男子校的教師と生徒の恋愛事情

 人気のない昇降口から、校舎の外へ歩いていく。そこには校舎の外壁に沿って、桜の木が連なって植えられている。とうに春は過ぎて、可憐な桜色の花を咲かせた枝には、深い青葉が光に反射して煌めいている。

 伝馬は手前の桜の木の下で足を止めて、後ろに首を反って仰ぎ見た。この木々が幻想的な桜色に染まっていた光景に目を奪われて、あやうく入学式に遅れるところだったのは、つい三ヶ月ほど前の話。

 ――先生と初めて会った場所だ……

 口元をゆるやかに結ぶ。

 ――俺を捜しに来てくれたんだよな。

 たった数ヶ月前の出来事なのに、何だか懐かしくなって来てしまった。あの日は入学式だというのに、両親が食あたりで寝込み、ややテンパりながら走って学園へ行き、何とか式が始まる時間には間に合ったものの、満開の桜にふらりと足を止めてしまい、捜しに来た一成に怒られるという、まるでマンガのような怒涛(どとう)の展開だった。

 ――俺って馬鹿だったよな。

 マイトレンドワードになった言葉を改めて嚙みしめる。どこの世界に、これから入学式で、しかも遅刻しそうだったのに桜が綺麗だからと見に行く新入生がいるのか。アホだろうと伝馬自身も普通に思う。一成が馬鹿野郎と怒ったのは正しかった。

 ――そんな先生が好きになって、よく考えもしないで告白して……

 うん、と伝馬は桜の木に向かって小首をかしげる。今思い出してみると、全部がおかしい。圭が駄目出ししたのもよくわかる。

 ――先生がストレートパンチをするわけだ。

 手で頬をさする。あの時は痛くて、どうしてこんな目に遭わなければならないのかと怒りでいっぱいだったが、その後よくよく反省した。自分が無鉄砲過ぎたのだ。

 ――先生、俺、頑張ります。

 目の前の桜の木をまっすぐに見上げる。枝がいくつもしなやかに伸びて、豊かに繁る葉が風にそよぐ。隣の木も、そのまた隣の木も、風の流れのままに葉を揺らしている。その音はとても心地よさげで、自分の心も湧き立ってくる。

 ――先生に好きな人がいたとしても、俺はもう一度先生に告白するんだ。

 よし、と伝馬は片手でガッツポーズをして、昇降口へ戻ろうとした。

 だが、その昇降口の方からこちらへ向かって来る人影に気づき、足を止めた。

 ――副島先生かな?

 入学式のことがあったので、つい頭をよぎったが、そんなわけがないと苦笑いした。たぶん、別の教師か生徒だろう。自分と同じように、外の空気を吸いにきたのかもしれない。

 そんなことを思っていると、人影はゆっくりとした足取りで伝馬へ近づいてきた。伝馬は体育館へ戻るつもりだったが、その人物の顔がわかると、怪訝そうにその場にとどまった。

 それは見知らぬ男性だった。

 伝馬は無意識にペットボトルを強く握る。近づいてきたのは、いたく目鼻立ちの整った長身の男性だった。一目見て外国人だとわかった。

 ――誰だろう……

 伝馬は少し身構えるように顎を引く。

 男性は伝馬の顔がはっきりとわかる位置まで来て、優雅に足を止めた。まるでそこに見えない境界線が引かれていて、それ以上進むつもりはないとでもいうかのように、よどみなく立ち止まって、伝馬を見つめた。どこか興味深そうに。

 伝馬も若者特有の遠慮のなさで、相手の男性をまじまじと見つめ返す。すらりとした品のある男性だった。スーツ姿だが、全体の雰囲気が映画のスクリーンから抜け出てきたかのように華やかで、薄く澄んだグリーンの瞳が印象的である。その眼差しが自分へ向けられていることに、伝馬は不思議な感じを覚えた。

 ――知らない人、だよな。

 小さく息を呑んだ。今まで会ったこともない外国の男性に見つめられて、なんだか気恥ずかしくなってきた。

 ――俺に……用があるのかな。

 ただ眺められているので、こちらから声をかけるべきか戸惑う。自分に用があり、だから自分の側で立ち止まったのだということは、なんとなく伝わってきた。

 伝馬は強く結んでいた口元をゆるめた。あの、と声をかけようとして、固まった。男性が微笑したのだ。とても魅力的に。

「驚かせてしまったようだ」

 男性的な声が、笑みを含む。

 伝馬は思わず口にした。

「大丈夫です」

 言ってから、しまったと後悔した。ナニヲイッテイルンダオレハ……確かにびっくりはしたが、それ以上に男性そのものに目を奪われていた。

 男性はふふっと謎めいた笑みを口元にのせた。

「ユニークな子だ」

 伝馬は自分の顔がぱぱっと赤くなるのがわかった。ナニガダイジョウブナンダオレハ……自分で口にしておいてツッコミを入れたくなったが、その時になって、男性が話しているのが日本語で、しかも発音も日本人並みに正確であることに気がついた。

「ここで君は何をしているんだ」

 男性はごく日常的な会話のように口にする。伝馬も違和感などなく自然に返した。

「あの、桜の木を見に来ました」

 もう花は咲いてはいないが、それでも桜の木だ。男性が軽く桜の木へ目線を投げたので、伝馬は少し熱を込めてつけ加えた。

「また来年も、桜の花を咲かせて欲しいと思ったんです」

 そうだ、と胸が躍る。来年も咲いて、先生と一緒に見られたら……

「なるほど」

 男性の神秘的な色合いの瞳が、深い思考に(ふち)()られる。

「やはりユニークな子だ。一成が気に入るはずだ」

 独り言のように呟いた。