あ、これはダメだと思った。テレビ画面に映るキャラクターの動きがだんだん鈍くなってきて、俺が横を見ると貴臣(たかおみ)がこくこくと船を漕いでいる。もう何度となく見慣れた光景を愛おしく感じている自分に気づいてしまった。

 ずっと一緒にいる幼なじみを好きだと自覚した。そんなこと、あってたまるか。

 落ち着け。俺のゲームの手は止めない。

 これはあれだ、吊り橋効果とかそういうことかもしれない。ここ俺の部屋だけど。ゲームがあと少しでクリアという場面に燃えていたから、たぶんそれだ。盛り上がって勘違いしてしまった。

 貴臣のさらさらの黒髪が腕に触れて、俺と同じシャンプーの香りが鼻先をかすめる。心臓がばくばくして手のひらに汗がにじんだ。

 無理! こんなの、一ミリだって落ち着けるわけない。

 心臓の音がうるさくて、貴臣が起きてしまわないか心配になった。こんな自分を知られたくない。

「貴臣、起きてるかー」

 声量を落として呼んでみても、貴臣は長いまつげを伏せたままで、スースーと寝息まで立てている。俺の肩は不自然に力が入ってがちがちだというのに、貴臣はまるで気づかない。気づかないでいてほしい。

 この状況で朝までなんてことになったら俺が死ぬ。色々持たない。最速でゲームをクリアして、貴臣の肩を揺らした。さっきよりも大きめの声で呼びかける。

「起きろ、貴臣。ベッドで寝ろー。すぐそこだから」
「んー、雪斗(ゆきと)のベッドだろ。俺はここで寝かせてくれればいい……」

 寝ぼけ眼の貴臣が床で横になってしまい、俺は急いで布団を準備した。部屋のまぶしいほどの明かりも気にならないくらい眠いらしい。

 普段クールな貴臣が眠気のせいでかわいい気がする。今までこんなこと思ってたっけ。もうぜんぶがよくわからない。同時に、俺に全幅の信頼を寄せて、安心しきった顔で寝ている貴臣を裏切っているような気分だった。

 好きになっていい相手じゃねぇだろ。自嘲の笑みが漏れて、俺はため息を吐く。

 大事な幼なじみだ。俺なんかが好きになっていい相手じゃない。先生や周りからの信頼も厚くて頭も顔もいい貴臣。何もかもが正反対の俺は、そばにいられるだけで充分なんだ。

 困らせるようなことはしたくない。

 余計なことを振り払うように頭を振って「布団ここだから頑張れ」と、敷いた布団に貴臣を誘導する。どうにかずるずると移動してくれた貴臣にタオルケットをかけて、安堵した。

「おやすみ、貴臣」
「うん、おやすみ……」

 もうほとんど夢の中にいるはずの貴臣が応えてくれて、目頭が熱くなった。今日の俺はとことんダメらしい。夜更かしして疲れたんだろうか。

 自分もベッドに潜り込んで、リモコンを押して電気を消した。ぎゅっと目を閉じて、暗闇を受け入れる。

 貴臣が泊まりに来るのはよくあることなのに、寝返りを打てない。すぐ後ろで貴臣が寝ていると思うと、どうしていいかわからなかった。

 大丈夫。明日になれば元に戻る。いつも通りの俺と貴臣で、楽しくいられる。そうじゃないと俺が困る。


「あれ、珍しく早いな。おはよう、雪斗」

 寝癖頭であくびをする貴臣に、俺はどうにかうなずく。スマホで漫画を読んで、ひたすら貴臣が起きるのを待っていた。

 一睡もできなかった。明け方には眠気がやってきたが、夢でも見て変なことを口走ったらと思うと怖くて結局は眠れなかった。

「大丈夫か? 具合悪い? 顔色が良くないな」

 起き上がってからもぼんやりしていると、いつの間にか伸びてきた手が額に触れてびくっと肩が跳ねた。そんな俺を見た貴臣は「そんな驚かなくても」とふっと笑う。

 貴臣の体温が高く、触れた部分からじんわりと熱が伝わってきた。

「熱はなさそう。しんどいか?」
「全然、大丈夫。眠いだけ」
「もしかして、昨日俺がうるさかったか?」

 貴臣の顔が近い気がして、俺はうつむきつつ首を横に振る。頭を抱えそうになった自分の手をぎゅっと握りしめた。何も解決してねぇんだけど。

「ごめん、眠いっつーか微妙に頭痛い……母さんが朝ごはん準備してるだろうから、食べてやって。そんで、悪いけど今日は帰っといて」
「うん。後で何か買ってこようか」
「いい。ありがとう」
「ゆっくり休めよ」

 俺はベッドで再び横になって、ひんやりとしたタオルケットをすっぽりかぶった。貴臣に背を向けて、真っ白な壁を見つめる。現実を一旦諦めて、放棄することを選んだ。今はとても、面と向かって貴臣を見れない。

 そのうちに支度を終えたらしい貴臣が部屋を出て行って、ようやくほっと胸をなでおろした。様子が変だと思われてもいい。元に戻ることが最優先だ。しっかり寝て、ちゃんとしよう。