのな」
「そこ!? 言うに事欠いてそこ!?」
「他にもっと言うことあるだろ!」と勢いで詰め寄ると、甲斐は一瞬考え込むような顔をする。
 そして言った。
「――一緒に読む?」
「ちが……!」
 なんでそうなる。
 重ねて言い募ろうとしたとき、甲斐は腰かけていた即席段ボール椅子の上で少し体をずらすと、
「ん」

 ぽんぽん、と空いたスペースを手のひらで叩いた。

 その仕草があんまり自然だったせいだろうか。
 親にもされたことないそんな仕草に、ほだされてしまったからだろうか。
 気がつくと俺は吸い込まれるようにそこに腰を下ろし、一緒になって漫画をのぞき込んでいた。

 それからしばらくして。
「ただのエロだと思ってたのに、回を追うごとに隠されていた深いテーマが浮き彫りになってくる……し、超いいところで終わってる……!」
 思わず口にすると、甲斐はふっと笑って「続刊購入待った無しだな」とスマホ(註:俺の)をポチポチと操作する。
 カツアゲ犯にがっつり食いつかれてしまったと気がついたのは、
「じゃーな。また明日」
 と軽快に告げる甲斐の姿を玄関先で見送ったあとのことだった。