ちらっと隣の宇佐美を盗み見る。宇佐美は口元をきっちりと結んで前を向いている。大柄な体格なので、白い空手着を着て両腕を組んでいると本当に貫禄がある。だがその横顔は別に感情的にはなっていない。伝馬はこの時になって、あることに気がついた。あれ、この先輩……

「あの、優しいと感じたのは、上戸先輩から俺たち一年生に挨拶してくれたり、困ったことがあると、すぐに声をかけてくれたりして……あと一人一人をちゃんと見てくれているというか。そういうところが優しいなと思いました……あ、それに、先輩は聞きやすいです」

 部活での麻樹とのやり取りを思い浮かべて言葉に出しながら、だから俺も副島先生のことを聞いてしまったんだとしみじみ理解した。これが他の先輩だったら聞こうともしなかったと、一人納得する。

「うむ、聞きやすいのか」

 宇佐美は引き締まった頬をゆるめた。嬉しそうである。

「上戸は、そういう男だ。()い男だ」

 伝馬は無言で同意しながら、宇佐美を再度見る。頭が丸坊主で身体も声もデカく、突拍子もない行動に強く印象を持っていかれていたが、隣同士で座って普通に会話していると、顔やスタイルにも注目がいく。最初は緊張していて気がつかなかった伝馬は、内心驚いた。

 ――かっこいい先輩だったんだ。

 いわゆる、イケメン系である。海坊主のようなヘアスタイルと、台風なみの声量がディープインパクト過ぎて、大体は顔立ちまで到達する前に回れ右してしまうのでわからない。そういう関門(かんもん)を乗り越えると、宇佐美が実は男前で顔が良いという、ビックリマークが三重になるくらいの新事実が待っていた。

 どうして丸坊主にしているんだろうと、伝馬は自然に思った。空手部は髪型を強制してはいない。それは剣道部も一緒なので、本人の自由意思だ。丸坊主のヘアスタイルは、宇佐美の意思表示ということになる。

 伝馬はやや上目遣いで天井の壁を見ながら、脳裏に一成を浮かべた。伝馬にとって一番かっこいいのは、やはり一成である。

 ――先生が丸坊主だったら……

 はたして、自分はこんなに先生に()かれただろうかと考えて、しょうもない想像に肩をすくめた。いや、惹かれただろうな、きっと。

「桐枝」

 はい、と伝馬はすぐに振り向く。

 宇佐美が腕を組んだまま、ひょいと顔だけを傾けていた。

「桐枝は、上戸に恋をしたのか」

 伝馬の目を微動だにせずに見つめてくる。

「……」

 ああ、そういうことか……なんとなくだが察した伝馬は、一呼吸してはっきりと伝えた。

「上戸先輩に恋をしてはいません」

 勘違いされたら先輩に迷惑がかかると、伝馬は続ける。

「俺は他に好きな人がいて……そのことで上戸先輩に相談したんです」

 特別に親しいわけではない先輩相手に打ち明けるのは中々勇気がいるが、伝馬は誤解させないようにという気持ちが強かった。

「うむ」

 宇佐美は顎を引いた。伝馬を映す男らしい目は晴れやかに笑う。

「桐枝」
「はい」
「お前は正直でまっすぐだ。上戸のことを考えて話してくれたのだな」

 楽しそうに豪快な肩を揺らす。

「やはりお前が気に入った。言っておくが、上戸はお前の相談事を一言たりとも俺に話してはいない。ただ、たいそう気に掛けていた」
「はい」

 剣道部主将がぺらぺらお喋りする人だとは、毛ほども思ってはいない。

「俺は上戸先輩を信頼しています」

 うむと、宇佐美は重々しく相槌を打って、大きな背中をピンとした。

「桐枝は正直に話してくれた。ゆえに、俺も公平にいく。俺は上戸が好きだ」

 剛速球なカミングアウトだった。

 伝馬はぐっと背筋を伸ばして、膝上に両手をつく。ああ、やっぱりと思ったが、半面躊躇(ちゅうちょ)なく告げられたことにびっくりした。

「あの……」

 俺にそんな大事なことを話してもいいのだろうかと落ち着かなくなったが、宇佐美は顎を上げた。

「全く、問題ない!!!」

 いい感じで語らっていた更衣室の空気が、一気に崩れる。

「片方だけが大事を告げるというのは俺の(しょう)に合わん!!! 人は互いに公平でなくてはならない!!! 年など関係なーし!!!」

 宇佐美は高らかに吠えまくる。

 伝馬は条件反射で両耳を手で押さえた。また体内スイッチが切り替わったようで、このまま絶叫大会の会話が続いたらどうしようかと本気で考えた。

「そういうことだ、桐枝」

 宇佐美は晴れ晴れとした顔で、両耳を押さえている伝馬を見て笑う。

「だから、お前が上戸の心配をしてくれたことが嬉しい。俺も一番に考えるのは上戸だ。誰よりも大切だからな」

 照れた素振りもなく、むしろ穏やかな目をして喋る姿は、麻樹への深い想いが伝わってきた。

 伝馬はまた膝上に両手をつくと、宇佐美の言葉を反芻(はんすう)する。宇佐美に聞かなくても片想いなのは、麻樹の態度から察せられる。麻樹は宇佐美の気持ちに感づいてもいないだろう。宇佐美はそれをどう思っているのだろうか――

 やっぱり難しいのかと、伝馬は膝上で指を折り曲げる。男と男。友人と友人。教師と生徒……

「お前が落ち込むことはないんだ、桐枝」

 宇佐美は隣でしょげた肩を慰めるように叩く。

「これは俺の気持ちだ。お前はお前の気持ちを第一に考えろ」
「……ああ、はい」

 伝馬は肩を叩かれてちょっと目が覚めたように、後ろに軽く頭を振った。

「俺の気持ちなんですけれど」

 後輩相手にもかかわらず公平にと話してくれた宇佐美へ、伝馬もぶっちゃけることにした。

「俺の好きな相手は、実は」

 副島先生です、と。