「僕と理博の日本史の先生だったんだよ!」
伝馬と勇太がシンクロしたように古矢へ顔を向ける。息の合ったビックリように古矢は満足げに続ける。
「今は作家なんだよ! すごいよね理博!」
突然話を振られた理博は算盤で左の手のひらをペタペタと叩きながら「五月蠅い」とごちたが、一年生二人が今度は理博にシンクロ行動したので、道徳的によろしくないと感じたのか算盤がピタリと止まった。
「お前がそんなに盛り上がることじゃない」
今までうるさかった腹いせとばかりに皮肉で古矢をブッ刺すと、自分に注目している二人にはため息で応じた。
「ここの教師だった方だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そんなんじゃわからないだろう理博! 数学教師ならちゃんと方程式みたく教えないと!」
「何だと?」
理博の口の端が吊り上がった。神経過敏そうな目元がひくひくと引き攣り、頭のてっぺんから恐ろしい空気を立ち上がらせると、ゆらりと椅子から腰を上げる。忍耐が厳戒突破したようだ。
「お前たち、もう教室に戻れ」
嵐を察した一成は急いで二人へ両手を振る。
伝馬は不服そうに振り返った。だが一成は厳しい顔をして自分の言う通りにするよう促す。
「行こうよー伝馬。なんかヤバい」
まるで災害の前触れを感知したような口調で勇太は伝馬の背中を叩く。伝馬は教師たちのやり取りを聞きたそうであったが、勇太にも言われたので仕方なさそうに職員室を出て行った。ドアを閉める時にちらっと一成を見たが、一成は気に留めなかった。
「大体お前は五分二十一秒も遅れてきた! 私の人生の五分二十一秒が無駄になった!」
「そんな細かい数字を言っちゃダメだよ! 人生は無駄遣いしなきゃだよ! ね!」
「ね! じゃない! 遅刻を正当化するな! あの催しは大切だとあれ程念押しした私の苦労がお前の五分二十一秒で海の藻屑に!」
「あー! そうそう! 楽しかったね理博!」
と、自分の隣で向かい合って楽しく罵り合っている二人に若干の胸焼けを起こしながら、一成は机の引き出しからプリントの束を取り出した。勇太が忘れた代物である。もう一度氏名と枚数を確認しようと思った。
「お前のパッパラ頭でよく聞け古矢! あの催しはな!」
学年主任がいればさっさと注意指導してくれるだろうと我慢しながら、なるべく集中して作業する。
だがすぐに一成はプリントをめくる手を止めた。嫌でも耳から入ってくる内容に一瞬ぼう然となって、先輩教師の胸座を掴んで問いただしたくなるのをぐっと堪え続けた。
放課後、伝馬は颯天と連れ立って剣道部の道場へ行くと、聞いた覚えのある大声が出迎えた。
「おお!! 一年生たちではないか!! 真面目で感心感心!!」
白い空手着を着た宇佐美である。なぜか仁王立ちで更衣室のドアの前にいる。
「あれ……ここって空手部だっけ?」
颯天は天然にきょろきょろと見回して呟く。すると宇佐美は腰に両手をやって胸を張る。
「剣道部だ!! 間違ってはいないぞ!! 俺も間違ってはいない!!」
廊下中に咆哮が轟く。
颯天はヤバい物体に遭遇したように伝馬の腕を掴んで身を引く。伝馬も立ち往生した恰好で、どうしようかと宇佐美を仰ぎ見る。何でここにいるのかは不明だが、とりあえず中に入らないと部活ができない。
「あの」
と、落ち着いて声をかけた時、後ろから「宇佐美、何をやってんだ!」と複数の足音と共に麻樹たち三年生が現れた。
「待っていたぞ!!」
宇佐美はまるで果し合いでもするかのような口上で吠える。対して麻樹は足早に駆け寄って「アホ!」と応戦した。
「待ってんじゃねーよ! お前めちゃくちゃ邪魔だろうが!」
宇佐美の前で固まっている一年生二人の横に立って手で追い払う仕草をする。
「お前のせいで一年生たちが入れねーだろう」
「うむ!! それはすまなかった!!」
とか言いながら、宇佐美は筋肉が盛り上がった胸の前で両腕をがっしりと組む。
「上戸を待っていた!! 話がある!!」
「わかったから、どけろって」
麻樹は一向に動こうとしない宇佐美を両手で押し出しながら、伝馬と颯天に顎をしゃくる。
「お前ら、早く入れ」
「――はい」
二人は急いで空いた隙間にドアを開けて更衣室に入る。
「聞け!! 上戸!! 先程生徒会の会合があった!! 上戸と俺でやることが決まった!!!」
「はあ?! 何の話だ?!」
「なぜなら!! 俺と上戸は無二の親友だからだ!!!」
「意味わかんねーぞ!!」
先輩ズの会話が派手に飛びかうのを横目に、伝馬は更衣室のドアをびちっと閉めた。
「あー、びっくりした。もうヤバいって」
颯天は怪奇現象にでも遭ったかのようなビビり方をする。
「何なんだよ、あの先輩。ちょーヤバいじゃんか」
「うん、びっくりしたな」
伝馬は相槌を打ちながらも、おかしそうに表情をゆるめる。とても個性的な先輩だが、上戸先輩とは本当に仲が良いのだと感じられた。二人の会話が成り立っていないような会話が、どことなく勇太と自分との会話にダブった。
「桐枝って、ヤバいよな」
颯天が感心した口調でロッカーを開ける。
伝馬は詰襟の上着を脱ぎながら、どの「ヤバい」なのか考える。颯天は全て「ヤバい」の一言を駆使して毎日暮らしている。
「全然、落ち着いているよな。ヤバいよ。俺はもう無理」
「俺だってびっくりしているって。でもあまり顔に出ないんだと思う」
前に勇太や圭に言われたような気がする。伝馬はぼやきたくなる。だから今自分が落ち込んでいるのもわかってもらえない。いや、わかってもらいたいわけではないが。
伝馬と勇太がシンクロしたように古矢へ顔を向ける。息の合ったビックリように古矢は満足げに続ける。
「今は作家なんだよ! すごいよね理博!」
突然話を振られた理博は算盤で左の手のひらをペタペタと叩きながら「五月蠅い」とごちたが、一年生二人が今度は理博にシンクロ行動したので、道徳的によろしくないと感じたのか算盤がピタリと止まった。
「お前がそんなに盛り上がることじゃない」
今までうるさかった腹いせとばかりに皮肉で古矢をブッ刺すと、自分に注目している二人にはため息で応じた。
「ここの教師だった方だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そんなんじゃわからないだろう理博! 数学教師ならちゃんと方程式みたく教えないと!」
「何だと?」
理博の口の端が吊り上がった。神経過敏そうな目元がひくひくと引き攣り、頭のてっぺんから恐ろしい空気を立ち上がらせると、ゆらりと椅子から腰を上げる。忍耐が厳戒突破したようだ。
「お前たち、もう教室に戻れ」
嵐を察した一成は急いで二人へ両手を振る。
伝馬は不服そうに振り返った。だが一成は厳しい顔をして自分の言う通りにするよう促す。
「行こうよー伝馬。なんかヤバい」
まるで災害の前触れを感知したような口調で勇太は伝馬の背中を叩く。伝馬は教師たちのやり取りを聞きたそうであったが、勇太にも言われたので仕方なさそうに職員室を出て行った。ドアを閉める時にちらっと一成を見たが、一成は気に留めなかった。
「大体お前は五分二十一秒も遅れてきた! 私の人生の五分二十一秒が無駄になった!」
「そんな細かい数字を言っちゃダメだよ! 人生は無駄遣いしなきゃだよ! ね!」
「ね! じゃない! 遅刻を正当化するな! あの催しは大切だとあれ程念押しした私の苦労がお前の五分二十一秒で海の藻屑に!」
「あー! そうそう! 楽しかったね理博!」
と、自分の隣で向かい合って楽しく罵り合っている二人に若干の胸焼けを起こしながら、一成は机の引き出しからプリントの束を取り出した。勇太が忘れた代物である。もう一度氏名と枚数を確認しようと思った。
「お前のパッパラ頭でよく聞け古矢! あの催しはな!」
学年主任がいればさっさと注意指導してくれるだろうと我慢しながら、なるべく集中して作業する。
だがすぐに一成はプリントをめくる手を止めた。嫌でも耳から入ってくる内容に一瞬ぼう然となって、先輩教師の胸座を掴んで問いただしたくなるのをぐっと堪え続けた。
放課後、伝馬は颯天と連れ立って剣道部の道場へ行くと、聞いた覚えのある大声が出迎えた。
「おお!! 一年生たちではないか!! 真面目で感心感心!!」
白い空手着を着た宇佐美である。なぜか仁王立ちで更衣室のドアの前にいる。
「あれ……ここって空手部だっけ?」
颯天は天然にきょろきょろと見回して呟く。すると宇佐美は腰に両手をやって胸を張る。
「剣道部だ!! 間違ってはいないぞ!! 俺も間違ってはいない!!」
廊下中に咆哮が轟く。
颯天はヤバい物体に遭遇したように伝馬の腕を掴んで身を引く。伝馬も立ち往生した恰好で、どうしようかと宇佐美を仰ぎ見る。何でここにいるのかは不明だが、とりあえず中に入らないと部活ができない。
「あの」
と、落ち着いて声をかけた時、後ろから「宇佐美、何をやってんだ!」と複数の足音と共に麻樹たち三年生が現れた。
「待っていたぞ!!」
宇佐美はまるで果し合いでもするかのような口上で吠える。対して麻樹は足早に駆け寄って「アホ!」と応戦した。
「待ってんじゃねーよ! お前めちゃくちゃ邪魔だろうが!」
宇佐美の前で固まっている一年生二人の横に立って手で追い払う仕草をする。
「お前のせいで一年生たちが入れねーだろう」
「うむ!! それはすまなかった!!」
とか言いながら、宇佐美は筋肉が盛り上がった胸の前で両腕をがっしりと組む。
「上戸を待っていた!! 話がある!!」
「わかったから、どけろって」
麻樹は一向に動こうとしない宇佐美を両手で押し出しながら、伝馬と颯天に顎をしゃくる。
「お前ら、早く入れ」
「――はい」
二人は急いで空いた隙間にドアを開けて更衣室に入る。
「聞け!! 上戸!! 先程生徒会の会合があった!! 上戸と俺でやることが決まった!!!」
「はあ?! 何の話だ?!」
「なぜなら!! 俺と上戸は無二の親友だからだ!!!」
「意味わかんねーぞ!!」
先輩ズの会話が派手に飛びかうのを横目に、伝馬は更衣室のドアをびちっと閉めた。
「あー、びっくりした。もうヤバいって」
颯天は怪奇現象にでも遭ったかのようなビビり方をする。
「何なんだよ、あの先輩。ちょーヤバいじゃんか」
「うん、びっくりしたな」
伝馬は相槌を打ちながらも、おかしそうに表情をゆるめる。とても個性的な先輩だが、上戸先輩とは本当に仲が良いのだと感じられた。二人の会話が成り立っていないような会話が、どことなく勇太と自分との会話にダブった。
「桐枝って、ヤバいよな」
颯天が感心した口調でロッカーを開ける。
伝馬は詰襟の上着を脱ぎながら、どの「ヤバい」なのか考える。颯天は全て「ヤバい」の一言を駆使して毎日暮らしている。
「全然、落ち着いているよな。ヤバいよ。俺はもう無理」
「俺だってびっくりしているって。でもあまり顔に出ないんだと思う」
前に勇太や圭に言われたような気がする。伝馬はぼやきたくなる。だから今自分が落ち込んでいるのもわかってもらえない。いや、わかってもらいたいわけではないが。