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「矢野、おはよー」
友達の鳥羽彰(とばあきら)が登校してきた。
「おはよう」
高校に入ってできた一番目の友達で、唯一俺が女装をすることを知っている人物。
なぜ俺が鳥羽にだけそれを話したかといえば、彼はアニメ好きで、コスプレが趣味だとか。それで俺も女装を打ち明けたわけだけど。
「夏休み中アレしたの?」
誰が聞いているか分からないから教室では鳥羽は女装のことをアレと呼ぶ。
「うん、そりゃあもちろん」
「じゃあなんでそんな元気ないわけ」
かばんの中から教科書を出しながら、ちら、と俺の方へ視線を向ける鳥羽。
だてに友達をやっているわけじゃないらしい。俺の小さな変化を読み取ったのだろう。
「元気ないわけじゃないんだけどさー……」
「じゃあ、何かあったの?」
手を止めて全神経を俺に向ける鳥羽。
〝何か〟は間違いなく。
「……まあ、あったけど」
右と左を確認した鳥羽は、俺に顔を寄せて、「何があったの」と耳に手を当てて聞く準備万端だということをアピールする。
「……実はさ、夏樹先輩に俺が女装してるってバレちゃったんだよね」
「夏樹先輩って生徒会副会長の?」
「うん、そう。副会長」
「あの先輩に?」
「うん」
「まじで」
「だからそう言ってるでしょ」
鳥羽は信じられない、とでも言いたげな顔で俺をしばらく見つめたあと、「なんでバレたの?」と疑問をぶつける。
「なんでってそりゃあ──…」
……あれ、なんで先輩に女装していたあれが俺だってバレたんだろう。
「分かんない」
気の抜けたように俺の口からぽつりとこぼれる。
すると、なんで、とでも言いたげな表情を浮かべて俺を見つめる鳥羽。