伝馬は宇佐美を見上げたまま、無意識に膝上に両手をつき、姿勢を正す。周りの空気が一変したのを肌で感じ取る。
「なぜ、すみませんと言うんだ」
宇佐美はもう一度問いかけた。冷静で感情を抑制した声使い。表情はなく、眉一つ動かさずに、冷え冷えとした目で刺すように伝馬を見つめている。
伝馬は膝上で拳を固く握る。唾を呑み込んで、考えるよりも先に正直に喋った。
「自分はこの間、自分のことで上戸先輩に相談しました。それで先輩を心配させてしまって、申し訳なかったと思っています」
伝馬も宇佐美から視線を逸らさない。一体宇佐美に何が起きたのか。自分へ向ける冷たさに、身体が痺れそうになる。しかし本能がきちんと向き合えと警告している。絶対に目を逸らすな、俯くな。さもないと――
「知っている」
宇佐美は素っ気なく言葉を放り投げる。
「俺が上戸に頼まれて、ドアの前で見張りをしていた。その時の話だな」
「――はい」
脂汗が出てくる。圧が凄い。こんなにも身が縮むくらいに凄みのある先輩だとは思わなかった――
「上戸は、お前をひどく気に掛けていた」
宇佐美は伝馬の目を覗き込んで言う。
「上戸は人が好くて面倒見がいい。お前を心から心配していた」
「……すみませんでした」
伝馬は本心から頭を下げた。なんとなく、宇佐美の態度の原因がわかった。
――俺に怒っているんだ。
上戸先輩のことで。
――上戸先輩、俺のことを気にしてくれていたんだ……
伝馬は両手を拳にして、自分の頭をボコボコに叩きたくなった。俺はどうしてそうなんだろう――後先考えずに、突っ走ってしまう。副島先生にも、上戸先輩にも、迷惑だけかけている。圭にも指摘されていたのに。ああ……
「しかしだ」
何か忍び笑いのような気配が感じられて、伝馬は、え? と頭をあげる。宇佐美からは冷たく刺々しかった表情が綺麗に拭い取られていて、代わりに男前な頬でニヤリと笑っていた。
「上戸の体調が悪くなったのは、桐枝の相談ではない。単に、受験勉強と弟妹の世話で疲れただけだ」
だから、と、宇佐美はずいっと伝馬へ顔を寄せて、含み笑いを浮かべながら告げる。
「桐枝が責任を感じることは、全くない。俺がお前をからかっただけだ。楽しそうだからな」
伝馬は目と鼻の先まで迫ってきた迫力のある顔立ちのお茶目な暴露に、真面目にフリーズする。え? え? え? 状態だ。
「うむ、実に素直で正直で単純明快だ。感心する。上戸も気に入るはずだ」
宇佐美は鳩が豆鉄砲を食ったような伝馬の表情を、しげしげと観察する。
「俺も素直で正直で単純明快な後輩は好きだ。からかいがいがある。可愛がってやりたい」
はあ、と伝馬はクソ真面目に困る。展開の急変に次ぐ急変に、頭も心も追いついていけない。
「しかも、根性もありそうだ。ますますいい」
宇佐美はさらにぬーっと顔を近づける。伝馬は圧に押されるように、ぐっと首を後ろへ反らせた。この先輩、ちょっと近づきすぎじゃないか?
「上戸には、桐枝が心配していたと俺から話しておこう。上戸は喜ぶだろう。他人から気にしてもらえるのは、誰にとっても嬉しいことだ」
うむと、ヤバい距離感を読んだように、宇佐美は伝馬から顔を引く。つられるように、伝馬も首を前に戻す。
「上戸先輩は、本当にありがたいです」
頭の中の思考がまだ蛇行運転しているが、自分のせいで麻樹が体調を崩したわけではないことに、ホッと肩を撫で下ろした。
「優しい先輩がいる剣道部に入って、良かったと思っています」
小学生から剣道を習っていたので、高校生になっても剣道部へ入部するつもりだったが、一成が気になってからは、一成が顧問であるクラブに入部しようと思った。だが、どこの部活の顧問でもなかった。残念無念だったが、初心に帰って、剣道部に入部した。
このクラブを選んでよかったと、伝馬はつくづく感じる。上戸先輩はもとより、他の先輩たちも普通にいい。同学年の部活仲間もいい連中だ。雰囲気も悪くない。顧問の先生が気合いだとしか言わないのは、どうかと思うけれど。あれ、そういえば、颯天が来ないな……
「だから、上戸に相談したのか」
いきなり真横から言われて、伝馬は目を丸くして飛び上がりそうになった。宇佐美の顔面が自分の耳元まで接近している。近い近いと、反対側に曲げられるだけ首を折り曲げる。
「……えーと、そうです」
失礼にならない程度に、若干上半身もあとずさる。この先輩もどういう人なんだろうかと、クエスチョンマークがサンバで踊る。デカ声が止んで、先程から普通に会話している。何かの体内スイッチでもあるんだろうか。以前に麻樹が宇佐美に関して、意味不明なところがあるけれど、いい奴だからとフォローしていたのは、こういうあたりなんだろうかと推測したり。この距離なし接近も意味不明で、ちょっとビビるんですけれど――伝馬はぎこちない態勢を懸命に維持する。
「上戸が優しいから、相談したのか」
宇佐美は伝馬へ屈折させていた大きな上半身を、劇的にまた起こした。ようやく伝馬は息をついて態勢を楽にして、考えるように頷く。
「あ……そうだと思います」
「優しいと感じたのはなぜだ」
宇佐美は間髪を入れずに聞く。
え……伝馬はポカンとなる。何を聞きたいのだろう、この先輩は。まるで取り調べでもしているような感じである。
――俺、何かヤバいことでも言ったかな。
「なぜ、すみませんと言うんだ」
宇佐美はもう一度問いかけた。冷静で感情を抑制した声使い。表情はなく、眉一つ動かさずに、冷え冷えとした目で刺すように伝馬を見つめている。
伝馬は膝上で拳を固く握る。唾を呑み込んで、考えるよりも先に正直に喋った。
「自分はこの間、自分のことで上戸先輩に相談しました。それで先輩を心配させてしまって、申し訳なかったと思っています」
伝馬も宇佐美から視線を逸らさない。一体宇佐美に何が起きたのか。自分へ向ける冷たさに、身体が痺れそうになる。しかし本能がきちんと向き合えと警告している。絶対に目を逸らすな、俯くな。さもないと――
「知っている」
宇佐美は素っ気なく言葉を放り投げる。
「俺が上戸に頼まれて、ドアの前で見張りをしていた。その時の話だな」
「――はい」
脂汗が出てくる。圧が凄い。こんなにも身が縮むくらいに凄みのある先輩だとは思わなかった――
「上戸は、お前をひどく気に掛けていた」
宇佐美は伝馬の目を覗き込んで言う。
「上戸は人が好くて面倒見がいい。お前を心から心配していた」
「……すみませんでした」
伝馬は本心から頭を下げた。なんとなく、宇佐美の態度の原因がわかった。
――俺に怒っているんだ。
上戸先輩のことで。
――上戸先輩、俺のことを気にしてくれていたんだ……
伝馬は両手を拳にして、自分の頭をボコボコに叩きたくなった。俺はどうしてそうなんだろう――後先考えずに、突っ走ってしまう。副島先生にも、上戸先輩にも、迷惑だけかけている。圭にも指摘されていたのに。ああ……
「しかしだ」
何か忍び笑いのような気配が感じられて、伝馬は、え? と頭をあげる。宇佐美からは冷たく刺々しかった表情が綺麗に拭い取られていて、代わりに男前な頬でニヤリと笑っていた。
「上戸の体調が悪くなったのは、桐枝の相談ではない。単に、受験勉強と弟妹の世話で疲れただけだ」
だから、と、宇佐美はずいっと伝馬へ顔を寄せて、含み笑いを浮かべながら告げる。
「桐枝が責任を感じることは、全くない。俺がお前をからかっただけだ。楽しそうだからな」
伝馬は目と鼻の先まで迫ってきた迫力のある顔立ちのお茶目な暴露に、真面目にフリーズする。え? え? え? 状態だ。
「うむ、実に素直で正直で単純明快だ。感心する。上戸も気に入るはずだ」
宇佐美は鳩が豆鉄砲を食ったような伝馬の表情を、しげしげと観察する。
「俺も素直で正直で単純明快な後輩は好きだ。からかいがいがある。可愛がってやりたい」
はあ、と伝馬はクソ真面目に困る。展開の急変に次ぐ急変に、頭も心も追いついていけない。
「しかも、根性もありそうだ。ますますいい」
宇佐美はさらにぬーっと顔を近づける。伝馬は圧に押されるように、ぐっと首を後ろへ反らせた。この先輩、ちょっと近づきすぎじゃないか?
「上戸には、桐枝が心配していたと俺から話しておこう。上戸は喜ぶだろう。他人から気にしてもらえるのは、誰にとっても嬉しいことだ」
うむと、ヤバい距離感を読んだように、宇佐美は伝馬から顔を引く。つられるように、伝馬も首を前に戻す。
「上戸先輩は、本当にありがたいです」
頭の中の思考がまだ蛇行運転しているが、自分のせいで麻樹が体調を崩したわけではないことに、ホッと肩を撫で下ろした。
「優しい先輩がいる剣道部に入って、良かったと思っています」
小学生から剣道を習っていたので、高校生になっても剣道部へ入部するつもりだったが、一成が気になってからは、一成が顧問であるクラブに入部しようと思った。だが、どこの部活の顧問でもなかった。残念無念だったが、初心に帰って、剣道部に入部した。
このクラブを選んでよかったと、伝馬はつくづく感じる。上戸先輩はもとより、他の先輩たちも普通にいい。同学年の部活仲間もいい連中だ。雰囲気も悪くない。顧問の先生が気合いだとしか言わないのは、どうかと思うけれど。あれ、そういえば、颯天が来ないな……
「だから、上戸に相談したのか」
いきなり真横から言われて、伝馬は目を丸くして飛び上がりそうになった。宇佐美の顔面が自分の耳元まで接近している。近い近いと、反対側に曲げられるだけ首を折り曲げる。
「……えーと、そうです」
失礼にならない程度に、若干上半身もあとずさる。この先輩もどういう人なんだろうかと、クエスチョンマークがサンバで踊る。デカ声が止んで、先程から普通に会話している。何かの体内スイッチでもあるんだろうか。以前に麻樹が宇佐美に関して、意味不明なところがあるけれど、いい奴だからとフォローしていたのは、こういうあたりなんだろうかと推測したり。この距離なし接近も意味不明で、ちょっとビビるんですけれど――伝馬はぎこちない態勢を懸命に維持する。
「上戸が優しいから、相談したのか」
宇佐美は伝馬へ屈折させていた大きな上半身を、劇的にまた起こした。ようやく伝馬は息をついて態勢を楽にして、考えるように頷く。
「あ……そうだと思います」
「優しいと感じたのはなぜだ」
宇佐美は間髪を入れずに聞く。
え……伝馬はポカンとなる。何を聞きたいのだろう、この先輩は。まるで取り調べでもしているような感じである。
――俺、何かヤバいことでも言ったかな。



