日頃高慢な口から洩れるのは、女性のような(なま)めかしい声だ。

 順慶は息を荒げながらも笑みを見せている。ベッドの上で馴染みの身体を抱くのは数週間ぶりである。自分に比べれば細身だが均整の取れた肉体はいつも通り色気が駄々洩れしていて、自分も熱くなって気分も高揚している。

 高級マンションの最上階の一室である。この不動産は一棟全て副島家が所有している。場所は繁華街の一等地にあり建物の外装もホテルのように洗練されていて、特にセキュリティが強化されていることから主に富裕層が住んでいる。一部屋の間取りは広く、最上階はマンダリンオリエンタルホテル並みのスイートルームだ。今は四方一面が眺望できる窓は全てジャガード織の深い色合いのドレープカーテンが引かれ、部屋の中は真っ暗である。その室内でウォルナット材のキングサイズベッドの上で男二人が性行為に(ふけ)っていた。

「冴人」

 順慶は恋人の名前を口にして、背中から覆いかぶさり両腕で身体を抱きしめ、冴人を自分の方へ向かせる。冴人は酔っているように恍惚(こうこつ)な目をしていたが、順慶と目が合うと猫のように頭を寄せて甘えた。

「誰が止めていいと言った……」
「馬鹿、俺たちはもう若くないんだぞ」

 順慶は相好(そうごう)を崩す。抱いている冴人は衣服を身にまとっている時は全身が尊大という名の細胞の塊だが、裸になると一転してお嬢様の可愛い我が儘モードに変身する。この時も不満そうに唇を尖らせてさらに言いかけようとしたところを、先に唇を奪って我が儘を封じた。

 キスはふんだんに砂糖を混ぜたカフェオレのように甘ったるく美味しい。

「……ああ」

 冴人は顔を仰け反らせた。

「順慶……」

 やがて冴人は順慶の胸にぐったりしてもたれると、傷一つ見当たらない綺麗な手で順慶の腕をぐっと掴んだ。

「お前はいつも私の言うことを聞かない……」

 何かがお気に召さないのか、つんけんした態度になっている。暗闇なので顔の表情までは見えないが、きっとぷうっと頬を膨らませているだろう。子供が駄々を()ねるように。それがわかっている順慶はしょうがないなと微苦笑した。

「はいはい、ちゃんと聞くぞ、お坊ちゃま。今度はどうして欲しいんだ?」
「私はもうお坊ちゃまではない、順慶。理事長だ」

 いきなり口調が肩書に戻る。

「理事長として言う。順慶は私の命令に従え。私が止めろと言うまで私を抱け」

 まるで国王が家臣へ命じるような言いようだが、順慶の腕を掴んでいる指はきゅっと肌をつねる。()ねているんだなと順慶は可愛く思った。ただ行為を止めただけなのに。まったく。

「理事長じゃなくたって、冴人の言う通りにするよ。ずっと俺はそうしてきたからな。少し休んだらベッドがぶっ壊れるまでやろう」

 そういえばひと月ぶりだったと思い立った。寂しかったのかと思って角ばった手で冴人の頭を撫でた。

「順慶、私は子供ではない」

 まだ学園トップの口調だが、止めろとも言わないし払い除けることもしない。天邪鬼な性格をよく知っている順慶は、それすらも可愛いというように自分の胸にもたれたままの冴人の頭を撫で続けた。