気づけば街中はすっかりバレンタインモードになっていた。何を用意するか決められないまま迎えた、バレンタイン当日。

 貴臣の机の上には、すでに大量の板チョコがあった。来るときにもらったものだろう。登校は一緒だったけど、流れるように受け取っていた。

 モテることはわかってるけど、こうして目の当たりにするとやっぱり複雑だ。

 別に気にしちゃいない。そのくらいのことで俺は揺らいだりしない。

「とか言いたいんだけど、俺まだまだだったわ」
「他の人からチョコ受け取ってほしくねーわけだ」

 隣の席に腰を下ろしたタツが呆れたように笑った。

「ほんとそう。でも、俺が受け取っていいんじゃねぇかって言ったからな」

 素直に認めると、タツから「お前はまた面倒なことするよなー」と肩を叩かれた。

「手作りはやめてって言ったし、それで受け取るかは貴臣の自由だから。けど、なぜか板チョコばっかもらってんだよ」
「それは芹澤が根回ししたんじゃね? どう考えても、全部溶かされるのがオチだろ」
「確かに。お菓子の材料にもらってんのかな」

 高級そうな板チョコもあった。もらって困らないものなら、貴臣も嬉しそうだしいいのかもしれない。

「で、雪斗は何用意したわけ?」
「まだ決められてねぇ、やばい。作るのもありかなーと思って試したんだけど、謎に固まらないチョコができた」
「怖いから絶対に手作りはやめとけよ」

 うん、俺もそう思ったからやめる。こくこくうなずいて、ため息をついた。どうしたもんかな。

 付き合ってからはそれなりに経つものの、バレンタインを迎えるのは初めてだった。

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 どんなチョコを渡すか色々と悩んだ末、一緒に買いに行くことにした。

 貴臣が去年言っていたことを思い出して、俺から誘った。

 放課後、貴臣と一緒に教室を出る。覚えていたことと、俺から誘ったこと両方で貴臣はとびきり嬉しそうに笑っていた。

 チョコを買いにいく前に「ここ行きたいんだよね」と、貴臣が言った神社へやって来た。参拝の列が神社の外まで続いていた。

「すげぇ人だな」

 テレビで見たことがある場所な気がする。

「うん、人気スポットみたいだよ」

 参拝客の多さを見て引く俺に、貴臣は遠慮がちに「並んでいい?」と訊ねる。

「ここまで来たら並ぶしかねぇだろ。てか、何でここが良かったの?」
「相性占いのリベンジしようよ」

 相性占い? と一瞬わからず、首を傾げてしまった。

 すぐに思い出して「ああ」とうなずく。前に出かけたとき、やったあれか。

「相性56%で、別に悪くはなかっただろ。大体、そんなん大したことねぇって言ったの貴臣じゃなかった?」
「そうなんだけど。何か……そんなわけないのにって気持ちがどうしても出てきちゃって納得できなくなった」

 俺はすっかり頭から抜けていたくらい、どうでもいいことだった。貴臣が気にするなら、解消してやりたい。けど、おみくじに任せんのはそれはそれで難易度が高そうだ。俺の運にがんばってもらうしかない。

「おみくじで相手のこと諦めろとか、相性良くねぇとか出たらどうすんの?」
「……それは、神様が絶対に間違ってると思う」

 貴臣が「大したことないのに気にしてごめん」と目を伏せる。大したことあんだろ。貴臣が気にしてんだから。

「いいけど、もっと早く言えよ。仕方ねぇから、神様に挑んでやろう」
「それはちょっと違う気がするんだけど」

 クスクスと目を細めて笑う貴臣を見て、俺は「合ってるだろ」と列の後ろに続いた。

「さみぃ。やっぱ手袋は持ってくればよかった」

 少しずつ進んで、途中手を洗ったら冷水で冷えてしまった。凍りつきそうなほど寒かった。

「そう言うかと思って、部屋にあったの持ってきたよ」
「さすが、助かる」

 クリスマスに貴臣からもらった手袋をつけて、坂道を上がっていく。白い息が藍色の空に溶けていった。

 列が進む度、石畳の上を歩きながら、貴臣の肩が触れた。

「貴臣、俺のポッケに手入れとく? カイロ入れてたから温かいかも」
「ポケット借りようかな、ありがとう」

 俺は自分のコートのポケットを少し開けておく。貴臣が遠慮なく自分の手を滑り込ませると、ポンポンと動かした。ポケットの中はじっとしといてほしい。

「そんな動かしたら冷えるだろ」
「うん、そうだね」

 温かいと呟いて貴臣が微笑む。淡い光に照らされた貴臣の横顔が綺麗だと思った。

 胸の奥がぎゅっと苦しくなって、ポケットの上からそっと貴臣の手を叩く。

 列が進んで、ようやく賽銭箱の前までたどり着いた。貴臣が財布を開くのを横目に俺は手袋を外して「何願う?」と訊ねる。

「内緒」と口元に人差し指を近づけて、貴臣がにやりと笑った。

「俺はタツと貴臣と同じクラスになれるように願う」
「え、俺は宇野とは離れたいよ」

 哀れなタツ、俺がしっかり願っといてやるからな。貴臣の言葉はスルーして、お賽銭箱にお金を入れる。冷えた空気に背筋が伸びた。

 言った通りのことに加えて、今まで以上に貴臣と楽しく過ごせるこを願った。欲張ったけど、叶ってほしい。

 参拝を終えて、いくつか置かれた箱からそれぞれ選んでおみくじを引く。同時に広げて、結果を確認する。
 
「わ、俺大吉だ。貴臣は?」

「中吉……まあまあなのかな」と、しばらくおみくじを眺めた後、貴臣は安心したように口元を緩めた。

 内容を見る限り、2人とも悪くはなさそうだ。

 ちなみに恋愛は貴臣は今の人が一番良くて、俺は今一緒にいる人と相性が良くて幸せという結果だった。

「そうだよね、やっぱり」

 貴臣は結果に満足そうだ。相性占いの結果が見事に払拭されて、俺もほっと胸をなでおろす。

「けど、こういうのって今年のことじゃねぇの?」
「手放すつもりないんだから、一生最上でしょ」

 ね、と貴臣が俺の顔を覗き込む。

「おま……また、すぐそういうこと言うよな」
「雪斗にとっては違う?」

 貴臣のまっすぐな視線が刺さる。わかってて訊いてくるずるさに、相変わらず勝てない。俺は照らしてくるライトからずれて、闇夜に紛れた。

「……っ、それは、まあ……貴臣次第なんじゃねぇの」

 思ったよりも小さな声になってしまうと、貴臣は無邪気に笑った。

「じゃあ、もっと頑張らないとかなぁ」

 俺はマフラーを上げて顔を隠して答えなかった。本当は貴臣次第なんて関係ない。

 神様に言われなくたって、俺にとっての一番は小さい頃からずっと貴臣に決まっている。

 周囲が薄暗いことに感謝しながら、口の端が緩むのをそのままにしていた。