体育館はすでに冷房が効いていて、バレーの試合をするには絶好のコンディションになっている。
水瀬がみんなにバレーのルールの説明をしている間にも、他のクラスのメンバーがぞくぞくと体育館に集まってくる。試合は一学年から始まるが、二年生や三年生の姿もちらほら見える。
――あ、上戸先輩だ。
伝馬は体育館の舞台ステージの脇にいる麻樹に気づく。白い半袖Tシャツにネイビーのトレパン姿で、片手にバレーボールを抱えている。その隣にいるのは、麻樹と同じく運動着姿の宇佐美だ。
――先輩たちもバレーをやるんだ。
その試合を見てみたいなと、ちょっとした好奇心がぽこっと湧く。麻樹と宇佐美は肩を並べて、顔を向けあっている。何か話し合っているようで、麻樹がニヤニヤしている。宇佐美のバカでかボイスは聞こえてこないので、伝馬は先程の選手宣誓を思い出し、ホッと胸を撫で下ろした。
「上戸との会話は、いまだに緊張するのだ」
以前に、どうしてそんなに声がデカくなるのか不思議だったので尋ねたら、宇佐美は悩ましげに唸った。
「三年目だが馴れん。俺がこれほど可憐な奴だとは知らなかった」
「……はあ」
「桐枝も、副島先生と会話する時に緊張はしないのか?」
「――します」
けれど、と伝馬は言葉を呑み込んだ。宇佐美の場合は少し次元が違うような気がする。だいたい麻樹以外でもハイパーになっている。
「うむ、確かにそうだ。なぜなら俺は、声が盛り上がらないと、相手と会話を続ける情熱が湧かないのだ!」
宇佐美はきっぱりと言い切る。その底抜けの自己肯定感の高さに、伝馬は内心ポカンとしながらも曖昧に頷いた。なんだかよくわからないが、宇佐美なので深く考えないことにした。
「――上戸と毎日会って会話が出来るのも、今年で終わりだな」
その後で、ふいに洩らした寂しげなため息が、伝馬の耳に残った。
――蘭堂先輩は、どうするんだろう。
伝馬は視線で二人を追う。自分は両道会で優勝したら、先生にもう一度告白するつもりである。そのことを宇佐美にはまだ話していない。
――余計なお世話だと思うけれど。上戸先輩と会えなくなるのなら、俺だったら……
視界に入る二人は、ステージの縁を歩きながら楽しそうだ。と思ったら、麻樹がまた宇佐美に何事か詰め寄り、バレーボールをぽいっと投げる。宇佐美が手のひらの上でひょいとそのボールをキャッチして、麻樹を振り返り、破顔した。
――いい雰囲気だよな。俺も先生とあんな風に……
「――桐枝、どこ見ているの?」
その声で、伝馬は我に返って、慌てて視線を逸らす。目の前では、困惑気な水瀬とクラスメートたちが伝馬を見つめている。
「ごめん。でも聞いていたから」
半分くらいしか水瀬の話を聞いていなかったが、大体のルールはわかった。
「いや、いいんだけど。桐枝は午後から両道会に出なきゃいけないから、オレたちでカバーするから」
水瀬は慎重に伝馬の様子をうかがう。
「大丈夫、そんな気を使わなくていいって」
そういえば自分のことを心配してくれていたと伝馬は思い出し、なるべく普段通りに言う。
「バレーも両道会も、ちゃんとやれる。御子柴は心配し過ぎだって」
「そう? じゃあ、俺もちょっとウザいかなと思ったから、ここで終わりにする」
水瀬はすぐに話題を切り替えて、五人のクラスメートを見回す。
「ま、あまり無理しないで、頑張れるところまで頑張ろう。俺たち練習もしていないし。負けても、体育祭は卒業まであと二回あるから。そのうち勝てるって」
水瀬のマイペースなメンタルが出ているような言葉に、伝馬は表情を和ませる。他のメンバーも笑い出した。
「なんか、いいな、こういうの」
伝馬は隣にいるクラスメートを振り向く。伝馬と文武両道会のクラス代表を競った遼亜が、珍しく口をひらいた。
「こういうゆるい感じで始まって、だんだんと熱中していくのが楽しいんだよな」
あまり同級生と会話しているのを見たことがなく、無口系だと思っていた遼亜が喋ったのにはややびっくりしたが、遼亜が自分にちらっと視線を投げたので、「あ、そうだな」と伝馬も返した。
「それじゃ、鷹羽の言う感じで、ゆるく始めようか」
水瀬は近くにあった四角いボールカゴから白いバレーボールを一つ取ると、五人に輪になるよう指示する。
「試合の前に、軽くウォーミングアップね」
そう言って、両手を上げてトスをする。遼亜が同じ態勢でボールをパスし、それを受けてバレー部所属のメンバーが両腕を構えてレシーブをする。
そうやって、六人でボールを回し始めた。
一成は職員室で所在なさげに自分の席に座っていた。
他の教員たちは全員、体育祭のため出払っている。一成は榮の接待を任されたため、体育祭関連の業務は免除された。
――俺も生徒たちの試合を見たかったのに。
すでに壁時計の針は九時を回っている。二つの体育館で、体育祭は始まっている。
――深水先生が到着するのは十時頃か。
冴人から時間厳守をきつく言い渡されている。出迎えの場所は、来客用の正面玄関だ。
一成は何度目かのため息をついて、誰もいない職員室に視線を巡らす。窓から入る日の光が暑さを含ませて、物音一つしない隔絶された空間を浮かび上がらせる。
――先生も、ここにいたんだな。
物がやたらと多い雑多な職員室。今になって、榮には似合わない場所だったと思える。
――似合わないというより、場違いな感じだ。
職員室という日常そのものが、榮にはひどくそぐわない。たとえれば、色違いの同じ花が咲いている中で、色も形も大きさも咲き方も全てが違う。どうしてここで咲いたのかがわからない。そんな異質感。
水瀬がみんなにバレーのルールの説明をしている間にも、他のクラスのメンバーがぞくぞくと体育館に集まってくる。試合は一学年から始まるが、二年生や三年生の姿もちらほら見える。
――あ、上戸先輩だ。
伝馬は体育館の舞台ステージの脇にいる麻樹に気づく。白い半袖Tシャツにネイビーのトレパン姿で、片手にバレーボールを抱えている。その隣にいるのは、麻樹と同じく運動着姿の宇佐美だ。
――先輩たちもバレーをやるんだ。
その試合を見てみたいなと、ちょっとした好奇心がぽこっと湧く。麻樹と宇佐美は肩を並べて、顔を向けあっている。何か話し合っているようで、麻樹がニヤニヤしている。宇佐美のバカでかボイスは聞こえてこないので、伝馬は先程の選手宣誓を思い出し、ホッと胸を撫で下ろした。
「上戸との会話は、いまだに緊張するのだ」
以前に、どうしてそんなに声がデカくなるのか不思議だったので尋ねたら、宇佐美は悩ましげに唸った。
「三年目だが馴れん。俺がこれほど可憐な奴だとは知らなかった」
「……はあ」
「桐枝も、副島先生と会話する時に緊張はしないのか?」
「――します」
けれど、と伝馬は言葉を呑み込んだ。宇佐美の場合は少し次元が違うような気がする。だいたい麻樹以外でもハイパーになっている。
「うむ、確かにそうだ。なぜなら俺は、声が盛り上がらないと、相手と会話を続ける情熱が湧かないのだ!」
宇佐美はきっぱりと言い切る。その底抜けの自己肯定感の高さに、伝馬は内心ポカンとしながらも曖昧に頷いた。なんだかよくわからないが、宇佐美なので深く考えないことにした。
「――上戸と毎日会って会話が出来るのも、今年で終わりだな」
その後で、ふいに洩らした寂しげなため息が、伝馬の耳に残った。
――蘭堂先輩は、どうするんだろう。
伝馬は視線で二人を追う。自分は両道会で優勝したら、先生にもう一度告白するつもりである。そのことを宇佐美にはまだ話していない。
――余計なお世話だと思うけれど。上戸先輩と会えなくなるのなら、俺だったら……
視界に入る二人は、ステージの縁を歩きながら楽しそうだ。と思ったら、麻樹がまた宇佐美に何事か詰め寄り、バレーボールをぽいっと投げる。宇佐美が手のひらの上でひょいとそのボールをキャッチして、麻樹を振り返り、破顔した。
――いい雰囲気だよな。俺も先生とあんな風に……
「――桐枝、どこ見ているの?」
その声で、伝馬は我に返って、慌てて視線を逸らす。目の前では、困惑気な水瀬とクラスメートたちが伝馬を見つめている。
「ごめん。でも聞いていたから」
半分くらいしか水瀬の話を聞いていなかったが、大体のルールはわかった。
「いや、いいんだけど。桐枝は午後から両道会に出なきゃいけないから、オレたちでカバーするから」
水瀬は慎重に伝馬の様子をうかがう。
「大丈夫、そんな気を使わなくていいって」
そういえば自分のことを心配してくれていたと伝馬は思い出し、なるべく普段通りに言う。
「バレーも両道会も、ちゃんとやれる。御子柴は心配し過ぎだって」
「そう? じゃあ、俺もちょっとウザいかなと思ったから、ここで終わりにする」
水瀬はすぐに話題を切り替えて、五人のクラスメートを見回す。
「ま、あまり無理しないで、頑張れるところまで頑張ろう。俺たち練習もしていないし。負けても、体育祭は卒業まであと二回あるから。そのうち勝てるって」
水瀬のマイペースなメンタルが出ているような言葉に、伝馬は表情を和ませる。他のメンバーも笑い出した。
「なんか、いいな、こういうの」
伝馬は隣にいるクラスメートを振り向く。伝馬と文武両道会のクラス代表を競った遼亜が、珍しく口をひらいた。
「こういうゆるい感じで始まって、だんだんと熱中していくのが楽しいんだよな」
あまり同級生と会話しているのを見たことがなく、無口系だと思っていた遼亜が喋ったのにはややびっくりしたが、遼亜が自分にちらっと視線を投げたので、「あ、そうだな」と伝馬も返した。
「それじゃ、鷹羽の言う感じで、ゆるく始めようか」
水瀬は近くにあった四角いボールカゴから白いバレーボールを一つ取ると、五人に輪になるよう指示する。
「試合の前に、軽くウォーミングアップね」
そう言って、両手を上げてトスをする。遼亜が同じ態勢でボールをパスし、それを受けてバレー部所属のメンバーが両腕を構えてレシーブをする。
そうやって、六人でボールを回し始めた。
一成は職員室で所在なさげに自分の席に座っていた。
他の教員たちは全員、体育祭のため出払っている。一成は榮の接待を任されたため、体育祭関連の業務は免除された。
――俺も生徒たちの試合を見たかったのに。
すでに壁時計の針は九時を回っている。二つの体育館で、体育祭は始まっている。
――深水先生が到着するのは十時頃か。
冴人から時間厳守をきつく言い渡されている。出迎えの場所は、来客用の正面玄関だ。
一成は何度目かのため息をついて、誰もいない職員室に視線を巡らす。窓から入る日の光が暑さを含ませて、物音一つしない隔絶された空間を浮かび上がらせる。
――先生も、ここにいたんだな。
物がやたらと多い雑多な職員室。今になって、榮には似合わない場所だったと思える。
――似合わないというより、場違いな感じだ。
職員室という日常そのものが、榮にはひどくそぐわない。たとえれば、色違いの同じ花が咲いている中で、色も形も大きさも咲き方も全てが違う。どうしてここで咲いたのかがわからない。そんな異質感。


