貴臣がモテることは知ってたけど、ここ最近は完全に油断していた。

 連日、学校を出て一緒に歩いているときに急に女の子から声をかけられて、貴臣は全く相手にしないといったことが続いた。

 好きな相手からそこまで冷たくされたら、俺だったら泣きたくなると勝手に同情して「行ってくれば?」と言ってしまった。

 最悪だ、何言ってんだ俺は。つーか、誰のための、何のための発言だよ。

 あからさまに不機嫌になった貴臣を見送って、女の子にも悪いことをしたかなと思った。だって結果はわかっている。そのくせ、自分が何がしたかったのかよくわからない。

 駅まで行けば貴臣と女の子に遭遇してしまいそうで、まだ学校前から離れられずにいた。

「おー、お前何してんの? 芹澤と帰ってなかった?」

 振り向けば、さっき挨拶して別れたばかりのタツがこちらへ歩いてくる。

「タツ、俺は何がしたかったんだと思う?」
「はいはい、またかよ。何がしたかったの? 芹澤とケンカ?」

 俺の突然の問いかけでも慣れた様子で返してくれるタツ。ううん、と俺は首を横に振る。

「ケンカはしてねぇよ。ただうっかり、貴臣に告白するらしき女の子を応援した」
「お前は何をやってんの? 何でそうなったわけ」
「貴臣から冷たくされるのキッツいよなーって思ったら、ちゃんと断ってくれば……みたいな?」

 断るのが俺でもないくせにしゃしゃり出てしまった。タツは呆れたように盛大なため息をつく。俺もさっきから、自分のしたことにため息ばかり漏れる。

「芹澤がその女子を断るってのは、わかってんだ?」
「……それは、わかってる」

 まだタツには貴臣とのことを伝えられていない。頃合いを見て言おうと思っているうちに、ずるずる時間が過ぎている。

 今言うべきだろうか。何となくわかってくれている気もするけど、ちゃんと言わないのはどうなんだろう。って、これも今追加されると頭がちょっとついていけない。

「余計なこと考えないで、お前は芹澤のことだけ考えとけばいいだろ。もうすぐクリスマスだし」
「そうなんだよ。それも悩んでたのに……何でこんな余計なことやってんだろ」

 落ち着け、とタツから肩をぽんぽんと叩かれた。マフラーに顎を埋めて、小さくうなずく。

「お前、芹澤から冷たくされたことあんの?」
「全然ねぇわ。だから、なのかも。貴臣は冷たい人間じゃねぇって、あの子にもわかってほしかったのかな――けど、わかったところでどうにもなんねぇよな」
「冷たい人じゃないんだって、もっと好かれたらどうするかまでは考えてねーだろ」

 歩き始めたタツに並んで俺も歩く。全然考えてなかった。

「それは、あったら困る」
「だろ。半端に優しくすると、そういうことがあるから芹澤はばっさり切るんだよ。ある意味そっちのが優しさだわ」
「でも、俺は何かしんどいんだよ」
「お前のそのしんどさをなくすために、芹澤を犠牲にするな」

 優しさの含まない、はっきりとした言い方が突き刺さった。

「そこまでのこと、したつもりなかった」
「それはわかってるし、芹澤もわかってるだろーけど。お前はけっこー無自覚で芹澤にひどいよ」

 え、そんなに。呆れたような笑みを浮かべるタツに少なからずショックを受けた。

 かじかむ手を擦りながら「貴臣のこと傷つけたと思う?」と訊ねる。

「そこは本人に訊いて来い。てか、お前はそれよりもおれに言うことねーの?」
「え、何が? 俺、タツにも何かしてた?」

 首を傾げれば、タツはジト目で俺を見てきた。まったく身に覚えがない。

「タイミングとかあるかなーって、ずっと待ってたおれのことも考えてくれてもいいんじゃねーの?」

 そこまで言われて、俺はハッとした。ついさっきまで言うべきか考えたというのに、あっという間に流してしまっていた。

 タツが拗ねたように「まあ別におれのことは後回しでもいいけど」と口を尖らせる。

「ごめん、ほんと。タツのことないがしろにしたかったわけじゃねぇけど、言いづらかったから……ちゃんと言うべきだったよな」

 貴臣と、付き合ってる。他の人には聞かれたくなくて、声が小さくなった。

「うん。言いづらいってのはわかるし、知ってたけど。はっきり言ってくれたほうがおれも話しやすかった」

 遅くなったけどおめでとう。タツの優しい笑顔が嬉しくて、俺も笑みを返した。タツなら、こういう反応だってわかってたんだけどな。それでも、ちょっとビビってた。

 え、あれ、ちょっと待て。知ってたけどって言った?

「何で知ってんの? 気づいてたってこと?」
「いーや。芹澤から聞いてたから」
「貴臣から!?」

 俺そんなの聞いてねぇけど。

「付き合ってすぐあたりか、教えてくれた。あんだけ相談ものって教えてくれない誰かさんとは違って、芹澤はそういうとこ律儀だよなー」

 わざとらしいほど見てくるタツを無視して、足を止めた。赤信号をじっと見つめる。

 貴臣、俺がタツに打ち明けるか悩んでたの知ってたくせに。何で教えてくれないんだよ。

 てか、タツもタツで知ってたのかよ。こういうとき、いつも俺だけ何も知らない。2人だけでずるい。俺が言うのが遅かったせいはあるのか。

 どう反応されるか怖かったけど、それはタツを信じてなかったことになるかもしれない。

「俺だって、ずっと言おうと思ってた」
「言おうとしてんだろーなってのはわかってた。ちなみに言っとくと、芹澤にお前から言われるまで待ってやってって頼まれてたんだからな」

 こっちを向けというようにマフラーを軽く引っ張られた。タツの方を向くと、タツは「しばらくは待ってたろ」と目を伏せて笑った。素直にありがとうを返す。

 横断歩道を渡って、ぼんやりした太陽の下を歩いていく。今日の日差しは全然温かくなかった。

「そんで、さっきの続き話してもいい?」
「いーよ、聞いてやるよ。どした?」
「最近、貴臣がやたら告白されてる気がする。今までもたまにあったけど、ここ3日は連続」

 帰り道、こんなに女子から声をかけられる貴臣は初めてだった。その全部が告白でないにしろ、去年はここまでじゃなかった。

「クリスマス近いからじゃね?」
「だったら去年もそうじゃねぇとおかしいだろ」
「じゃあ、あれか。たぶん、この前調理部で集まったときに珍しく女子いたからだろーな。確か他校の女子も来てたって」

 え? と、喉元で止まって言葉が出てこなかった。そんなの聞いてない。

 先に横断歩道を渡るタツを追いかける。胸に広がるもやもやがうまく晴らせなかった。

「そういうことなのか。タツは誰から聞いたの? 調理部の後輩情報?」
「そー。集まれるやつ何人か集まって焼肉行ったって。雪斗は芹澤から聞かなかった?」

 適当に話を合わせようとしたものの、タツにはバレバレだったらしい。俺は正直にうなずいて「聞かなかった」と答える。

 貴臣が俺といないときに誰と会うか、いちいち訊ねるようなことはしてない。気になっても、そこまでは俺が踏み込む部分じゃないと思ってる。

 言われなかったのは、貴臣が言う必要のないことだと思ったからだ。別にいい。そんなのは気にならない。

「女子に対する貴臣の態度は想像できるけど、その貴臣を好きになる女子に見る目があると思えばいいのか。変わってんなって思えばいいのかよくわかんねぇな」
「クールなのに微笑みが優しかったって騒がれてたんだって。どう考えてもお前と連絡とってたとかじゃね?」

 芹澤が女子に優しく微笑むわけねーだろ、とタツが苦笑する。うん、俺もそう思う。

「愛されてんだなー、お前。って、何これ。おれ結局のろけられただけかよ」
「愛されてるとか恥ずかしげもなく言えるタツがすげぇよ。のろけたつもりもねぇし」

 まっすぐなタツの言葉が俺の体温を上げていく。

「そこは置いといて、あとちょっと、クリスマスの相談もしていい?」
「後輩と待ち合わせしてるから、駅前のファミレス着くまでな」

 貸しだから今度おごれよ、と付け足されて、俺は「わかってるよ」と返した。

 貴臣とクリスマスの予定は決まっている。正確にはクリスマスは混雑しそうだから、過ぎた後になるけど。貴臣の希望でクリスマスとして夢の国デートだ。

 その日に渡すプレゼントをどうするか悩んで、まだ決められていなかった。そのことでタツの意見をもらおうとしたものの、タツは、はっきりとした答えをくれなかった。

「それは絶対おれがこれって言えねーわ。おれは芹澤から恨まれたくねーし」
「タツからアドバイスもらうだけで、タツに買ってきてもらうわけじゃねぇのに?」
「雪斗が芹澤のことですげー悩んで決めるからいいんだろ。何だったとしても、芹澤はそっちのが嬉しいに決まってる。じゃ、おれはこっちだから」

 お前はさっさと芹澤に謝れよ。駅前に到着して、タツは近くのファミレスへと消えて行った。

 プレゼントどうするかな。貴臣のことになると空回って、悩んで、ぐだぐだしてばっかだ。無難でも大丈夫かな。

 ひとまずは、謝るのが先だろう。

 ブレザーのポケットからスマホを取り出して、貴臣に連絡をする。一瞬で既読になって、唇を噛み締めた。俺から来るの、待ってたのか。

 駅のホームでベンチに座っているらしく、寒いと凍えるペンギンのスタンプが送られてきた。最近タツがよく使うやつだ。

 何だかんだ貴臣もタツと仲が良い。俺と付き合ってることを打ち明けてもいいと思うくらいには、信頼してるんだろう。

 改札を抜けて、ホームへ向かう途中、俺は目についた自動販売機でコンポタを買った。

 お詫びとしてはショボいけど、寒がりの貴臣のために。

「ずいぶん遅かったね」

 落ち着いた口調がかえって怖かった。ここは俺が悪いのだから仕方がない。

 コンポタを差し出しながら「ちょっと色々考えてた」とタツに会った部分は省略させてもらった。これでタツに会って話したなんて正直に伝えたら、貴臣が拗ねることは俺でもわかる。

「ごめん。意味わかんねぇことした」
「怒ってないよ。学校まで来た女子にうんざりしただけ」

 ありがとう、とコンポタを受け取る貴臣の手は冷え冷えしていた。いつからここにいたんだろう。伏せられた目が俺を見ないので、俺は貴臣の前にしゃがみ込む。

「怒ってなくても、俺のわがままを押しつけたから謝らして。何つーか、よくわかんねぇけど……もやもやをそのまま変にぶつけた感じだし」
「もう会うこともない子だから安心してよ」
「そこは最初から疑ってねぇよ。ただ貴臣が冷たいやつって思われてほしくなかったのと、あの子がどんな気持ちで1人で来たのかを考えて同情した……と思う」

 完全に俺が1人で勝手に暴走して、貴臣を巻き込んだだけだ。タツの言うように俺のしんどさをなくすために、貴臣に行動させるべきじゃなかった。

「何で雪斗があの子に同情するの? 知り合い?」

 顔を上げた貴臣が別の方向に勘違いしていることに気づいて、慌てて首を横に振る。

「今日が初対面だよ。好きな人から冷たくされたら、しんどいよなって思ったんだよ」

 後ろを人が通っているのを気にして、好きな人からの部分が小さな声になってしまった。ここで話すことでもなかったかもしれない。

 電車が来るアナウンスが聞こえて、腰を上げた。

「俺が優しくしたいのは雪斗だけだよ。それ以外にはそんな余裕ない」
「そう思ってくれてるのも考えずに、貴臣を傷つけるようなことしてごめん」

 貴臣も立ち上がったかと思えば、俺に向かって微笑みかけてきた。どこかさみしそうに見えて胸が痛んだ。

 貴臣はいつも俺に優しくて、俺だってそこに喜びを感じているくせに。誰かにわけてもいいなんて、思ってもない。

「俺はもう、どうでもいい人の話は終わりにしたい」
「うん。貴臣、疲れてる?」
「……そうだね、ちょっと疲れた。他の人と違った態度とったら勘違いさせたみたいで面倒だった」

 俺の肩にほんの数秒だけ寄りかかって貴臣は「落ち着く」と呟いた。すぐに離れて、コンポタを飲む貴臣。白い息を吐いている。

 完全に、どう考えても俺のせいだ。浅はかすぎる。肩を落として、奥歯を噛みしめる。

「貴臣、俺のこと殴ってもいいよ」
「やだよ、俺が痛いでしょ。そんなに気にしてもないから、もうしないでよ」

 俺はこくこくとうなずいた。二度としない。

「じゃあ、この話は終わりにして、夢の国でどうするか考えよう。俺は楽しいこと話したい」

 パッと切り替えて、貴臣は笑みを見せた。話題が変わってほっとしつつ、俺の別の悩みを思い出す。クリスマスプレゼント、何にしよう。

 こればっかりは何がほしいか貴臣に聞かずに決めたい。頼むから俺のセンス、何とかなってくれ。