男子校的教師と生徒の恋愛事情

 ――深水先生もそれを感じていたはずだ。

 自分の異質さを。

 一成は硬い椅子の背に体重を預けて、物憂げに目を細める。どうして教師をしていたのだろう。なぜ教師になったのだろう。榮に尋ねたことがある。しかし榮は含んで笑っただけだった。

 ――非日常だったな……

 一番しっくりとくる言葉だ。榮はまさに「非日常」だった。

 ――だから俺は……のめり込んだ……

 小さく頭を振る。過去の話ではない。それは現在も進行中だ。

 手で胃の辺りを押さえた。自分の気持ちに、自身が反発している――わかっているだろう? いや、しかし――不毛な押し問答が続いている。

 ――俺はどうしたいんだ。

 職員室の壁時計を睨む。九時四十五分だ。

 その時、職員室のドアがそろそろと開いて、ひょこっと顔が覗いた。

「ここにいたのか、一成」

 七生である。

「どうした」

 七生は司書だが、他の教員と同様に体育祭のサポートに回ることになっている。

「いや、どうもしないけれどさ」

 七生は室内を見回しながら入ってきて、一成のそばに寄る。

「俺はこれからバレーの試合の補助に入るんだ。一成は深水先生を待っているんだろう?」
「ああ。あともう少しで到着時間になる。そろそろ正面玄関に行こうと思っていた」

 七生は確認するように壁時計を見て、すぐに一成に視線を落とす。

「ねえ、一成。大丈夫か?」
「……何が?」

 一拍置いて、一成は顔も上げずに聞き返す。声がややかすれている。七生が自分と先生の関係を知っているはずがない――が。

「いやだって、顔色が悪いからさ」

 七生は心配そうに表情を曇らせる。

「一成は深水先生に懐いていたから、会えるのは嬉しいだろうけれど。具合が悪いなら、俺が代わろうか?」

 何も含むことのない純粋な労わる言葉に、一成は目だけ伏せた。疑った自分が恥ずかしかった。七生は優しいのだ。昔も、今も。

「いや、大丈夫だ」

 目を上げて、七生に口元で明るく笑む。

「俺も緊張しているんだ。深水先生に会うのは久しぶりだからな。俺も先生と同じ教師になったし……何て言われるのか、ドキドキしている」

 言いながら、口の中が乾いていく。嘘をつくのも、社会人としての立派な責務の一つなのだと――少なくとも、自分にとっては。

「そうか、なら、いいんだけれど」

 七生は疑いもしないで、素直に信じてくれる。その分、重たいしこりのような罪悪感が、一成の胸になだれ落ちた。

「心配かけたな、七生。すまん」
「別にいいんだよ。俺たち友人なんだから」

 七生は照れ隠しのように右手をひらひらと振り、

「それじゃ、俺も行くよ。平等に応援するつもりだけれど、一成のクラスはこっそり増し増しで応援する。あの子もバレーをやるみたいだし」
「あの子?」

 思わず声が出た。

「あの子って?」
「ほら、俺と本で盛り上がった子だよ。鷹羽君だ。前に話しただろう?」
「あ……ああ、鷹羽か」

 一成は促されるままに記憶をめぐらす。確か図書室だったかなと光景が甦る。七生がカクテルを飲みながら空を飛びたいとか何とか言っていたような気が。

「鷹羽君は本当に本好きでさ。色々なジャンルの本を借りていくんだ。俺とも本の話をしてくれて。すごく楽しいよ、俺はね。鷹羽君はオタクな俺にうんざりしているかもしれないけれど」

 と、自分でツッコミを入れながらも、色男はとてもにこにこしている。相当嬉しいんだなと、一成もつられて頬がゆるむ。

「鷹羽は口数が少ないから、七生と会話しているのは楽しいんだと思うぞ。少なくとも、うんざりはしていないと思う」
「そうかな?」

 七生は自信なさげに小首をかしげるが、一成は大丈夫というように頷く。担任から見ても、遼亜は義務感やお愛想でお喋りする生徒ではない。

 ――それにしても、鷹羽はそんなに本好きだったのか。

 前にも七生がそれらしいことを言っていたので、普通に読書をするくらいの認識だったが、今の言葉を聞けば、がっつりと借りまくっているようだ。教室で本を読んでいる姿を一度も目撃したことはないが、おそらく家に帰ってから読んでいるのだろう。成績は良く、部活はバスケ部、そして読書家。学園の文武両道の精神を文字通り地て行っていて、一成は感心した。今どきの高校生にしては、ずっと図書室で本を借りて読んでいるということも、意外だった。

 七生はもう一度壁時計を見た。

「じゃあ、そろそろ俺は行くよ。一成も無理しないで」
「七生もな」

 互いに手を挙げて、七生は職員室を出て行った。

 一成も壁時計に視線を投げる。あと五分くらいで十時だ。

 重たい息を吐いて、腰を持ち上げた。七生と喋って、いくぶん気分が落ち着いた。

「……図書室か」

 自分が榮と出会ったのも図書室だった。七生と遼亜のような感じではなかったが、榮も自分のことを親しげに「あの子」と口にした時があったのだろうか。

「俺も行くか」

 一成は首を振った。馬鹿なことを考える暇があったら、今から始まる現実を見据えなければならない。

 ――あの子、か。

 なぜか、一成の脳裏に浮かんだのは、まっすぐな目をする伝馬だった。



「俺たちってすごいねー。一度も練習していないのに勝てたよ」

 水瀬はちっともすごくなさそうに感想を言って、ワンタッチ式ステンレスボトルに口をつける。その隣にいた伝馬も持参したマイボトルで水を飲みながら、チームメイトと一緒に体育館の隅で床に座り、ひと息ついている。

 バレーの第一試合が終わって、一年三組は四組に二対〇で勝った。ほぼ圧勝だった。