どこにいるかの連絡を見なかったことにして、1人で家路に就く。駅のホームで友達らしき人たちといる貴臣を偶然見つけてしまい、視界に入らないよう気をつけながら帰っていたら、あっさり見つかった。友達に挨拶をして、貴臣が俺に駆け寄ってくる。
「雪斗も今帰りなんだ? 今は1人?」
「うん。1人で帰るとこ」
「良かった。俺も1人だから一緒に帰ろう」
嘘つけ、と笑いそうになった。絶対に今友達と帰る流れだったのに俺のとこ来ただろ。俺の存在感を消す能力が貴臣だけには通用しない。
ちょうど来た電車に乗り込んで、空いている席に腰を下ろした。あれだけ長く感じられた時間が急に流れるように感じられる。
「どうだった? 仲良くなった人いた?」
貴臣の明るい声から、今日が楽しかったんだろうと伝わった。俺は早く帰ることばかり願っていた。隣り合わせで同じ電車に揺られているのに、ひどく遠くにいるように感じられる。
喉の奥に何か張り付いたような息苦しさが拭えないまま、どうにか笑顔を作った。
「俺は全然。あ、でもゲームの友達? は1人だけ増えた」
「何それ。詳しく聞かせて」
「俺の話はいいよ。貴臣はどうだった?」
貴臣が「そうだな」と天井を見つめて、思い出したようにクスクス笑った。その温度を共有できない俺は、冷えた手をブレザーのポケットへ入れる。カイロを持ってきておけばよかった。
窓の向こうの青空は眩しい。ぎりぎり残っている桜の花びらが風で散っている。太陽の日差しはぽかぽかしていても、電車内の温度が心地よくても、俺の指先は冷えていた。
「やっぱいいよ。雪斗の話が聞きたい」
「俺は何もねぇよ。貴臣のが絶対色んなことあっただろ」
「えー、ゲームの友達って何? 誰?」
言いつつ、貴臣がポケットにしまった俺の手をとって何かを握らせてきた。すぐにカイロだとわかったけど、自分の行動を見透かされているのが悔しくて「いきなりびっくりした」と呟く。ポケットに手を入れただけなのに、何でバレたんだ。
「雪斗用に持ってたやつ。あげる。今日寒いから、雪斗はいるだろうなと思ってた」
「え、俺用? ありがとう、助かる」
うっかり素直にお礼を言ってしまった。貴臣の先回りはいつもすごい。これに甘えた結果出来上がったのが今の俺なので、反省はしないといけない。1年間は1人で乗り越える必要があるんだから。
いつまでも頼りっぱなしではいられない。じんわり指先に広がる熱を握りしめる。
明日からはカイロを持ってこよう。そのくらいは、自分でやるべきだ。
「で、ゲームの友達は?」
話題が戻って、俺は瞬きを繰り返してしまった。どんだけ気になってんだよ。どう考えたって俺のは大した話じゃねえだろ。って、もったいぶる話でもないか。
「クラスの宇野ってやつがいて、同じゲームやってるって声かけられた。枠余ってたからフレンドになったんだけど、それだけだよ」
ほら、貴臣はあんまやらないやつと付け加える。貴臣はスマホを触って、俺が話していたゲームを開いた。
久しぶりに開いた人向けのログインボーナスがもらえていて、ちょっとうらやましい。
「これか。確かにあんまやってなかったかも。俺もまた始めようかな」
「忙しいんだからやめとけ。貴臣はスマホじゃなくて普通にゲームすればいいだろ。あっちは貴臣しかいねぇんだから、スマホに時間取られると困る」
「あー、そうだね。でも俺もフレンド新しく欲しいから、雪斗から宇野くんに頼んでみてよ」
何で俺が、と声に出す前に貴臣が「このままだと自分から声かけたりしないでしょ」と付け加えられた。
「そんなことはねぇけど、俺が貴臣の分頼むの?」
「うん。俺はまだ会ったことないからね。雪斗からのほうがスムーズでしょ」
「まあ、そう言われてみるとそうかも」
「宇野くんがどんな人なのかも気になるし。頼んだよ」
おやすみ、と隣で目を閉じる貴臣。しれっととんでもないミッションを置いて行かれた。宇野とそんなに仲良くなれたわけでもないのに、貴臣をフレンドにしてくれって俺から言うのか。
俺が宇野にもう一度話しかけるためのきっかけをくれたのはわかるけど、もう少し低めのハードルにしてくれたっていいのに。宇野のことを全く知らないのに気になるって何でなんだろう。俺のこと心配してくれてんのかな。
貴臣ってわかりやすくて、わかりにくいんだよな。手にとるようにわかることもたくさんあるし、そこに関しては俺が一番わかる自信もある。けど、今みたいなときには何を考えてのことなのかわからない。
あっという間に眠りに落ちたらしい貴臣がカクンと首が動いて、反動で知らない人の方へいきそうになったのを慌てて支えた。貴臣の横の人に謝ってから、「寄りかかるならこっちにしとけよ」と微睡む貴臣に声をかけた。
「着いたら起こして……」
「おー。任しとけ」
貴臣も意外と緊張して疲れたのかな。電車の振動とほのかな暖かさが心地いい。
そっと動いてスマホゲームをつけると、ゲーム内のメールが1件来ていた。
受信ボックスを確認すると、運営からのメールではなくフレンドからだった。機能があるのは知っていたけど、フレンドからメールが届くのは初めてだ。
今日フレンドになった宇野からのメールで、開くと<今日はありがとう! よろしく>とあった。
返信ボタンをタップして、<こちらこそよろしく>と送る。貴臣のことを文章にして、ゲームの規約に引っかかったら面倒なのでそれだけ。誰かに送ったのも初めてだった。
連絡先、交換しとけばよかったかな。言われてないのにあの場で俺から言い出すのも微妙か。フレンド申請したかっただけで仲良くしたいわけじゃないかもしれない。
窓の向こうはまだ見慣れない景色だ。これから少しずつ慣れていくんだろうか。1人になっても電車に揺られるこの時間を早いと感じられるのか。正直なところ、不安しかない。
ゲームを始める前にメールの保護ボタンをタップした。
「……雪斗の家でゲームしよっか」
貴臣の低い声が響いて、隣を見る。いつも通りの誘い。
「寝たんじゃねぇのかよ」
「寝てた。今思いついたから」
「はいはい、寝とけ。いつ言われたってどうせ俺は暇だよ」
目を閉じたままうなずく貴臣の体が少しだけ俺の方へ傾く。その温もりに思わずふっと口元が緩んだ。何だか力が抜けて、胸の奥でつかえていたものが解けていく。
1人のときがあっても、たまにはこうやって貴臣と帰れたらいい。
教室で感じた焦燥感もこれからの不安も、さっきまでここにあったのに。今だけはもう、全部どうでもいいような気がした。
「雪斗も今帰りなんだ? 今は1人?」
「うん。1人で帰るとこ」
「良かった。俺も1人だから一緒に帰ろう」
嘘つけ、と笑いそうになった。絶対に今友達と帰る流れだったのに俺のとこ来ただろ。俺の存在感を消す能力が貴臣だけには通用しない。
ちょうど来た電車に乗り込んで、空いている席に腰を下ろした。あれだけ長く感じられた時間が急に流れるように感じられる。
「どうだった? 仲良くなった人いた?」
貴臣の明るい声から、今日が楽しかったんだろうと伝わった。俺は早く帰ることばかり願っていた。隣り合わせで同じ電車に揺られているのに、ひどく遠くにいるように感じられる。
喉の奥に何か張り付いたような息苦しさが拭えないまま、どうにか笑顔を作った。
「俺は全然。あ、でもゲームの友達? は1人だけ増えた」
「何それ。詳しく聞かせて」
「俺の話はいいよ。貴臣はどうだった?」
貴臣が「そうだな」と天井を見つめて、思い出したようにクスクス笑った。その温度を共有できない俺は、冷えた手をブレザーのポケットへ入れる。カイロを持ってきておけばよかった。
窓の向こうの青空は眩しい。ぎりぎり残っている桜の花びらが風で散っている。太陽の日差しはぽかぽかしていても、電車内の温度が心地よくても、俺の指先は冷えていた。
「やっぱいいよ。雪斗の話が聞きたい」
「俺は何もねぇよ。貴臣のが絶対色んなことあっただろ」
「えー、ゲームの友達って何? 誰?」
言いつつ、貴臣がポケットにしまった俺の手をとって何かを握らせてきた。すぐにカイロだとわかったけど、自分の行動を見透かされているのが悔しくて「いきなりびっくりした」と呟く。ポケットに手を入れただけなのに、何でバレたんだ。
「雪斗用に持ってたやつ。あげる。今日寒いから、雪斗はいるだろうなと思ってた」
「え、俺用? ありがとう、助かる」
うっかり素直にお礼を言ってしまった。貴臣の先回りはいつもすごい。これに甘えた結果出来上がったのが今の俺なので、反省はしないといけない。1年間は1人で乗り越える必要があるんだから。
いつまでも頼りっぱなしではいられない。じんわり指先に広がる熱を握りしめる。
明日からはカイロを持ってこよう。そのくらいは、自分でやるべきだ。
「で、ゲームの友達は?」
話題が戻って、俺は瞬きを繰り返してしまった。どんだけ気になってんだよ。どう考えたって俺のは大した話じゃねえだろ。って、もったいぶる話でもないか。
「クラスの宇野ってやつがいて、同じゲームやってるって声かけられた。枠余ってたからフレンドになったんだけど、それだけだよ」
ほら、貴臣はあんまやらないやつと付け加える。貴臣はスマホを触って、俺が話していたゲームを開いた。
久しぶりに開いた人向けのログインボーナスがもらえていて、ちょっとうらやましい。
「これか。確かにあんまやってなかったかも。俺もまた始めようかな」
「忙しいんだからやめとけ。貴臣はスマホじゃなくて普通にゲームすればいいだろ。あっちは貴臣しかいねぇんだから、スマホに時間取られると困る」
「あー、そうだね。でも俺もフレンド新しく欲しいから、雪斗から宇野くんに頼んでみてよ」
何で俺が、と声に出す前に貴臣が「このままだと自分から声かけたりしないでしょ」と付け加えられた。
「そんなことはねぇけど、俺が貴臣の分頼むの?」
「うん。俺はまだ会ったことないからね。雪斗からのほうがスムーズでしょ」
「まあ、そう言われてみるとそうかも」
「宇野くんがどんな人なのかも気になるし。頼んだよ」
おやすみ、と隣で目を閉じる貴臣。しれっととんでもないミッションを置いて行かれた。宇野とそんなに仲良くなれたわけでもないのに、貴臣をフレンドにしてくれって俺から言うのか。
俺が宇野にもう一度話しかけるためのきっかけをくれたのはわかるけど、もう少し低めのハードルにしてくれたっていいのに。宇野のことを全く知らないのに気になるって何でなんだろう。俺のこと心配してくれてんのかな。
貴臣ってわかりやすくて、わかりにくいんだよな。手にとるようにわかることもたくさんあるし、そこに関しては俺が一番わかる自信もある。けど、今みたいなときには何を考えてのことなのかわからない。
あっという間に眠りに落ちたらしい貴臣がカクンと首が動いて、反動で知らない人の方へいきそうになったのを慌てて支えた。貴臣の横の人に謝ってから、「寄りかかるならこっちにしとけよ」と微睡む貴臣に声をかけた。
「着いたら起こして……」
「おー。任しとけ」
貴臣も意外と緊張して疲れたのかな。電車の振動とほのかな暖かさが心地いい。
そっと動いてスマホゲームをつけると、ゲーム内のメールが1件来ていた。
受信ボックスを確認すると、運営からのメールではなくフレンドからだった。機能があるのは知っていたけど、フレンドからメールが届くのは初めてだ。
今日フレンドになった宇野からのメールで、開くと<今日はありがとう! よろしく>とあった。
返信ボタンをタップして、<こちらこそよろしく>と送る。貴臣のことを文章にして、ゲームの規約に引っかかったら面倒なのでそれだけ。誰かに送ったのも初めてだった。
連絡先、交換しとけばよかったかな。言われてないのにあの場で俺から言い出すのも微妙か。フレンド申請したかっただけで仲良くしたいわけじゃないかもしれない。
窓の向こうはまだ見慣れない景色だ。これから少しずつ慣れていくんだろうか。1人になっても電車に揺られるこの時間を早いと感じられるのか。正直なところ、不安しかない。
ゲームを始める前にメールの保護ボタンをタップした。
「……雪斗の家でゲームしよっか」
貴臣の低い声が響いて、隣を見る。いつも通りの誘い。
「寝たんじゃねぇのかよ」
「寝てた。今思いついたから」
「はいはい、寝とけ。いつ言われたってどうせ俺は暇だよ」
目を閉じたままうなずく貴臣の体が少しだけ俺の方へ傾く。その温もりに思わずふっと口元が緩んだ。何だか力が抜けて、胸の奥でつかえていたものが解けていく。
1人のときがあっても、たまにはこうやって貴臣と帰れたらいい。
教室で感じた焦燥感もこれからの不安も、さっきまでここにあったのに。今だけはもう、全部どうでもいいような気がした。