「上戸にも俺のように想って欲しいと思う。だが、今の関係を壊したくもない」
「……無二の親友、ですか?」
「そうだ。上戸と肩を並べられるおまじないだ」
宇佐美の大きな目がくるりと笑う。
「そのおなじないを唱えていれば、上戸も俺をうるさく思いながらも、変に感じはしないだろう」
あ、そういうことかと伝馬はやっとで腑に落ちた。二言目には連呼しているなあとは思っていたが、そんな切ない理由だったとは。
――蘭堂先輩って、健気なんだ……
というか、宇佐美らしい健気さだなとかなんとか。――上戸先輩がどう感じているかはわからないけれど――と、伝馬は、あっと口を開けた。ある疑問の答え合わせが頭の上から降ってきた。
「蘭堂先輩、もしかして」
「なんだ」
宇佐美は面白そうに表情を転がす。
伝馬は初めて目撃した麻樹と宇佐美のやり取りを思い出しながら、ちょっとわけがわからなかった部分を思い切って口に出した。
「彼女ができたとか、彼女に振られたとか、あれ、全部嘘ですよね」
すると宇佐美はあっさりと肯定した。
「そうだ。だが生憎、上戸は何とも思わないらしい。残念だ」
うーんと腕を組みながら、両目を閉じる。どうすればよいのか、皆目見当がつかないと言いたげだ。
伝馬も別の意味でうーんとなった。麻樹に動揺して欲しくて彼女云々の話をしていたということに、まずクエスチョンマークがつく。麻樹が何も感じていないのは、先程の言動からも明らかだ。
ーー蘭堂先輩は、とにかく自分を振り向いて欲しいんだ。
だから嘘を言いまくっているが、肝心の麻樹には気持ちが届いていない。健気だなあとしみじみする半面、はたと自分のことを考えた。
――俺も先輩のこと言えないけれど。
でもでも。伝馬は閃いたというように顔を輝かせる。むちゃくちゃかもしれないが、自分に彼女ができたと先生に言えば、もしかして、もしかしてな展開になるかな。
「ならん!! やめておけ!!」
宇佐美にびっくりマーク二重付きで全否定されて、期待は沼に沈んだ。
「俺も大概だが、桐枝はまた立場が違う相手だ。変な行動はよせ」
「ーーそうですね」
「拗ねるな」
宇佐美は組んでいた腕を外し、伝馬の右肩にがっつりと手を置く。
「桐枝のよいところは、真っ直ぐなことだ」
伝馬は右肩に宇佐美の熱を感じながら、真剣な声に聞き入る。
「真っ直ぐに行け。いいか、真っ直ぐだ」
忘れるなと言い添えた宇佐美の目は、思わず後ずさりしそうなほどの迫力があった。
――わかりました、蘭堂先輩。
静かな教室で、クラスメイトが教科書の小説を朗読している中、伝馬は肝に銘じる。あの後、宇佐美は体育祭での文武両道会の一学年で優勝するよう激を飛ばした。
――圭と同じことを言っていたな。
優勝して、一成に印象づける。
自分という存在を、強くアピールする。
よし、と伝馬はやる気がみなぎってきて、授業に集中する。文武両道会の文の競技は、なんと中間考査の点数で勝敗が決まるという。頑張って満点を取れば、それだけ優勝に一歩でも二歩でも近づくことができる。
「ここ、テストに出るから。復習しといて」
国語教師が全員に優しく伝えてくれた箇所を白い罫線ノートに書き込みながら、伝馬の中である想いに火がつく。
――真っ直ぐに。
黒いシャープペンをグッと握って、グググっと書いていく。芯が折れないよう気をつけるが、ノートの字面は刻み込まれたかのように筆圧が強い。
――馬鹿みたいに悩んでいるのは俺らしくない。
最初からそうすればよかったと思う。だって自分は猪突猛進なんだから。って、圭も言っていたし。
――先生にお願いしに行こう。
俺を励まして下さいって。
伝馬の眼差しが熱くなった。
ようやくテスト問題を作り終えて、一成はくたびれた椅子の上で両腕を伸ばした。予想外に時間がかかった。色々とやることは多いが、中間考査の問題作成は最優先事項だ。一成も他の業務を後回しにして集中していたが、出来上がるのがいつもより遅くなってしまった。
――俺の気持ちの問題だな。
椅子から立ち上がり、一人相談室の窓の前に佇み、疲れた肩を動かす。骨が雄叫びを上げているように鳴って、深いため息をついた。
――駄目だな、本当に……
集中力が欠けているというか、雑念に捕らわれているというか。
ほんの拳一つ分だけ窓を横に開けた。春の心地よい風が顔に当たったが、微妙になまぬるい。今年も暑すぎる夏がやってきそうだ。
ーー体育祭は例年通り、室内だな。
ここ数年、熱中症対策として冷房の効いた体育館で全競技が行なわれている。もちろん、副島理事長命令だ。尊大極まりない冴人だが、根性論という単語は人生に存在しないので、夏の暑さが厳しくなると、即決で冷房のある体育館での開催に変更させた。
ーー叔父貴のいいところだな。
甥の自分には冷たいがと、一成はチベスナ顔になる。叔父に嫌われていても、別に人生に支障はない。母親と結婚した父親への怒りの矛先が自分へも向けられているだけだ――大人になって一成も理解した。つまり、八つ当たりである。
――どうしてあんなにシスコンなんだ?
理解しがたいように頭を振る。冴人から「お姉様」と呼ばれている母親は、子供である一成から見ても、どうすれば「お姉様」になるのか皆目わからない。いや、詐欺だろうとツッコミ満載のレベルである。しかしわざわざそれを冴人に言うのもアホらしい。叔父貴にとっては「大切なお姉様」ならそれで幸せなのだろうと、一成は大人の事情で達観している。
「……ったく」
そんな冴人から呼び出しを喰らったのは、数日前である。
「……無二の親友、ですか?」
「そうだ。上戸と肩を並べられるおまじないだ」
宇佐美の大きな目がくるりと笑う。
「そのおなじないを唱えていれば、上戸も俺をうるさく思いながらも、変に感じはしないだろう」
あ、そういうことかと伝馬はやっとで腑に落ちた。二言目には連呼しているなあとは思っていたが、そんな切ない理由だったとは。
――蘭堂先輩って、健気なんだ……
というか、宇佐美らしい健気さだなとかなんとか。――上戸先輩がどう感じているかはわからないけれど――と、伝馬は、あっと口を開けた。ある疑問の答え合わせが頭の上から降ってきた。
「蘭堂先輩、もしかして」
「なんだ」
宇佐美は面白そうに表情を転がす。
伝馬は初めて目撃した麻樹と宇佐美のやり取りを思い出しながら、ちょっとわけがわからなかった部分を思い切って口に出した。
「彼女ができたとか、彼女に振られたとか、あれ、全部嘘ですよね」
すると宇佐美はあっさりと肯定した。
「そうだ。だが生憎、上戸は何とも思わないらしい。残念だ」
うーんと腕を組みながら、両目を閉じる。どうすればよいのか、皆目見当がつかないと言いたげだ。
伝馬も別の意味でうーんとなった。麻樹に動揺して欲しくて彼女云々の話をしていたということに、まずクエスチョンマークがつく。麻樹が何も感じていないのは、先程の言動からも明らかだ。
ーー蘭堂先輩は、とにかく自分を振り向いて欲しいんだ。
だから嘘を言いまくっているが、肝心の麻樹には気持ちが届いていない。健気だなあとしみじみする半面、はたと自分のことを考えた。
――俺も先輩のこと言えないけれど。
でもでも。伝馬は閃いたというように顔を輝かせる。むちゃくちゃかもしれないが、自分に彼女ができたと先生に言えば、もしかして、もしかしてな展開になるかな。
「ならん!! やめておけ!!」
宇佐美にびっくりマーク二重付きで全否定されて、期待は沼に沈んだ。
「俺も大概だが、桐枝はまた立場が違う相手だ。変な行動はよせ」
「ーーそうですね」
「拗ねるな」
宇佐美は組んでいた腕を外し、伝馬の右肩にがっつりと手を置く。
「桐枝のよいところは、真っ直ぐなことだ」
伝馬は右肩に宇佐美の熱を感じながら、真剣な声に聞き入る。
「真っ直ぐに行け。いいか、真っ直ぐだ」
忘れるなと言い添えた宇佐美の目は、思わず後ずさりしそうなほどの迫力があった。
――わかりました、蘭堂先輩。
静かな教室で、クラスメイトが教科書の小説を朗読している中、伝馬は肝に銘じる。あの後、宇佐美は体育祭での文武両道会の一学年で優勝するよう激を飛ばした。
――圭と同じことを言っていたな。
優勝して、一成に印象づける。
自分という存在を、強くアピールする。
よし、と伝馬はやる気がみなぎってきて、授業に集中する。文武両道会の文の競技は、なんと中間考査の点数で勝敗が決まるという。頑張って満点を取れば、それだけ優勝に一歩でも二歩でも近づくことができる。
「ここ、テストに出るから。復習しといて」
国語教師が全員に優しく伝えてくれた箇所を白い罫線ノートに書き込みながら、伝馬の中である想いに火がつく。
――真っ直ぐに。
黒いシャープペンをグッと握って、グググっと書いていく。芯が折れないよう気をつけるが、ノートの字面は刻み込まれたかのように筆圧が強い。
――馬鹿みたいに悩んでいるのは俺らしくない。
最初からそうすればよかったと思う。だって自分は猪突猛進なんだから。って、圭も言っていたし。
――先生にお願いしに行こう。
俺を励まして下さいって。
伝馬の眼差しが熱くなった。
ようやくテスト問題を作り終えて、一成はくたびれた椅子の上で両腕を伸ばした。予想外に時間がかかった。色々とやることは多いが、中間考査の問題作成は最優先事項だ。一成も他の業務を後回しにして集中していたが、出来上がるのがいつもより遅くなってしまった。
――俺の気持ちの問題だな。
椅子から立ち上がり、一人相談室の窓の前に佇み、疲れた肩を動かす。骨が雄叫びを上げているように鳴って、深いため息をついた。
――駄目だな、本当に……
集中力が欠けているというか、雑念に捕らわれているというか。
ほんの拳一つ分だけ窓を横に開けた。春の心地よい風が顔に当たったが、微妙になまぬるい。今年も暑すぎる夏がやってきそうだ。
ーー体育祭は例年通り、室内だな。
ここ数年、熱中症対策として冷房の効いた体育館で全競技が行なわれている。もちろん、副島理事長命令だ。尊大極まりない冴人だが、根性論という単語は人生に存在しないので、夏の暑さが厳しくなると、即決で冷房のある体育館での開催に変更させた。
ーー叔父貴のいいところだな。
甥の自分には冷たいがと、一成はチベスナ顔になる。叔父に嫌われていても、別に人生に支障はない。母親と結婚した父親への怒りの矛先が自分へも向けられているだけだ――大人になって一成も理解した。つまり、八つ当たりである。
――どうしてあんなにシスコンなんだ?
理解しがたいように頭を振る。冴人から「お姉様」と呼ばれている母親は、子供である一成から見ても、どうすれば「お姉様」になるのか皆目わからない。いや、詐欺だろうとツッコミ満載のレベルである。しかしわざわざそれを冴人に言うのもアホらしい。叔父貴にとっては「大切なお姉様」ならそれで幸せなのだろうと、一成は大人の事情で達観している。
「……ったく」
そんな冴人から呼び出しを喰らったのは、数日前である。



