順慶と冴人は吾妻学園で同級生だった。文武両道をモットーに掲げている吾妻学園は特に武道部が盛んで、柔道少年だった順慶は迷わず第一志望で受験した。元々テストの成績も悪くはなかったので順当に合格し、無事に吾妻学園での高校生活が始まったが、同じクラスにいたのが冴人だった。
冴人は入学式の時から大変に周囲の注目を集めていた。容姿が優れていたのは言うに及ばず、醸し出されるオーラが「良いお家のお坊ちゃま」だった。しかし何よりも凄かったのが本人の言動と態度だった。まさに傲慢不遜、傍若無人、高慢無礼という四字熟語が炸裂する漫画の世界に登場するようなキャラクターの濃さで、あまりにも凄すぎて反感を買うレベルを超えてみんなお口がポカンする状態だった。その上苗字が吾妻学園の理事長と同じだったので、担任の困ったような態度を見ながら順慶を含めたクラスメート全員が「あ、そういうわけか」と若干肩をすくめて冴人との学園生活をスタートさせた。クラス内では冴人の横柄な態度にムカッときながらも、まあ冴人ならしょうがないかという雰囲気が熟成されたが、クラス外ではそうはいかなかった。当たり前だが普通の反応として「そこのゴミを拾え」などと先輩同学年問わずに命令口調で言われれば誰しも怒るだろう。あいつはお高くとまっているという評判が高まり――クラスメートからすれば、お高くとまっているとかいうレベルではない――不穏な気配が生じ始めた頃、順慶に運命のお呼び出しがやってきた。
それは昼時、いつもと変わらずおにぎりを食べていたら突如校内放送がかかった。「筒井順慶、今すぐに校舎外の桜並木へ来い」そこでぷつりと切れた。順慶は食べかけのおにぎりを片手に、あ然として天井にあるスピーカーに目を向けた。声は明らかに冴人だった。前の席にいた親友の大ケ生福朗はコッペパンを口に挟みながら何事だというように順慶を振り返った。順慶は首をかしげた。自分が聞きたいくらいだ。おにぎりを平らげて教室を出ると、とりあえず言われた通りに桜並木へ向かった。そこにはすでに冴人がいて、いきなり言われた。
「今からお前を私の護衛役にする。常に側にいて私を護るように」
そう一方的に告げると、サッと身を翻して昇降口へ向かってスタスタと歩き始める。順慶は勿論何が起きたかさっぱりわからない。すると五メートルほど行ったあたりで冴人は足を止めて振り返った。
「何をしている。早く私を護れ」
わけわからん順慶は説明を求めた。
「お前は柔道をしていて身体も大きく強い。だから私の護衛にぴったりだ。わかったな」
いや全然わからない順慶はさらに説明を要求した。
「私を襲おうとする無礼者がいる。その輩から私を護れ。わかったな」
いや何だそりゃと順慶は仰天した。そんなとんでもない話は早く先生へ伝えた方が良いと忠告したが却下された。
「お前が私を護れば良いだけの話だ。これでわかったな、順慶。二度と説明させるな」
有無を言わせぬ圧力に押し切られ、高校一年生で順慶のボディーガード生活が始まった。それが冴人と順慶の長い長い付き合いの始まりだった。
「それにしても、気に入らない」
冴人は大型犬に甘えるように順慶にずっしりと寄りかかったまま、刺々しく吐き出す。
「何が気に入らないんだ? 俺の撫で方か?」
胸に頭をもたれているのでそんなに気に入らなくはないだろうと思ったが、冴人とは常人の感覚では付き合えないことを長年の経験から承知している。
「愚か者、そうではない」
冴人はぴしゃりと言う。
「一成だ」
お、と順慶は片眉をあげた。愚か者と言われてもてんで腹も立たないが、それよりも空気が微妙ながら斜め方向に向かい始めたのを嗅ぎ取る。
「一成がどうしたって? ベッドの上で俺たちが抱き合ったまま喋らなきゃいけないことなのか?」
「当たり前だ。私の甥で、お前は元担任で、現在は同僚だろう。話から逃げるな」
冴人は順慶の撫でる手を払うように胸元から顔を上げて睨みつける。見透かしているぞと言わんばかりだ。
順慶はやれやれと撫でるのをやめて、ベッド横のサイドテーブルにあるベッドライトをつけた。こぢんまりとした温かな色合いの明かりが二人の枕もとを照らす。
「なぜライトをつけた」
「そりゃ、お前の怒っている顔が見たいからさ」
ぬけぬけと順慶は嘯くと、自分の胸におさまっている冴人をまじまじと眺めた。良いお育ちのお坊ちゃまがブレることなく五十代になりましたという品性の良い顔立ち。これでどこかの王侯貴族のようなスーパー上から目線な態度でなければ、周囲から愛され慕われていただろうが、冴人自身は周囲から愛され慕われたいとは微塵も思っていないだろう。順慶も今更そんなキャラ変更されても白けるだけだ。
「馬鹿者、順慶。話を逸らすな」
ベッドライトの明かりで眩し気に目を細めた冴人は、キッとなる。
「私の怒っている顔など、お前の頭の中にたくさん詰まっているだろうが。順慶は私をいつも怒らせているからな」
本気でムキになって言い返す。
順慶は予想通りの展開に目尻を下げた。うーん、可愛い。可愛いからわざと怒らせてしまう。
「そんな馬鹿話よりも、一成だ」
冴人は再び順慶の胸板を自分専用の背もたれにすると、甥っ子と同じ三白眼を光らせる。
「俺が話した内容が問題なのか?」
順慶は柔道で鍛えている胸でどっしりと冴人を支えながら、汗で濡れた髪をさらっとかき上げる。
「そうだ、問題だ。大問題になるかもしれない」
冴人は顎をあげて下から順慶を睨む。
「お前はどうしてそう呑気なのだ。間違いが起きたら、どう対処するつもりだ」
「間違いなんか起きない。一成だぞ」
順慶は顎を下げて、仕方ないなあというように苦笑いする。
「あいつは生徒から告白されても、絶対に応じない男だ。応じないどころか、パンチしたからな」
「それもだ」
冴人は苦々しい口調になる。
「なんて暴力的なんだ。私と同じ血が流れているとは到底思えない」
冴人は入学式の時から大変に周囲の注目を集めていた。容姿が優れていたのは言うに及ばず、醸し出されるオーラが「良いお家のお坊ちゃま」だった。しかし何よりも凄かったのが本人の言動と態度だった。まさに傲慢不遜、傍若無人、高慢無礼という四字熟語が炸裂する漫画の世界に登場するようなキャラクターの濃さで、あまりにも凄すぎて反感を買うレベルを超えてみんなお口がポカンする状態だった。その上苗字が吾妻学園の理事長と同じだったので、担任の困ったような態度を見ながら順慶を含めたクラスメート全員が「あ、そういうわけか」と若干肩をすくめて冴人との学園生活をスタートさせた。クラス内では冴人の横柄な態度にムカッときながらも、まあ冴人ならしょうがないかという雰囲気が熟成されたが、クラス外ではそうはいかなかった。当たり前だが普通の反応として「そこのゴミを拾え」などと先輩同学年問わずに命令口調で言われれば誰しも怒るだろう。あいつはお高くとまっているという評判が高まり――クラスメートからすれば、お高くとまっているとかいうレベルではない――不穏な気配が生じ始めた頃、順慶に運命のお呼び出しがやってきた。
それは昼時、いつもと変わらずおにぎりを食べていたら突如校内放送がかかった。「筒井順慶、今すぐに校舎外の桜並木へ来い」そこでぷつりと切れた。順慶は食べかけのおにぎりを片手に、あ然として天井にあるスピーカーに目を向けた。声は明らかに冴人だった。前の席にいた親友の大ケ生福朗はコッペパンを口に挟みながら何事だというように順慶を振り返った。順慶は首をかしげた。自分が聞きたいくらいだ。おにぎりを平らげて教室を出ると、とりあえず言われた通りに桜並木へ向かった。そこにはすでに冴人がいて、いきなり言われた。
「今からお前を私の護衛役にする。常に側にいて私を護るように」
そう一方的に告げると、サッと身を翻して昇降口へ向かってスタスタと歩き始める。順慶は勿論何が起きたかさっぱりわからない。すると五メートルほど行ったあたりで冴人は足を止めて振り返った。
「何をしている。早く私を護れ」
わけわからん順慶は説明を求めた。
「お前は柔道をしていて身体も大きく強い。だから私の護衛にぴったりだ。わかったな」
いや全然わからない順慶はさらに説明を要求した。
「私を襲おうとする無礼者がいる。その輩から私を護れ。わかったな」
いや何だそりゃと順慶は仰天した。そんなとんでもない話は早く先生へ伝えた方が良いと忠告したが却下された。
「お前が私を護れば良いだけの話だ。これでわかったな、順慶。二度と説明させるな」
有無を言わせぬ圧力に押し切られ、高校一年生で順慶のボディーガード生活が始まった。それが冴人と順慶の長い長い付き合いの始まりだった。
「それにしても、気に入らない」
冴人は大型犬に甘えるように順慶にずっしりと寄りかかったまま、刺々しく吐き出す。
「何が気に入らないんだ? 俺の撫で方か?」
胸に頭をもたれているのでそんなに気に入らなくはないだろうと思ったが、冴人とは常人の感覚では付き合えないことを長年の経験から承知している。
「愚か者、そうではない」
冴人はぴしゃりと言う。
「一成だ」
お、と順慶は片眉をあげた。愚か者と言われてもてんで腹も立たないが、それよりも空気が微妙ながら斜め方向に向かい始めたのを嗅ぎ取る。
「一成がどうしたって? ベッドの上で俺たちが抱き合ったまま喋らなきゃいけないことなのか?」
「当たり前だ。私の甥で、お前は元担任で、現在は同僚だろう。話から逃げるな」
冴人は順慶の撫でる手を払うように胸元から顔を上げて睨みつける。見透かしているぞと言わんばかりだ。
順慶はやれやれと撫でるのをやめて、ベッド横のサイドテーブルにあるベッドライトをつけた。こぢんまりとした温かな色合いの明かりが二人の枕もとを照らす。
「なぜライトをつけた」
「そりゃ、お前の怒っている顔が見たいからさ」
ぬけぬけと順慶は嘯くと、自分の胸におさまっている冴人をまじまじと眺めた。良いお育ちのお坊ちゃまがブレることなく五十代になりましたという品性の良い顔立ち。これでどこかの王侯貴族のようなスーパー上から目線な態度でなければ、周囲から愛され慕われていただろうが、冴人自身は周囲から愛され慕われたいとは微塵も思っていないだろう。順慶も今更そんなキャラ変更されても白けるだけだ。
「馬鹿者、順慶。話を逸らすな」
ベッドライトの明かりで眩し気に目を細めた冴人は、キッとなる。
「私の怒っている顔など、お前の頭の中にたくさん詰まっているだろうが。順慶は私をいつも怒らせているからな」
本気でムキになって言い返す。
順慶は予想通りの展開に目尻を下げた。うーん、可愛い。可愛いからわざと怒らせてしまう。
「そんな馬鹿話よりも、一成だ」
冴人は再び順慶の胸板を自分専用の背もたれにすると、甥っ子と同じ三白眼を光らせる。
「俺が話した内容が問題なのか?」
順慶は柔道で鍛えている胸でどっしりと冴人を支えながら、汗で濡れた髪をさらっとかき上げる。
「そうだ、問題だ。大問題になるかもしれない」
冴人は顎をあげて下から順慶を睨む。
「お前はどうしてそう呑気なのだ。間違いが起きたら、どう対処するつもりだ」
「間違いなんか起きない。一成だぞ」
順慶は顎を下げて、仕方ないなあというように苦笑いする。
「あいつは生徒から告白されても、絶対に応じない男だ。応じないどころか、パンチしたからな」
「それもだ」
冴人は苦々しい口調になる。
「なんて暴力的なんだ。私と同じ血が流れているとは到底思えない」