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数日後。
僕はユウトと共に、校内の食堂へ初めて訪れていた。購買にはものすごい人が並んでいて、あちこちから注文をする声が飛び交い、まさにカオス状態だった。
オーダー表を見ると、カレーや天丼、うどんやそばなどレパートリーがたくさん。しかも、どれも三百円台とかなり安い。
「すっげぇ人の数だな。ショウジ、こっち並ぼうぜ」
「あ、ああ」
二~三年生たちの勢いに押し潰れそうになったが、どうにか列に並び、僕はカレーをユウトはうどんを注文した。お金を払って料理を受け取り、席が空いていないか探してみたが、ほぼほぼ埋まっている様子。
「参ったなぁ。こんなに混んでるとは思わなかったぜ」
ユウトはため息を吐く。
さっきから腹が鳴って、いますぐにでも食事にありつきたいのに。
仕方がないから教室へ行こうと、僕が言おうとした時だった。
「──あっ、ショウくん!」
人混みの中から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
テーブル席にサヤカが座っていた。お弁当をテーブルに広げ、同じクラスの女子と食事を摂っている。
「松谷さん。席、取れたんだ」
「うん。早めに来てなんとかね。この学校の食堂、毎日混むって噂聞いてたから」
サヤカは卵焼きを箸でつまみ、美味しそうにそれを食べている。弁当の中身はブロッコリーやハンバーグ、唐揚げなどが綺麗に並べられていた。
「うまそうな弁当。親が作ってくれているのか?」
「ううん、自分で作ってきたの」
「えっ」
当たり前のように答えると、サヤカは次にブロッコリーを口に運ぶ。
……ガチで? こんな手の込んだ弁当を、自分で用意したってのか。サヤカは、料理ができるらしい。
僕が感心している横で、ユウトがニヤニヤしながら会話に入ってきた。
「へぇー。君が噂の松谷サヤカちゃんか」
ユウトに言われると、サヤカはキョトンとしたように箸の手を止めた。
おい、ユウト。余計なことは絶対に言うなよ。
僕が目でそう訴えると、『わかってるよ』と返事をするようにユウトは軽く頷く。
「俺、二組の三上ユウトっす! ショウジとは小五からの付き合いなんだ。よろしくな、松谷さん!」
「そうなんだ。ショウくんの友だちなんだね。こちらこそよろしく、三上くん」
よろしくって……。二人の友情があっさり成立しちゃった感じか。すでに親しげに話す二人を見て、少し複雑だった。
というか、友人と食事をしているところをこれ以上邪魔しちゃ悪いだろ? それを口実に、僕はユウトを連れてその場をあとにした。
一組の教室に行き、僕たちは早急に食事にがっついた。中辛の濃厚なカレーが、僕の腹を満たしてくれる。
その向かいで飲み物のようにうどんを啜るユウトは、なにか言いたげな顔をしてこっちを見てくるんだ。
「……どうしたんだよ」
茶で口直しをしながら、僕はユウトに向き合った。
「いいなぁ、ショウジは」
「なにが?」
「あのサヤカちゃんって子、めちゃくちゃ可愛いな。あんな子と同じクラスなんて羨ましい」
なにが羨ましいのかさっぱりだ。
ユウトは汁を飲み干し、急に真顔になった。
「最初お前から話を聞いたときは、もっとこう……不思議ちゃんとか、ちょっと変わった奴なのかと思ってたんだよ。だけどさっき見た感じだと全然普通。むしろ純粋な子って印象だった。ショウジを見る目も、幼いときからお前を知ってるような、なんかそんな雰囲気がした」
「どういう意味だよ?」
「俺もうまく言えないんだけどさ。とにかく! あの子が本当にお前の幼なじみなのか、俺も協力して探ってやるよ! いつでも力になるからな」
そこまで言うと、ユウトは上機嫌に笑うんだ。
ユウトのこういうお節介なところ、嫌いじゃない。
僕は不器用なところがあるし、一人で悩んだところでどんどんサヤカに嘘をついて誤魔化しながら関わってしまいそうだ。だから、ここは素直にユウトに頼れるときがあれば頼ろうと思う。
食事を終えた頃、不意に僕のスマートフォンが受信音を鳴り響かせた。SNSニュースの新着記事お知らせの文字が画面に表示される。
見出しには【十代女性『奇病』によって死亡。】と書かれていた。
その文言を見て、僕は一瞬息をするのを忘れた。
「ショウジ、どうした?」
お茶を飲みながら、ユウトはじっと僕を見つめる。
僕はニュース記事をスクロールしながら呟いた。
「また、十代の人が奇病で亡くなったって。僕らとあんまり歳が変わらない」
「あー……奇病って、原因がよくわかってない病気のことだよな?」
力なく、僕は頷いた。
最近、テレビやネットでたびたび話題になる『奇病』。原因不明の病らしく、十代から三十代を中心に突然罹ってしまうという。
単に風邪を引いたと思っていたら実は奇病を患っていたという例もあるし、ボクシングなどの格闘家が試合中に強く頭を打って倒れた直後、この病になった例もある。けれども、健康体だと思っていた人が突然罹った事例もあるわけで、発症する理由がわからないのだ。
奇病に罹るとストレスによって脳が萎縮し、最悪の場合命を落とすという。短いと一年ももたない。けれど治療を受ければ、四年や五年ほど長く生きられるらしい。可能性は極めて低いが、寿命を全うできることもあるそうだ。
ただし難点なのは、延命治療を受けたことによって脳に大きな負担をかけてしまう。さまざまな合併症を引き起こす要因にもなる。それにより、あえて延命治療を受けない患者もいるのだという。
僕だったら──死ぬのは嫌だ。どんな合併症があったとしても、延命治療を受けると思うけどな。
「怖いよな。僕たちみたいに若い人たちが亡くなってるんだから」
僕がそう呟くと、ユウトは眉間にしわを寄せた。
「なに言ってんだよ! そんなの、ほぼ都市伝説だろ」
「都市伝説? そんなわけないよ。こうやって、毎日のようにニュースで話題になってるんだぞ」
「お前なぁ。そうやってネットとかテレビの記事に踊らされるのはやめとけ? 奇病なんて、いまにはじまったことじゃないんだ。元々何百年も前から存在してたんだろ。数十年前に初めて奇病に罹った日本人がいるから、マスコミが騒いでるだけだよ」
「でも僕たちが罹る可能性だってあるんだ」
「そんな心配するな。そう言ったって、一万人に一人とか、それくらいの可能性なんだろ? よっぽど運がよくなきゃ無縁だよ、奇病なんて」
「逆。運が悪いと奇病になるんだよ……」
「ああ、そうだな。そういうことだ」
ははは、と、ユウトは大きく笑うが、なんだかその声は渇いていた。
怖いものは怖い。けれど僕は、心のどこかで他人事だと思っているのかも。ネット記事を閉じ、ユウトと他愛ない話をしただけで、すっかり奇病に関するニュースなんて気にならなくなった。